前編第十章『神殺し』

episode 1 冴島涼子

 私は今、自分が目で見ているものをまだ信じることができずにいた。

 


 制御こそできていないが、仮に逃亡したとしても位置が特定できるように、あの「怪物」にはGPS信号を発するカプセルを埋め込んでいた。そのお蔭で、車を飛ばしてようやくその発信源までたどり着いたのだが……

 大型の爆弾で、数キロ四方を爆破し尽すしか倒す方法がないはずの怪物が、今まさに倒されようとしている。しかも、見るところ「たった一人の少女」の手によって。

 ただ、その少女もただ者ではないようだ。彼女は文字通り地面から足が浮いて「浮遊」しており、その子が操っていると思われるいくつもの火炎まみれの岩が、次々音を立てて怪物に激突し、燃やし尽くしていた。



 もちろん、私個人が駆けつけたところで、何とかなるわけではない。でも、私は私なりに、今回のことで責任を感じてはいた。何かしなければ、そして事態を見届けなければ、と思った。

 確かに、最初は普段から「こんな腐った世界は一度壊れてしまえばいい」なんて思っていたことも手伝って、この機会に東京がパニックになるのも世間には「いい薬」だとも思った。でも、実際に東京が危なくなって心配になったのは、「子どもたち」だ。

 私は、大学生時代あたりから「ひねくれ者」になったという自覚がある。そうなる以前の高校生のころは、将来の夢が『保育士』になることで、その本気度は学校が春・夏・冬の長休みになるたびに、保育園でボランティアをさせてもらっていた、という事実からもお分かりいただけるだろう。

 大人はキライだし苦手だが、子どものことは今でもまだまんざらイヤではない。今子どもの世話をしろと言われたら、一度は断るかもしれないが二度頼まれたら引き受けるだろうと思う。

 世界が壊れればいいとは思っても、罪のない子どもの未来が理不尽に奪われるのは、元保育士志望としてはやはり放っておくことはできない。

 私など何ほどの役にも立たないが、とりあえず怪物の動きを一定時間止められるパラライザー銃を研究所から拝借してきた。(大きな声じゃ言えないけど無断で)でも、この状況を見る限り、私や警察の特殊部隊の出番はなさそうだ。

「怪物」はついに白骨化し、完全に沈黙した。いかにあの悪魔の細菌でも、骨だけになってしまっては活動不可能だ。



 宙に浮いていたマンガで見たような『超能力少女』は、エネルギーを使い果たしたかのように地面にドサッと落ちた。

「大丈夫ですかっ」

 私は慌ててシートベルトを外し、社用車としては高級すぎる白のBMWのドアを乱暴に開け放って車外へ躍り出た。まぁ、国立生物科学研究センターは、それだけ金回りのいい組織だということだ。

 車を降りた私は、ほぼ反射的にその子のそばへ駆け寄っていた。危険と隣り合わせな研究をしている職業柄、看護師ほどではないが多少の救急処置は心得ている。

 倒すにはかなりの「犠牲」なしには不可能と思っていたところへ、特殊部隊や自衛隊が出動する前に、謎の名も知らぬ女の子が、その至難の業をやってのけてくれたのだ。私としては、ただただ感謝しかない。



 ……これで、一体何人の死んでいたはずの子どもの命が救われたことか!



 驚いたことに、超能力少女に駆け寄ったのは私だけじゃなかった。見たところ、この辺りのホームレスに見える男性も、どういう縁なのかは分からないがこの子を介抱しようとしていて、私とかち合った。

 雰囲気から察するに、ただの通行人でたまたま助けようとしたのとは違うようだ。というか、命が惜しいなら普通こんなところにいないはずで、よほど勇気があるのかそれともこの少女と深い縁でもあるのか……

 いずれにしても、ホームレスと女子高生って、マンガや小説でも滅多にない組み合わせじゃないだろうか?

