episode 6 遠藤亜希子

 まさか、こんなことになるとは。



 私は公安の刑事だ。

 刑事と言っても、皆さんがTVドラマとかで見るような警視庁関係のいわゆる「普通の刑事」ではなく、一般人が知り得ない(ってか知っちゃいけない)、国家機密レベルの事件を独自に追う、情報戦争のスペシャリスト。映画で言うと、007みたいな感じかな?まぁ、スパイというのとはちょっと違うけど……



 私の所属する『公安特殊二課』は、変わり者の集まりらしい。上司いわく、ここは『最強のオタク集団』なのだそうだ。仮にここのメンバーがそれぞれの特殊技能を生かして団結すれば、国のひとつ程度なら簡単に征服できる、と。

 特殊二課というプレートがかかったオフィスに、メンバーが一堂に詰めているというイメージはしないでね。実は私、同じ課の同僚に会ったことがないの。ビックリでしょ?

 機密性が高い仕事の性質上、横のつながりからも要らぬ情報が漏れたりする危険があるからね。国家を揺るがすレベルの事案しか扱わないから、失敗がゆるされない。だから、『性善説』に立ってものを考えることが許されない。

 たとえ同僚であっても、信用できない場面もある。だから、私の課では横のつながりは一切なく、仕事で会うのは上司だけ。上司は課の部下とは一対一でしか会わないので、私は同じ二課の誰の顔も知らない。一体課には何人いるのか、さえも。



 私が今回受けた指令は、内部用語で『特命指令1084』というもの。

 1084とは通し番号で、太平洋戦争の日本敗戦後、GHQの統治から本格的に日本人の手による自治に移行した時、時の日本政府が一番最初の『特命指令1』を発動した。それが何の事件だったかは私のような下っ端は知ることができないけど、その時から数えて1084件目の特別ミッションだということだ。

 ふぇぇ、一見平和そうな日本で、裏でそんだけのヤバめの事件があったってことか!

 私が雇われたのはまだ最近で、公安の刑事としても新米だ。もちろん今回受けた指令が、私の最初の本格的な「任務」となる。



 私は少し前まで、町の警察署の交通課で、普通の婦警をしていた。

 制服着て、ミニパト乗って、TVドラマである「婦警もの」のドラマさながらの生活を送っていた。そんな私がなぜ今の部署に引き抜かれたかというと……

 私は超がつくほどの『ガンマニア』なのだ。

 別に人を殺したいとかいうわけじゃないよ! なぜか、小さい頃から「銃」というものに不思議と愛着が湧いて、小学5年生になる頃には写真を見ただけで、どんな銃でもその正式名称と特徴まで言えるようになって、友達からはドン引きされたっけ。



 高校を卒業してからも、私の夢は変わらなかった。とにかく、「銃」と関わること。

 そのために迷わず警察学校を進路に選んだ。で、警察に身を置くことができれば「射撃」という競技にも関わることが容易だ。

 私は、射撃も銃の知識と扱いに関してもずっと警察内でナンバーワンだった。(なのに交通課……)でも、銃に愛情が行き過ぎる分、人間関係が苦手で…ちょっと自分勝手が過ぎたり、場の空気を読めなかったりでね。銃の成績がトップでも、昇進とは無縁で数年が過ぎた。



 そんなある日のことよ。暗いカンジのサングラス男が私の前に現れたのは。

 ソイツが今の私の上司なんだけどね。要するにスカウトされたわけよ。お前の人間性なんかこの際どうでもいいから、その銃の腕と知識を存分に発揮してくれって。

 初対面の女性に向かっていきなり「お前の人間性はどうでもいい」はないわよねぇ? レディに向かって失礼な。

 ちょっとムカッときたけど、「銃のことと任務のことだけ考えてりゃいい」なんて、結構魅力的だったわけ。結局、その場で「やります」って返事しちゃった。警視庁と公安警察は全然畑違いなんだけど、交通課にいるよりは銃が堂々と所持できるし、使える場面も多そうだしね。



