STORIA 14

「これ、最近発売になったばかりの物なんだけど食べてみると結構当たりだったの。御昼の残りで良ければ食べてみない?」

彼女はそう言ってドーナツに付属のペーパーを添えて僕に渡そうとして来た。

何だか調子が狂うな、彼女がこんな風に話し掛けて来るなんて。

彼女が普段仲良くしている連れまでもが僕達の周りを取り囲む様に割り入って来る。

辺りはすぐに賑やかな話声で溢れ返ってしまった。

そんな中、僕が恐れる彼女が余りにも楽しそうに笑い掛けて来るものだから、こちらも雰囲気に流されて少しずつ打ち解けていくのが分かる。

彼女の友人達もいつもは僕を馬鹿にする様な目付きで見ている事が多いのに、今日は稀に見る穏やかな表情で僕のそばに腰を降ろしている。

これが受け容れられるという事なのだろうか。

僕はすっかり心許してしまっていたんだ。

彼女の連れが次々に帰宅を始め、僕と巻き髪の彼女だけが休憩室に残される。

残業を終えた作業員が一人ずつ退勤時刻の登録にこの室内を横切っていく間も僕達はお互いの会話に夢中になり続けていた。

彼女は依然、帰る様子もなく自分のプライベートの話や過去の職場の想い出話なんかをしてくれる。

今日は随分と優しい眼をするんだな、と想った。

「喉、渇かない? 奢ってあげる。珈琲でいい?」

彼女は隅に置かれた自販機に自分のコインを投入すると温かい珈琲を僕に渡してくれた。

最後の残業の人に注意を促されるまでは僕達は会社という枠に居る事も忘れ掛けていたんだ。

僕は彼女の事を少し誤解していたのだろうか?

今夜の様に改めて言葉を交わしてみると案外話の出来る人間だったし、こんなに楽しくて優しい時間が過ごせるなら帰宅が少々遅くなるのも悪くはないかなとも想う。

都合良くも僕は彼女に手の裏を返した様に接していた。

自宅に辿り着いた僕を杳々とした静寂が安らかな眠りへ誘う。

僕は翌日以降も彼女があの優しい笑顔を維持したまま、この心を迎え続けてくれると信じて疑わなかったんだ。




肉体労働の過酷さには幾らでも耐えるだけの気力はある。

人間関係さえスムーズであるならば。

職場であっても時にはその場所を癒やしの根とし心の寄り処と捉える事も可能だった。

だけど僕はなんて甘いんだろうね。

努力へと結び付いたのは自分の為だけではなく、何処かで彼女の怒りを緩和させたくてそれだけが目的で励んでいたとも言えるのだから。

そして相手が認めてくれた段階で僕の努力は終点を迎える。

受け容れられるという場所はゴールなのだから、それ以上の苦労は必要ないのだと僕は想っている。

大体ベテラン陣だって隙を見ては要領良く息を抜いているじゃないか。

僕も漸くその仲間入りが出来るという訳だ。

数日後、再び巻き髪の彼女から声が掛かると僕は何の躊躇いもなく楽な気持ちで返答に及んだ。

自販機で買ったジュースを手に取り、仕事を終えた僕は穏やかな表情で椅子に腰掛ける。

「あんた、ヤル気あるの?」

彼女が一声を僕に浴びせた。








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