 さらに驚いたことに、面識のないはずのその男性は、私の名を口にした。

「あんた、もし人違いじゃなかったら……冴島、じゃないのか?」

 苗字を呼ばれて、私は思わずその男性の顔をのぞき込んだ。汚れと炎のすすで分かりにくくはあったが、間違いない。彼は——




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 一瞬、私の意識の世界で時間が巻き戻った。



 そうだ。あの頃、私はまだ高校生だった。

 保育士を目指そうと頑張っていた以外に、もうひとつ私が熱心にやっていたことがあった。それは、野球部のマネージャー。

 別に、野球が好きとかそんなのではない。少女漫画みたいな話で恥ずかしいが、「好きな男子が野球部のエース」だったから。マネージャーなら、いつもそばで見守っていられる…今言うのは恥ずかしイが、当時のウブな私は大真面目だった。

 その、私の片思いの相手が、海藤慎二という先輩だった。学年は、むこうが一年上。

 えっ、告白はしなかったの、ですって? 

 今どきの子には笑われるかもしれないけど、そんなこと考えることもできなかった。まぁ、勇気がなかったと言われればそうかもしれないし、自分なんて好かれるわけがない、というコンプレックスというかあきらめにも似た気持ちがあった、といえばそれもそうかもしれない。



 タイミングの悪さもあったんだよ。

 高二の頃の海藤さんは、絶好調だった。海藤さんは野球部のエースでもあり主将でもあり、夏の甲子園ではチームを初出場に導き、一試合目を勝ち地元を大いに沸かせた。

 残念ながら二回戦で、その夏優勝を果たすことになったチームと当たってしまった。善戦虚しく敗退はしたものの、来年も頑張ってくれるのでは、という期待を皆に残した。海藤さんとしても、高3の夏は最後の機会だから、それに向けて相当気合が入っていたに違いない。



 しかし、悲劇は起こってしまった。

 海藤さんは真面目で責任感が強かった。そのお蔭でここまでこれたと言えるが、今度はその良さが裏目に出てしまった。

 練習のしすぎで、海藤さんは肩を痛めてしまった。医者からは夏の甲子園出場はあきらめるよう宣告され、それを受けて監督はよかれと思って「野球よりも学業に専念したほうが、長い目で見てお前のためになる」と退部を勧めた。

 野球はやりたかっただろうけど、真面目な性格の海藤さんが医師や監督の言葉を無視するなんてことはあり得なかった。高3の夏を待たずに、海藤さんは野球部を去った。そして、海藤さんを欠くことになった野球部は、結局甲子園出場すら果たすことなく、その年の夏を終えた。

 海藤さんがいなくなったからと言って私がマネージャーを辞めるのはあまりにも無責任に過ぎるので、私は三年生として受験のため正式に引退するまでは頑張り続けた。でも、寂しかったことは確かである。



 もともと告白する勇気はなかったが、たとえあったとしても「海藤さんが大変な時に告白なんて」という思いが邪魔しただろうと思う。私の性格では「こんな辛い時だからこそ、私が支えてあげよう」という発想は不可能だった。結局、野球部という接点がなくなった海藤さんと私はその後会話すら交わす機会もなく、先に卒業されてしまった。

 だいぶ経ってから風の便りに、海藤先輩はどこかの大手企業の社員になった、と聞いた。野球はできなくなったけれど、どこかで別の幸せをつかんでいてほしいな、とその時思った。それを最後に、私が海藤先輩のことを思い出すことは、ほとんどなかった。

 大手企業の社員のままなら、今目の前のホームレスが海藤さんだなんてあり得ない。でも、二年間大好きだったあの海藤さんを、大人になった今でも私は間違えることはできない。しかも相手は、私のことを『冴島』と呼んだではないか!