 今回私が拝命した「特命指令1084」は、日本にいる地球外生命体に関するもの。

 日本政府が把握しているだけでも、その数は8体。外国には、さらにいるらしい。

 その8体にもいわゆる「通し番号」が振られてあって、今回私が調査して情報を集めるように言われたのが、六号と七号。

 見た目は普通の人間と何も変わらない。普通の女子高生の双子姉妹。でもビックリだね、こないだちょうど近所の高校で大規模な地球外生命体同士の戦闘があったけど、あんな現場でも見なきゃ到底信じられない。

 しっかし、世間は狭いねぇ。たまたまオフの日にショッピングモールに来てみりゃ、万引きの現場には出くわすわ、地球外生命体八号には出くわすわ……

 八号、通称『青の闇』に関しては、六号と七号の友人に当たるため、今後の捜査のために顔と名前くらいは頭に入れていたけど、まさかこんなに早く接触することになるとはね!



 で、早速ものすごい展開になってきた。今更驚かないけど。

 きっと八号を狙ってきたのだろうと思うけど、五号が異世界の怪物を連れて襲ってきた。ショッピングモールで白昼堂々、見境もなしに。

 無関係な一般人を巻き込まないで自分らだけでやれ、って思うけど、五号はそんなこと気にもしてないだろうね。

 今日はオフでたまたままショッピング中だったので、任務外だ。仕事じゃないので、あまり目立たないようにしておこう。とはいえ、八号のクラスメイトらしい男の子はいるし、たまたま万引きを捕まえた縁の中学生もいるし……この二人を戦いの場から引き離さなくちゃ。

 とりあえず戦闘は8号にお任せで、私は巻き込まれた一般人二人の安全確保に努めるとするか。



 ……というふうにはいかなかった。

 ケルベロス、という名前らしい異世界の怪物は、目の前の八号にはあまり目もくれず、上の3階を見上げていた。一体何を見ているか気になって、今いる2階からその方角に目をやると、なんとそこにまだ避難していないバカなガキたちが三人いた。

「あっちゃ~また面倒を増やして!」

 制服から、私が保護している万引き女子中学生と同じ学校だと分かる。私の警察官としての第六感が、あの怪物は上の子を狙っていると告げていた。これはまずい。

「ちょっと君、この子お願い。ここから動かないように」

「……うぃっす」

 私は八号の彼氏(かどうかは知らないが)に、万引き女子のことを託して通路を駆けた。私には八号ほどの超人的な体力はないが、地球人様の世界では足が速いほうだ。

 エレベーターなど使えない。ってか、非常階段を使ったほうが早い。私は十二秒で、3階の通路に躍り出た。



 腰と足首の左右両側に、計四丁の銃がしまえるホルスターを装着している。いずれも、スーツの中に仕込んでもさほどかさばらない、特別設計だ。私は腰の両側にあるコルトM1011Aを抜いて両手に持ち、視界の前方に目を凝らした。

 私が階段を駆け上がっている間に、状況は変わっていた。子どもが三人いたのが今は一人だけになり、その子が私のほうへ向かって全力疾走してくる。その後ろからは、怪物が迫ってきている。

 命がかかっているからだろうが、ものすごい形相だ。今時中学生くらいで、こんな命のかかった修羅場をくぐる経験などそうないだろうに、偶然居合わせたとはいえ運の悪いことだ。



「伏せてっ」



 私はとっさの判断でそう叫んでいた。今撃たないと、目の前の少女の命を救うのには間に合わないと感じたからだ。このケルベロスという怪物、図体の割りに動きは俊敏だ。少女を安全な場所に行かせてから撃つ、なんて時間はなさそうだ。

 幸い機転の利く子で、余計なことは考えずに私の指示通りにしてくれた。彼女が頭から床にスライディングしてくれたお蔭で、私は怪物だけに銃弾を当てることができる。

 トリガーを指でしぼる、その瞬間私は本当に「生きてる」って実感がする。もし私に子どもができてもこんな感じなんだろうなぁ、と思うくらい可愛がっているコルトM1011Aから、セミオートで二発の銃弾が旅立って行った。

「アラアラ、かわいいわね。あなたがたの星のその手の飛び道具じゃ、幻獣にかすり傷ひとつ負わせられないわよ。ムダムダ」

 


 この宇宙人、地球の大雑把な表向きの様子を見ただけでものを言ってる。それなら、地球を見下しても仕方がない。でも、どの星にだって一般大衆が知り得る情報と、国家の裏中枢の一部だけが知ってる「機密」ってのがあるじゃない?

