第四十九話 仲間

「どう? 大黒真、気分の方は」

「…………」


 大黒は愛瀬に言葉を返そうとするも、口が上手く動かず声を発することが出来なかった。


「話すことも出来ないか。そりゃそうよね、三鬼に殴られたのに加え麻酔もそろそろ効いてくるでしょうし」

「…………?」

「ふふん、そのナイフのことよ。正直それを刺せた時点で勝負は決まってたのよね。ナイフに塗られた麻酔は即効性こそ無いものの、時間さえ経てば確実にあんたの意識を奪っていく。今のあんたには麻酔に抵抗する体力も無いでしょうし、後五分ももたないわね」


 視線で疑問を投げかけられた愛瀬は上機嫌でその疑問に答える。


 通りで、と大黒は朦朧とした頭で思う。

 いかに三鬼が規格外の攻撃力だったとしても、たった一度の殴打でここまで弱ってしまう程大黒も柔ではない。


 だが外部からだけではなく内部にも異変が起こっていたのなら、これだけ体が言うことを聞かないのも納得だった。

 それが理解ったところで、もうどうしようもないのだが。


「で、これからどうするよ?」

「ここに来る前に言われたでしょ。横取りされないようにとっとと大黒を協会に引き渡して、その後は九尾の狐の討伐。もちろん、私達が万全の状態になってからね」

「万全ねぇ……、全員が治んのに一週間はかかりそうだけど大丈夫か?」

「あの三人なら大丈夫でしょ。一週間くらい余裕でもたせてくれるはずよ」

「ねぇ、それより取り分の話なんだけどさ」

「それは全員揃ってからでしょ。疲れてるの時にそんな話されるとヒートアップして殺し合いになりかねないわ」

「お前たちは疲労関係なく金の話になるといつでも殺気立ってると思うがな」


 愛瀬達は大黒が完全に意識を失うまで、多少の距離を取った所で今後の話を始めていた。

 気絶寸前の相手に近付きすぎて反撃を食らうより、何もさせない距離を保って時間に任せようという判断が大黒に付け入る隙すら与えない。


(ああ……、駄目だ。痛みも感じなくなってきた……。意識が、飛ぶ。ハク……、に、会わないと。あれ……? 何でだっけ……、俺は今……何を……してるんだっけ)


 思考が明滅していく。体も、頭も、動かない。

 必死に抗おうとしていたが、気合でどうにかなるものではない。

 そうして長い眠りに付く直前、大黒の耳朶はここにいるはずのない者の声を拾った。


「そこの人たち、私の兄さんから離れて下さい。今、すぐに」


 激しい殺気を孕んだ声。

 だが大黒にとっては聞いただけで安心できるくらい、聞き覚えのある女の声。


 幻聴かもしれない。死にかけている自分の中での都合の良い妄想かもしれない。

 そう思った大黒は姿を確認しようと、重い瞼をこじ開けて声の主を視界に収める。


「あ、兄さん。お久しぶりです。久しぶりの兄妹の再開ならハグが普通だと思いますが、ちょっとだけ待ってて下さいね。障害物を片付けたらすぐに抱きしめに行きますので」


 先程とは打って変わって甘い声。

 薄く開いた大黒の瞼に気付いたその女は、薙刀を片手にくねくねと体を動かしている。

 それを見た大黒は、ふっと安心したように微笑み、完全に意識が闇へと落ちた。


「寝ちゃいましたか。ふふっ、いつ見ても素敵な寝顔。そのままどこかへ連れ去ってしまいたいです」

「…………ちょっと、急に入ってきて気持ち悪い笑顔を浮かべてるあんたはどこの誰なのよ。同業者、じゃないわよね。大黒真の仲間?」

「…………」


 大黒に熱い視線を向けていた女の目は、愛瀬に話しかけられて再び殺気の籠もった冷たいものへと変わる。


 そして問われた女はピッと薙刀の切っ先を愛瀬達に向けて、こう答えた。


「大黒家第三十二代当主、大黒純。貴様達が痛めつけた大黒真の唯一人の家族だ」


 声が低くなり、口調も変わる。

 愛する兄の前では決して見せない姿で、純は愛瀬達を威圧する。


「覚悟しろ。一人残らず輪切りにして黄泉へと送ってやる」

「当主はほんと物騒っすねぇ。そんなんだから顔は良いのに男が寄ってこないんすよ」

「純。いつも、怖い顔」


 そして体中から怒りを迸らせている純の後ろからさらに二人の従者が現れた。

 

 一人として容易い相手はいない。それを感じ取った愛瀬は舌打ちして、悪くなり始めてきた形成をどう覆そうかと考え始める。


「ちっ、大黒家の連中は査問にかけてる状態だって聞いてたんだけどね……」

「おいおいどうするよ愛瀬。あいつらもやっちまうか?」

「今考えてる所よ。ていうか私にばっか聞かないで自分達でも考えて……よ……」


 淵瀬を叱責しようとした愛瀬の言葉が止まる。

 

 愛瀬の視線の先には純でも二人の従者でも無い、ある人物がいた。


 常ならば、笑顔が張り付いているであろう柔和な顔つき。

 夜の闇に淡く光る藍色の着物。

 腰には白鞘に入れられた刀をぶら下げている。


 山中にも関わらず草履で歩いているその男は、愛瀬達を見て刀を抜いた。


「なんとも、懐かしい面々が揃っていますねぇ。どうでしょう旦那方、ここはあっしの顔に免じて退いちゃあくれませんか」

「刀岐貞親……!」

 

 その顔を知っている愛瀬と淵瀬は鵺を見た時以上に顔をひきつらせる。


 陰陽師であるならば誰でも知っている男、傭兵の頂点、刀岐貞親がそこにはいた。


  

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