「本当にか、海藤センパイ……なんですか?」



「あの……お取り込み中のところすいませんけど、助けていただけません?」

 その声で、私は我に返った。海藤さんの出現で、本来の目的を忘れるところだった。日本の救世主と言っても大げさではない、まだ高校生の女の子は、苦痛に目元を歪めながらも口元の辺りでは微笑を浮かべていた。

「あ……ゴメンね」

「とりあえず、体を起こしてもらえますか? あと、こんな時に何ですけど、再会おめでとうございます」

 藤岡美奈子、と名乗ったその少女の肩を持ちあげて、とりあえず座らせた。海藤さんは駆け寄ってはきたものの、女性がいるならそっちに任せた方がいいだろうと判断したのか、美奈子ちゃんから一歩身を引いた。とりあえず、今いる位置なら周囲の炎に巻き込まれる心配は当分ない。

 美奈子ちゃんは、制服の上着のポケットから、一枚のメモを取りだして、私に渡した。所々が黒いすすで汚れ、細い煙がシューッと立ち昇ってさえいる美奈子ちゃんの学生服が、私たちが生み出したバイオモンスターとの戦闘の激しさを物語っていた。



「そこに書いてある番号に……電話をかけてもらえませんか」

 見ると、確かに携帯番号と分かるような数字の羅列が書かれてあった。数字だけで、相手先の名前はない。

「それはいいけど、相手は誰? こっちは、何と名乗れば?」

「余計なことは何も言わなくても、電話がつながるだけで相手には意味が分かります。でも、ただ一言『美奈子が倒れた。二本目の剣が必要』とだけ言ってください」

 必死にそれだけ言ったあと、美奈子ちゃんは生気が抜けたようにしばらく放心していたが、五分もしないうちにずいぶん眼に光が戻ってきた。これなら、もう肩を貸せば車まで歩いてもらうことはできるだろう。

 私はスーツの上に羽織った白衣ポケットからスマホを取り出し、美奈子ちゃんに言われた通りに電話をかけた。相手はもしもし、はいわかりましたとだけしか言わず実に事務的な素っ気ない対応だった。美奈子ちゃんのいる場所も体の状態も聞かず、相手は電話を切ってしまったが、そんなんで彼女を助けにこれるのか?

 まぁ、言われた通りにしたんだから義務は果たしたぞっ、と割りきって、とりあえず美奈子ちゃんと海藤さんを自分の車に乗せて引き返すことにした。海藤さんと私とで両側から美奈子ちゃんに肩を貸して、歩きだそうとしたその時だった。



「ほう。あれを一人で倒すとは、なかなかのもの」

 その声がする方を向くと、初老の女性が立っていた。

 公園の芝生や茂みが、美奈子ちゃんが放った大量の火炎によって燃えているのを背に、何と形容していいのか分からない実に奇妙な格好で、手には黒くて長い棒を持っていた。棒の先がわらびの先のようにクルッと丸まっており、その棒は「木製の杖」ではないかと思われる。

 それはあえて何かと言えば、『魔法使いの杖』に見えた。



「……お前が、美奈子か」

 いきなり現れたその老女は、美奈子ちゃんを知っているようだが、美奈子ちゃんの表情を見るかぎり、彼女の側は相手を知らないように見える。美奈子ちゃんは返事をしないかわりに、鋭い目で謎の老女をキッと睨み返した。相手のことを知らずとも、敵味方の判別はできるのだろう。

 ……ということは、目の前の相手は美奈子ちゃんや私たちの味方ではない、ということだ。味方ではないなら、この先一体何が起きるのか?

「一応、自己紹介をしておかなければな。私の名は、アレッシア。お察しとは思うが、もともとこの星の人間ではない」

 先ほどの戦闘の疲労がまだ回復していない美奈子ちゃんは、少し荒い呼吸のせいで激しく肩を上下させていたが、老女に返答するためか一度深めに深呼吸してから、一気にこう言い放った。