 後者の中には、一般人が知ったら驚く超絶テクノロジーやSF映画にしかなさそうな武器も存在する。

 政府の特命指令実行は、遊びやおままごとではない。

 よくSF映画などで、地球外から来た宇宙人や怪獣に、軍隊の銃火器や軍事兵器が「役に立たない」ってシーンが挟まれるってことあるでしょ? あれはね、ちょっとマヌケに描き過ぎ。

 地球のトップ連中は人間性は別として(私が言うか?)、かなり優秀だ。常日頃から、そういう事態を想定しての努力は怠らない。古代や中世の錬金術や魔法学(一般世間には真実性を隠し、オカルトというイメージで煙幕を張って目を逸らしている)の応用から、異次元生物及び地球外生物には一部の特定の『元素』を含む金属武器が有効だと判明している。

 狼男とか吸血鬼が「銀製の銃弾」で倒せるとかいう、そういう物語上の設定ってあるでしょ? でもあれ、まったくの作り話じゃなく、当たってる部分もあるのよね。現に今私の銃には、特別な銀製の弾が込められている。



「何だと?バカな、この星の人間風情が、幻獣にダメージを与えられるとは……」

 私の放った銃弾に苦しむケルベロスに、五号は驚いている。

「あらあら。自分の星が一番で他は劣ってるなんて、愚かな決めつけねぇ」

 こういうシーンで調子に乗ってしまうのが、私の悪い癖だ。

「対策も立てないで、こんな怪物に無謀に突っ込むわけないでしょ。この特注コルトM1011Aは、対地球外生物用に改造された必殺武器なんだからぁ」

 そんな解説を敵にする時間があったら、ひとつでもふたつでも攻撃の手数を増やすほうが勝率が上がるし、倒す時間も短縮される。格闘術の基本中の基本だが、『一言多い』という欠点だけはなかなか直せない。

 敵に対して偉そうなことを言ったけど、準備など何もないまま怪物に出くわしたので、たまたま休暇中の私は通常の拳銃しか装備してない。(これだって規則的にはオフの日に携帯してたらアウトなんだけどさ)

 もしこれで倒せないなら、今の私にはそれ以上打つ手がない。あとはまさに、「青の闇頼み」になる。ちょっと悔しいけど、まっしゃーないか。



 とは言え、できる範囲のことはきっちり仕事しなくちゃね!

 せめて逃げ遅れた女の子だけでも、安全なところに逃がさなくちゃ。

 私は飛び込み前転で、ケルベロスとかいう怪物の背後に転がり込んだ。右膝を立ててしゃがみ、ありったけの銃弾を二丁のコルトから叩き込んだ。

 これで、怪物の注意は無害な女の子じゃなく、攻撃する私に向くはずだ。何としても、アイツはこっちに引きつけとかなきゃ。その間に、青の闇が何とか特殊能力で仕留めてくれるのを期待して、っと。



 普段の任務では常に冷静沈着を誇るこの私が、この瞬間だけはさすがに焦った。

 私の読みがハズれたのだ。こっちがこれほど攻撃してるのに、ケルベロスはこっちに向かってくるどころか、銃弾を受けてなお逃げ遅れた女の子のほうへ向かって行くのだ。

「そんな……いやあああああああああああ」

 マジかい! いくら私が並外れた身体能力の持ち主でも、一応は生身の人間だ。改造人間でもないし、1~2秒で二百メートルも離れてしまったあの子を救いに行くのは無理だ。

 その時、青の闇が私の期待通りの行動を取ってくれた。人間ではあり得ない跳躍力で、女の子を抱き上げて離れた場所へ跳んでいった。さっすがぁ、かゆいところに手が届く味方だわ。



「……ナイスフォロー、絢音ちゃん!」



 うれしくなって。とっさにそう叫んでしまった。あの子も人間の生活が長かったから、青の闇と呼ぶのは失礼に当たるだろうし本人もイヤだろう。なので事前に学んだ人間名でとりあえず呼ぶことにした。政府の極秘ファイルじゃ、青の闇は決して地球人の味方とは言えないという情報だったけど、どうしてなかなかいいヤツじゃないさ。



