4-6 いつもどおりに戻りつつある放課後


学校に戻るまでが芸術鑑賞会です。

なんてことを誰かが言ったわけではないけれども、帰りのバスの中もそこそこ盛り上がっていた。

とはいえ、一番前の席の俺たちはやや蚊帳の外になる。

なにしろ、盛り上がりの中心は往々にして後ろの方の座席になるからだ。

そして、蚊帳の外になっている人物が俺たち以外にもいた。


「スー……スー……スー……スー……」


一番前の列の左端。

麗美の隣に座っている人物もまた、盛り上がりとは無関係に自分の時間を貪っていた。

主に、居眠りするという形で。


「先生、お疲れみたいですね」


ヒソヒソ声で麗美が俺に耳打ちしてくる。


「まあ俺たち以上に準備とかいろいろあるだろうしな。集合時間だって早いんだろうし、お寺側との打ち合わせとかもあっただろうし」

「私達は面白がってるだけだからいいけど、みどりちゃんたちはそれじゃすまないもんね」

「ああ」


右側にいる咲もわずかに身を乗り出してみどり先生の様子を窺っていた。

そして、もうひとり寝ている人物がいた。


「そっちも熟睡みたいだな」

「ふふ、興奮しすぎて疲れちゃったって」


ちょうどみどり先生と反対側の席、一番前の列の右端には、白藍が座っていた。


「鼻血は止まったのか?」

「いつの話してるのよ。もうとっくに止まったわ」


薪能の鑑賞中に興奮しすぎて鼻血を出した白藍。

確かにあのときと比べて、顔色が若干白くなっている気がする。

顔が赤らんで見えたあのときは、よっぽど興奮していたのだろう。


(まあコイツの場合は普段から病的に白いせいで、どっちのときが調子がいいのかよくわからない部分もあるのだけれどもな)


「そういえば悦郎さん、さっきの能の話についてなんですけど」

「ああ、そういえば解説が聞きたいって言ってたな。ってことで咲頼む」

「え?」

「歴史っぽい話なら、俺よりも咲の方が適任だろ?」

「それはそうかもしれないけど」


どういうわけか、咲が麗美と話すのをためらっている。

もうすっかり打ち解けたと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。

俺が首を捻っていると、咲たちの後ろの席に座っていた三大歴女のもう1人、陽ちゃん(名字は知らない)が口を挟んできた。


「女子に囲まれてる割には女心わかってないわね、黒柳くん」

「え?」

「趣味の話はしづらいのよ。同士以外には」


陽ちゃんの言葉に、咲がウンウンと頷いていた。


「そういうもんかね」

「そういうもんです」


なんとなく納得できるようなできないような、微妙な感覚に首を捻る。


「って、そういえば黒柳くんのお父さんって、歴史関係って聞いたんですけど」


唐突にガバっと白藍が起き上がり、俺に尋ねてきた。


「なんだよ急に。ってか寝てたんじゃないのかよ」

「少し前から起きてました。鼻血は止まったのかあたりから」

「けっこうはじめからだな」

「で、お父さんが歴史関係の学者さんだって話なんですけど」

「あー、たぶん白藍の期待には答えられない」

「え?」

「うちのとーちゃんは考古学者だ。よく知らないけど、微妙に違うんだろ? 前に咲が言ってたけど」

「なるほど、そっちでしたか」

「すまんな。俺が謝ることじゃないとは思うが」

「いえ、勝手に勘違いしたのはこっちですから」

「でも! すごいんですよ! 豪大さま!」

「おわっ!」


唐突に俺と白藍の会話に麗美が割り込んできた。

っていうかそういえばそうだった。コイツは、とーちゃんのことになると結構ヒートアップするんだった。

それこそ、電車やコンビニの話のときみたいに。


「豪大さまは、私の国でですね……」

「ふんふんふん」


そこは担当範囲じゃないだろうに、なぜか麗美の話に聞き入っている白藍。

どうしたもんかと、俺は俺と同じように間に挟まれている咲と顔を見た。

すると咲も、麗美の話すとーちゃんの話に興味があったのか白藍と同じように麗美の方を見ていた。


「なんだかなあ……」


ギシッと補助席を軋ませながら大きく仰け反った俺の耳元で、陽ちゃんがくすくすと笑っていた。


「お父さんに三人を取られちゃったね」

「別に気にしてない。てか、とーちゃんがすごいのは俺も知ってるからな。変わり者だけど」

「ああ、似たもの親子なんだ」

「ああん?」

「ふふふ、なんでもない」


そうして、ぐっすりと熟睡するみどり先生を乗せたままバスは学園前駅へと順調に向かっていた。



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