「間違いじゃなければ、恐らくアンタはクレアの師匠……ってやつですね」

「おお、よく知っているな。では、すでにクレアとは接触していたか」



 老女はしばらく、首を傾げて何やら考え事をしている様子だったが、やがて手に持っている杖のような物体の先を、すっかり暗くなった夜空に向けて鋭く突きだした。

「お前たちには、今倒した怪物と、もう一度戦ってもらおう。もっとも、一度勝てたからといって二度目もうまくいく保証はどこにもないがな」

 美奈子ちゃんの戦いを少しでも見た私は、もうこれ以上何を見ても多少のことでは動じないという気でいたが、その時私の目の前で起きたことは、その戦いが終わってずいぶん経つ今でも思い出せば身震いがする。



 何か、光る砂のようなものが、広い範囲からどんどん一か所に集まってくる。

 それはだんだん、ひとつの形を作りつつあった。

 人のかたちに見える。ただ、それは普通の人じゃなく、随分猫背で手が異様に長く、直立歩行より四足で走るほうが速いように見える体型をしている。

「えっ。ちょ、ちょっと待って……」

 私は、予想が当たってほしくなかった。私の予想とは……これが魔法なのか超能力なのかそんなことは知ったことじゃないが、とにかく目の前で形作られつつあるのは、『美奈子ちゃんがせっかく倒した、細菌吸血鬼ではないか』というものだ。

 最初は光る砂だったものが、はっきりした形を取り出して、私の最悪の予想が当たってしまったことが分かった。さっきの細菌吸血鬼だ。

 しかも、ただ蘇っただけじゃなく、体全体の大きさが先ほどの数倍にもなっている。おそらく、身長が十メートルはあるだろうか。ただ、人間だった時に着ていた衣類だけは巨大化の対象にはならなかったようで、もはや身につけてはいない。

 巨大化した吸血鬼は、人間の女性だった時の名残をほぼ残しておらず、どう見ても「異形の怪獣」と呼んで差し支えないだろう。



「ちょっとあんた! あんなもの復活させて……何か私たちに恨みでもあるの?」

 相手の機嫌を損ねたら、非力な自分はどうなるか分からなかったが、それでも腹の立った私は、思わずそう叫んでいた。

「ほう。お前はあれが何か知っているのか……そうか! お前は、あれの開発を手伝ったこの星の組織の者か。まったくご苦労なことだ、自分たちの首を絞める道具を自分で開発するとは」



 それを言われると、ぐうの音も出ない。流されて生き、また組織の中でうまく生きるために、私が払った代償は大きかった。

「あなたは、クレアと妹さんを守るためにこの星に来たんじゃ? それと、あくまでも侵略された母星を取り戻すために戦うのであって、地球の人間に危害を加えることは、あなたの本望ではないはずでは?」

 美奈子ちゃんは、ケガをして弱っているとは思えないほどしっかりした声で、謎の女に毅然と言い放った。今日会ったばかりのこの少女は、ただ特殊能力を持ってるだけじゃなく、どうやら目の前のただ者ではない老女とも何らかの関係があるようだ。

 会話の流れからすると、彼らがホラ吹きでないならあの老女は『宇宙人』ということになるが、本当なのか?



「だからこそだ」

「……何ですって?」

「美奈子よ。昨日今日、我らの事情について聞きかじったからと言って、分かったつもりになるものではないぞ。むしろ、この星を滅ぼすことこそが、我らが炎羅国再興ののろしとなるのだ」

 美奈子ちゃんは、相手の言っていることの意味を必死で考えているようだったが、それでもどういうことか分からない、という顔をしている。

「分からないのも無理はない。このことは、クレアやリリスですら知らされていない秘密だからな。おっと、今はそんな話をしている場合ではない……」

 アレッシアという、魔法使いのような格好をした(あとで本当に魔法使いだと知るのだが)老女は、杖を両手で強く握り直し、不気味に大きく見えている月に向かって突き出した。