 青の闇がショッピングモールの一階に飛び去ったことで、ケルベロスもそれを追い、戦いの舞台は再び一階に移った。三階にいた私は、呼吸を整えつつ一階に急いだ。

「あ~ら、逃げてもムダよぉ」

 地球外生命体第五号(紅陽炎という名前だということも極秘ファイルで知っている)は地声がデカいのか、何かしゃべっている声が非常階段にまで漏れ聞こえてくる。

「……この子の大好物はねぇ、『劣等感』なのぉ。自分が大キライとかぁ、人に負けてないか、劣ってないか異常に気にして強がるとかぁ、そういう感情が大好きなのよ。そこのお嬢さんは、人一倍そういうのを貯めこんでるみたいで、何が何でもその子の体ごと食べなきゃ気が済まないみたいよぉ~」



 ……なるほど、そういうことか。

 私よりもあの子のほうが、エサとして魅力的だというわけか。

 でもなぜだろう? 劣等感と言えば、私がさっき捕まえた「万引き少女」のほうが強いような気がする。私の嗅覚が正しければ、目の前の子はいじめられるよりいじめるほうのタイプだ。

「沙紀ぃ~」

 後方からしたその声に、私はドキッとした。

「なななななななんでこんな時にぃ!」

 噂をすればなんとやらで、青の闇の彼氏に託しておいたはずの万引き少女が、こともあろうに異世界の怪物と戦闘現場に現れちゃったじゃないですか!

 沙紀というのは、きっとケルベロスに追われている子のことだろう。

「歩美のバカ、何でアンタがここに来るのよ!」 

「だって——」

 だってもへちまもない。民間人を守りながらの戦闘が、どんだけ不利か分かってるの?ったく、手のかかるガキたち!

 待てよ、名前で呼び合ってるってことは、この二人は知り合い? いじめるタイプといじめられるタイプ——ってことは、さっき万引きさせてた首謀者がこの『沙紀』って子で、さっき捕まえた万引きの実行犯があっちの『歩美』になる?



 歩美の後ろから、息を切らして青の闇の彼氏が走ってくる。

「お姉さん、ゴメン!ちょっと目を離したすきに逃げられた!」

「……バカ」

 青の闇のパートナーのわりに、お間抜けさんね。まぁ、過ぎてしまったことは仕方がない。今大事なのはただひとつ、この場をいかにして切り抜けるか、だ。

 休暇中の今死んでしまったら、本来の任務である『特命指令1084』はほとんど手つかずで終わってしまう。もちろん私がいなくたって代わりは立てられるだろうが、それは悔しい。

 この指令だけは、絶対私自身の手でクリアしたい。



 サジタリウス・フォーム



 青の闇が、敵にとどめを刺すいわゆる「フィニッシュモード」に入った。こうなった彼女は髪の毛が青く発光し、空からどこからともなく降りてくる光る弓を手にする。



 クレッセント・シューター



 過去の戦闘データでは、その武器の威力は数値として測定できないほど、とある。矢をつがえながら、青の闇は私たちに向かって叫んだ。

「みんな、遠くへ逃げて!」

 最大の威力で矢を当てるには、標的に近すぎてもいけないのだろう。青の闇は驚くべきジャンプ力で、ショッピングモールのはるか後方の壁まで飛びのいた。

 遠くへ逃げろ、ったってねぇ……私はとっさの判断で、先の戦闘のせいでできたと思われる壁の穴に注目した。私の勘が正しければ、あそこは電車の駅との連絡口に近いはず。そこまで行ければ、うまくすると外へ出られるかもしれない。

「みんな、あそこの穴に向かって走ってちょうだいっ」

 私が大声を張り上げたので、皆私が指差す方向に何があるか分かってくれたようだ。先ほどの名誉挽回、とばかりに青の闇の彼氏は女子中学生二人を走らせ、自らしんがりに立っている。

