2-2 たぶんいつもどおりになる朝の通学
「ハンカチ持った? ちり紙は? 定期は? スマホは持った?」
「大丈夫だって。ちゃんと全部持ったから」
「ならいいんだけど。あ、ネクタイ直すから。はい、上むいて」
「ん」
玄関先で靴をトントンやりながら、咲にネクタイを直してもらう。
いつも咲に手間をかけさせるのもアレなんで、何度かネクタイの結び方を練習してみたのだが、なぜか毎回真っ直ぐに結べない。
別に不器用とかそういうわけではないと思うのだが、どういうわけかネクタイだけが上手く結べないのだ。
なんだろう。
俺の知らないテクニックみたいなもんがあるんだろうか。
とーちゃんが海外に行っちゃってる俺には伝えられてない、父子相伝の秘密の技みたいなのが。
(……ねーな)
「えつろー、今日からアレだかんねー、忘れるなよー」
「大丈夫だって。ちゃーんと覚えてるから」
「おーう」
リビングからかーちゃんが声を掛けてくる。
実はなんのことかよくわかってないが、あとで咲に聞けば教えてもらえるだろう。
なにしろ、ウチのことを家族以上に把握しているのが咲だからだ。
「じゃあいってきま~す」
「いってきまーす」
「おう、いってらっしゃい!」
かーちゃんの気合十分の声に見送られながら俺と咲はうちを出た。
今日は予定どおりの時間。
走らなくても、十分にいつもの電車に間に合う時間だった。
* * *
「おはよー」
「あ、咲おはよう。悦郎も」
「おう緑青。今日も計算通りか?」
「もちろん。ちゃんと起きる時間から歩く速度まで、全部計算してる」
「ほほう、こうしてここで俺たちと合流することまでもか?」
「あ……」
駅に入る少し前、俺と咲は前を歩く緑青を見つけた。
咲が後ろから声をかけ、それに気づいた緑青が少し立ち止まり俺たちと合流した。
今は歩きながらしゃべっているが、その歩く速度は確実に緑青一人だけのときよりも遅くなっている。
『ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください』
うっすらとホームの方からアナウンスが聞こえてくる。
俺と咲、緑青の三人は、まだ改札を抜けて少し歩いただけ。
たぶん緑青の計算では……。
「まあ、次の電車でも間に合うから……」
明らかにテンションの下がる緑青。
やはり、あの電車に乗るつもりで計算をしていたのだろう。
とはいえ、次の電車だって余裕で間に合う。
なにしろ、俺と咲のいつも乗っている電車だからだ。
「おはようございますっ! 悦郎さんっ」
「うわっ!」
ホームに到着した俺たちに、後ろから元気よく声を掛けてくる存在がいた。
それは、通学では電車など使わなそうな人物。
昨日からクラスメイトになった、自称俺の許嫁で転入生の麗美・マジェンタ(以下略)だ。
「おはよう、麗美さん」
「おはよう麗美」
「はい、おはようございます。咲さん、緑青さん」
ニコニコと笑顔の麗美。
何がそんなに楽しいのだろうと思ったけど、すぐに俺はその答えにたどり着いた。
そういえば麗美は、なぜだか日本の電車がものすごく気に入っているらしい。
海外に行ったことのない俺にはその感覚はわからないが、そんなにも日本の電車というのは特別なのだろうか。
「ほら、ちゃんと挨拶返さないと」
「お、おう。おはよう麗美」
「はい。おはようございます」
「ぐふふ。悦郎、朝から麗美に見惚れてる」
「はあ? ば、バカ言うなよ。ちょっといつもと違う展開になったからびっくりしただけだ」
「まあ、そういうことにしておく」
「ふん」
いつもの乗車位置で、まとまって並ぶ俺と咲と麗美、緑青。
俺たちとは違うデザインの制服も、チラホラと周囲には見かける。
まあこの先にあるのは、俺たちの学校だけじゃないしな。
「みなさん、いつもこの時間なんですか?」
俺の隣に立つ麗美が、俺たちを見渡しながらそう尋ねてきた。
「ああ、うん。俺と咲はそう。緑青は一本早い」
「今日はたまたま乗り遅れてた。昨日はさらに一本遅かったけど」
「そういえばそうだったな」
俺と麗美の頭の位置は、それほど変わらない。
いつもは頭一つ分ほど小さい咲が隣に立っていたから、その感覚がなんとなく新鮮だった。
「あ、麗美さん。それ」
「お、もしかして麗美、一人でコンビニ寄ってきたのか?」
「はい。お昼を買うのをチャレンジしてみました。たくさんありすぎて、一時間も迷っちゃいました」
「は、ははは……一時間……」
目移りして右往左往する麗美の様子が、目に浮かぶ。
俺は思わず、想像上のコンビニの店員に謝罪をしてしまった。
朝の忙しい時間にすまない、と。
「あ、時間です! 次の電車が来ます!」
時計を見ていた麗美の目がランランと輝く。
本当にコイツは、電車に乗るのが楽しいらしい。
「朝は混んでるからな。ちゃんとついてこいよ」
「はいっ! 噂の通勤ラッシュですね!」
どのくらいまでわかっているのかは、かなり怪しい気がした。
あの朝の混雑した電車の中で、麗美はどのくらいまで笑顔でいられるのだろうか。
そんなことを考えていると、俺たちの乗るべき電車がホームに滑り込んできた。
さあ、朝のラッシュとの戦いだ。
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