「手始めに、このあたり一帯を焦土と化してやれ。行け、幻獣グリフォン!」



 巨大化した吸血鬼に、恐るべき変化が起きた。

 先ほどまで二足歩行で立っていたが、体の構造自体が変化していき、四足で走るのにふさわしい動物のそれになった。体長も、先の倍の二十メートルほどになった。

 何に似ているかをあえて言うなら……ライオンだ。

 そして、その「巨大なライオン」とも言うべき怪獣の背中に、まるで白鳥のような白い羽根が生えてきた。恐ろしい四足の猛獣の体に、そこだけ妙に美しい白い羽根が何とも不釣り合いで、不気味だった。

 まるで魔法使いによって命を得たかのような元吸血鬼の怪獣は、ガオオオというライオンにも似た咆哮を上げて、走り去った。もちろん、体長二十メートルを越す猛獣が街を走るのだ。やつが走る先々で火の手が上がり、人々は逃げまどい、夜の東京は大混乱に陥るだろう。

「……また会おうぞ、美奈子。もちろん、このあともお前とこの国が無事であったらの話だがな!」



 もう何を見ても驚かないが、顔は日本人風なのにアレッシアという名らしい老女は、空を飛んで行ってしまった。おおかた、グリフォンとかいう怪物の監督でもしにいくのだろう。

 肩を貸している美奈子ちゃんの顔を見たら、歯ぎしりをしているのかと思うくらい、悔しがっている様子が見て取れた。きっと、先ほどの戦闘で勝利を収めることまでがこの子の限界だったのだろう。後を追ったとしても、もう戦うチカラも残っていないはず。

 そもそも、体力がどうこう以前に、この子の体は見た目から判断しても真っ先に病院送りにするべきだ。悔しい気持ちは分からなくはないが、ここは追うべきではない。



 その時、まぶしい光が差し込んできて、私は目を細めた。

 どうやら、ハイビームにした車のヘッドライトのようだ。そこここで炎はあるが、怪物が動いたせいなのか、周囲の街灯は光が消えているのだから文句は言えない。

 そして一台の車が私たちの目の前で急停車した。運転席のウインドウが開き、一人の男性が首を出した。



「みっ、美奈子くん……大丈夫か?」

 フロントガラス以外は、サングラスのようなスモーク加工を施して車内を見えにくくしている黒いミニバン。いかにも、怪しい組織が人を拉致誘拐する時に使いそうな車だ。

「えっ、榎本所長……それに、夏芽さん」



 榎本というのは、恐らくミニバンのハンドルを握っているスーツ姿の男のことだろう。彼のことを所長と呼んでいるからには、想像でしかないが美奈子ちゃんは『地球を守る』ための何らかの組織に属していて、榎本さんはその上司、といったところだろう。(後日美奈子ちゃん自身から、SSRIという組織の一員だと聞いた)

 でも榎本さんは、言っちゃ悪いけど……とてもじゃないが高校生とはいえ「しっかりした」印象の美奈子ちゃんの目上の人物として、ふさわしいようには見えない。



 第一印象で判断してはいけないだろうが、細いメガネの奥のこれまた細い目と、震えているわけではないのだろうが小忙しく揺れている肩(まさか貧乏ゆすり?)が、何だか『小心者』という感じを匂わせている。

 これまた言っちゃ悪いが、「おどおどした小動物」という表現が、彼には一番しっくりくる。

 助手席に座っているのは、制服を着たこれまた高校生と思われる少女。運転している榎本という男性よりも、座高がかなり高い。かなりの長身と見た。

 今どきの子のように髪は染めてなくて、真っ黒な長い髪をストレートに伸ばしている。顔は美形だが、切れ長の目は狐のようで、頭脳明晰に見える代わりに少々冷たい印象を受ける。



 ……もしかして、美奈子ちゃんが倒れてしまったあとの『二本目の剣』って、この子?



 特殊能力者って、なんで女子高生ばっか? それとも、ただの偶然?