 任せたよ、坊や! 私は、職務上逃げるわけにはいかないけど……

 私は次の戦闘に備え、愛銃コルトM1011Aの弾倉に新しいカートリッジを詰めた。



 ギガ・バーストアロー



 青の闇が放った矢は、きれいな放物線を描いて飛んだ。矢の軌跡にはキラキラした光の粒子が舞い、クッキリとした光のアーチを映し出していた。

 その優雅な見かけと真逆に、怪物に刺さった矢の威力はすさまじかった。

 一瞬、建物の内部全体が真っ白な光で充満した。その光のきつさは異常だった。私は見たことないけど、もし原爆や水爆といったものが爆発したら、そんな感じなのじゃないかと勝手に想像した。

 ピカッと白く光ったその一秒後、鼓膜がビリビリするほどの轟音が響いて、同時に屋根の一部だったらしいコンクリートの破片がバラバラ落ちてきた。それを追うように、辺りに真っ茶色な煙がモウモウと立ち込めた。こっちは白じゃなく茶か……

 私は野生のカンで、落下してくるすべての瓦礫と煙をよけて、安全なスペースを見つけて身を潜めた。私の生存能力は、おそらくゴキブリ並みだという自負がある。

 これだけの威力なら、仕留められたかな?

 周囲に立ち込めた土ぼこりが落ち着くのに、二十秒ほどかかった。まだ視界はボヤけてはいるが、だいたいの状況がつかめてきた。

「そ、そんな……」

 おもわずそうつぶやいたのは私だけではない。矢を放った青の闇本人もそう口にして呆然としていた。なぜなら、ケルベロスは——



「ケルベロスちゃんを多少なりとも苦しめた努力は認めてあげるわ。でもね、ざ~んねん! この子はぁ、あるただひとつの方法でしか殺せませ~ん! ちなみに、その方法をあなたたちに教えてあげるほど私はお人好しじゃないんで、そこんとこよろしくねぇ~」 

 紅陽炎の憎まれ口はうざったいが、悔しいことに言ってる内容は真実らしい。

 青の闇の必殺技でも、ケルベロスは倒せなかった。 

 絶体絶命なその状況で、私の口からアハハと乾いた笑いが出てきた。こりゃ、どうしようもないわ。

 でも、無様な死に様だけは残さない。勝てないにしても、最後の最後まで敵に迷惑をかけ続けてやる!

 それは青の闇も同じ気持だったようで、一瞬驚いたような表情は浮かべたもののまたもとの鋭い眼光が戻ってきていた。あちらさんも「最後まであきらめない」気だ。



「……ったく勝ち目もないくせに往生際の悪いやつら」

 紅陽炎がそう毒づくと、驚くべき細胞復元能力でもとの体に戻っていたケルベロスが、再び青の闇に襲い掛かった。こっちは疲労が蓄積しているのに、向こうは戦闘前ほどにも回復してるなんて、ズルすぎる。

 こちらから見た感じ、この不利な状況でも青の闇の眼光は鈍らない。

 あの目は、負ける人間の目じゃない。「勝ちに行く」者の目をしている。

 私はその瞬間悟った。敵に回しちゃいけないのは、ケルベロスでも紅陽炎でもなく、この子だ。



「……ちょっと待て」

 突然、廃墟同然のショッピングモールに響いたその声にビクッとしたのは私だけじゃなかった。青の闇も、また紅陽炎もその声の人物がこの場に居合わせることは予想外だったらしく、特に紅陽炎のほうはさっきまでの余裕と底意地の悪さが消え飛ぶほど、狼狽していた。

 実際に見るのは初めてだが、私はソイツを知っている。極秘ファイルで見た、地球外生命体第四号だ。確か名前は——



「か、影法師……な、なぜお前がここに?」 



 そうそう、影法師。情報によると、コイツも紅陽炎と同じ側の人間で、つまりは敵。ということは、この絶体絶命の場面でドラマみたく「助っ人」が現れたわけじゃなくて、私たちの敗北をさらにダメ押しする「敵の増援」が来ちゃったってこと?

 じゃあ、もう終わってるじゃん。ハハ。

「おい、青の闇……いや、絢音と呼んだほうがいいのか」

「ハイッ」

 影法師にいきなり名前を呼ばれた青の闇は、まるで先生に宿題をやってきたのかどうか問い詰められている小学生みたいに緊張していた。

 影法師の次の一言は、意外すぎるものだった。



「絢音、今からお前を助ける」




 ~episode 7へ続く~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る