STORIA 70

殆どの人が恋人と一緒か、家族連れだった。

温かな空間がとても羨ましい。

僕は洋食セットとスープを頼んだ。

"日替わりスープ、蘭の気に入りだったんだよな……" 、僕はスープを口に運びながら向かいの椅子に居る筈もない蘭の姿を心に映していた。

"私はこれが一番好き" 、と笑顔で熱そうにスープ皿に触れる細い指先。

その手で頬に掛かる薄く茶に染まった髪を耳に預け、匙をゆっくりと口元まで運ぶ華奢な躰から生まれる仕草。

大好きな彼女の一つ一つの形として残る、消し難い光景を心に閑かに甦らせていた。




アメリカから連絡をくれない彼女に、僕は未だ電波を通じてその心の内を聞く勇気が持てずにいる。

ただ、現実を知るのが怖くて。

僕がそばに居て欲しいと願う相手は、決まって離れて行く物だと想い込んでしまっているから。

これ程の無の時間が続けば続く程、哀しい現状を想い知らされる。

蘭の心の内は僕が考えている様な悪い物ではないのかも知れない。

だけど、想像通りかも知れないじゃないか。

君は僕とは違う。

ずっと社交的で常に新しい何かを求めていて、後ろは振り返らない。

そんな君だからこそ、僕は不安を抱きもする。

君を応援し、背中を押してあげ様とする以前に。

君の居る世界は余りに大き過ぎた。

君の選んだその道はきっと僕にはとても計り知れない位、希望に満ち溢れていて、君を取り巻く数知れない人の感情や忘れたくない大切な物、二年という月日じゃ受け止め切れない存在物との出逢いもあるのだろう。

誰かと分かち合いたい程の美しい光景も心に染み付けて。

そんな中、大学という一つの世界に数え切れない程の出逢いがあっても当然だ。

僕の知らない土地で微笑む蘭。

この目に映らない所で、誰かに優しい言葉を掛ける彼女。

未だ僕には見せた事もない表情や仕草が、そこには存在しているのだろう。

この海の向こうには。

そんな事を想う度に不安が過る。

想い悩む余り、蘭が大学内で知り合った異国の男性と楽しそうに歩く姿が浮かび上がる事だってある。

新しい出逢いが新鮮で、彼女の中で僕が想い出と化す可能性だってない事もないだろう。

君が連絡をくれないのは何か特別な事情があるのか、或いは僕の事も忘れてしまえる位、大切な物を見付けたのか。

何方とも言えないじゃないか。

僕が幾ら君の想いを探る様な真似をしても、限度という物がある。

そう、彼女の心は彼女だけの物だ。

君は僕の私有物じゃない。

変わって行く心を咎める事も、縛り付ける事も僕には許されていない。

もし君が変わる事なく僕を好きでいてくれたなら、僕は非道く辱めを受けるだろう。

こんな想いを君に向けている事を。




淋しいよ……、蘭。

二人で居る時は薄暗いこの店の照明でさえ、暖かく感じた。

逢えないもどかしさ、薄れた勇気に伝えられない事の哀しみを、どうやって君に伝えればいい?

君の毎日はきっと忙しく、僕の存在も零れ落ちる程の物かも知れない。

だけど優しい環境に包まれているのなら、それは"幸せ" と充分に呼べる、僕よりずっと。








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