「またぁ、約束破りましたね! 命の危険を冒してまで戦うのは禁止と言っておいたはずでしょう! ひとりじゃかなわないと思えばいったん引いて、体勢を立て直すことが大事だと、どれだけ口を酸っぱくして教えてきたことか……」

 榎本さんは運転席の窓から顔を出して、美奈子ちゃんに必死に説教している。でも、男にしては異常にハスキーな声と小心者に見えてしまう独特の雰囲気のせいで、説得力も迫力もまったくない。

「だって、そんな余裕なかったですよ! 私がここで食い止めないと、被害が広がると思って」

「でも結果、あの妖(あやかし)を取り逃がしてしまったではないか」

「なっ、夏芽さん……」



 美奈子ちゃんの言い訳を容赦なく遮ったのは、いつの間にやら助手席からこちらに降りてきていた「夏芽」と呼ばれる高校生だった。制服は、美奈子ちゃんのものとは違う。そういえば、どっかで見たことあるなぁ、もしかして…名門お嬢様学校で有名な、都立A女学院の制服?

 うわ、身長高過ぎ。ありゃ、ゆうに175センチはあるね!

 さっきは肩までしか確認できなかったストレートの黒髪は、何と腰の下あたりまで伸びていた。走ったら、邪魔にならないのかな? 手入れとかも大変そう。




「夏芽さん、すみません……」

 美奈子ちゃんは、夏芽とかいう子には一目置いているのか、さっきの一言だけでしゅんとしていた。その様子を見て、ちょっとだけ榎本さんがかわいそうになった。

「まぁいい。今はあのあやかしを一刻も早く追いかけるのが先決だな。おい、榎本」

「は……はい?」

 あらまぁ。夏芽ちゃんにかかれば、榎本さんでも呼び捨てか! ってか、どう見たって榎本さん年上だよ? いよいよ、かわいそうになってきた……

「榎本。ケガをしているそこの男性を車に積んで、病院まで送ってやってくれ」

「……へ?」

「私は、この女の車に乗せてもらう」

 目上と思われる榎本さんを差し置いてテキパキと指示を飛ばす夏芽さんだが、その指示の内容に目を丸くしているのは、榎本さんだけではなかった。「この女」ってのは、もしかして私のこと?



「嫌か?」

 あ、その眼つき苦手。あなたの狐のような鋭い目で見つめられたら、もう文句言う気も失せちゃう。

「まぁ……責任はこの私にもあることですから、最後まで付き合うのもいいですけど」

「よし。なら、美奈子も乗れ。戦闘は無理でも、色々と聞きたいこともある」

「ちょちょちょ」

 慌てているのは榎本さんだ。組織の上司としての彼は、戦闘不能に陥った美奈子ちゃんを回収・回復させるために来たわけで、これ以上前線に出すなどあり得ないのだろう。

「何か問題あるか? この非常時だぞ? それに、私が必要だと言っているのだ」

 言い方に、女子高生相応の可愛さや幼さがまったくない。

「いえ、ありません……」

 言い方に、尊敬できる年上の男性上司相応の威厳がまったくない。



 かくして、私が運転する研究所の社用車としては豪華すぎるBMWに超能力少女美奈子ちゃん、そしてクールで大人顔負けの態度のでかさを誇る「夏芽」という少女を乗せ、怪物退治のための大冒険へと出発した。

 不謹慎だが、命を落とすかもしれないこの修羅場な経験をあえて「大冒険」と表現したのは、心の九割を占めていたのが恐怖だったとしても、残りの一割は高揚感で高ぶっていた。ベタに言うと「ワクワクする」気持ち。

 あとで聞いたら、あの時は海藤センパイも同じ気持ちだったんだそうだ。怪物に遭遇して死ぬ目に遭ったけれど、その経験のお蔭で何か「自分が変われた」って。そう、この先にどんな経験が待ち受けているのか分からないけど……



 私が「変われる」何かがきっとある。

 そんな思いが、私の駆るBMWのスピードをさらに上げさせた。

 常識が通用しない前代未聞のモンスターに対抗しうる、『二本の剣』を乗せて走る私の責任は、極めて重大だ。




  ~episode 2へ続く~

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