第二十一話 幸運

「大黒くん、その掛け軸は六番の棚に置いといてー」

「分かりました」


 レジスターが置いてある机の後ろに座っている女性の指示を聞いて、大黒は掛け軸の入った桐箱を所定の場所に持っていく。


「次は裏に置いてある壺を1番のケースに入れてもらってー、それが終わったら領収書整理お願いねー。その後は一緒にお茶でもしよ。今クッキー焼いてるから」

「……店長、俺まだ三十分しか働いてないんですけど。何でもう休憩の話をしてるんですか」

「えー、別に良いんじゃなーい? 最近の子は皆働きすぎだからねー。ちょっと働いたら休んで休んで休んで、その後またちょっと働く。それで十分だと私は思ってるしー」


 大黒に店長と呼ばれる女性は湯呑でお茶を飲みながら、のほほんと笑う。

 その女性の横では着物を着た小さな女の子が、両手を握りしめて『うんうん』と頷いている。


「それが雇い主の方針なら俺は従いますけどね。俺もその方が楽だし」


 そう言って大黒は二人の横を通り過ぎ、奥にある壺を取りに行った。


 この店の名前は万里まり古美術。大黒が大学一回生の頃からバイトしているアンティークショップである。

 店長は小日向こひなた万里まりという名前の女性で、若いながらも確かな鑑定眼でしっかりとした経営を行っている。

 大黒は週に三、四回シフトに入り、時給二千円というバイトにしては破格の給料を貰いながら、三年間気楽に働いていた。


「あー……、小鉢こばち。今はじゃれつかないでくれ、この壺は見ての通り高いらしいんだ。落として傷でもつけたらここで働いてきた俺の給料が全部吹っ飛ぶ」

「? 大黒くん、なにか言ったー?」

「いえ、なんにも」


 大黒が小声で発した言葉に万里が反応するが、大黒は何も言ってない風に装った。

 そんな大黒の足元には先程まで万里の近くにいた少女がまとわりついており、大黒の動きを制限していた。


「じゃあ気の所為だったのかな? ……あ、そろそろ焼き上がりそうだし準備しないと」


 万里は不思議そうに首を傾げたが、自分が作っているお菓子のことを思い出し、手元においていた杖を使って立ち上がった。

 大黒の注意を受けても離れそうになかった少女だったが、万里が立ち上がったのを見るとすぐに万里の方へと駆け寄っていった。

 身動きが取れなかった大黒はその二人が居間に消えていくのを見届けると、ホッと息をついて仕事に戻る。


(店長も相変わらず危なっかしいな……。あの人自分が足を悪くしてる自覚あるのか? 小鉢がいる間は大丈夫だろうけど、小鉢がこの家からいなくなった瞬間また大怪我しそうだよなぁ……。抜けているようでしっかりしてる、とかも無く普通に抜けてるし)


 大黒が心配する万里は現在、杖をつかないとまともに歩けない体の状態にある。


 万里は五年前まで自分の店を持たず、世界中を回って品物の売買をしていた。

 しかし五年前に東北へと仕事に行っていた時、交通事故に遭ってしまい足に大怪我を負った。


 既に両親も他界しており、頼れる親類もいなかった万里はそれまでに稼いだお金で店を構えることにした。怪我をした足では今までのように飛び回る仕事はできそうにもなかったからだ。

 そして、皮肉にもそれが万里の人生で一番幸運な出来事に繋がっていた。


 万里が交通事故に遭った時、そこには一体の妖怪がいた。

 

 妖怪はそれまで自分が住んでいた家を区画整理で失い、次に自分が行く場所を探していた。

 そんな折、目の前で不幸な目に遭っている人間を見た。

 その瞬間、妖怪は万里の家を自分の新居にすることに決めた。


 人を幸せにする。それがその妖怪の存在理由。


 妖怪の名前は座敷わらし。

 正体については精霊、子供の霊、はたまた河童等と様々なものが言われいるが、共通して言える特徴は座敷わらしが住み着いた家は幸が訪れ、座敷わらしがが去った家には災いが降り注ぐというものである。


 大学入学当初バイト先を探していた大黒は、座敷わらしがいる万里古美術を見つけ、バイト募集の張り紙もなかったにも関わらず、自分を雇ってほしいと万里に頼み込みに行った。

 それに対し、座敷わらしのおかげもあって売上は好調なものの一人で店を切り盛りすることに限界を感じていた万里は二つ返事で了承し、今に至る。


 座敷わらしによる幸福のおこぼれを預かりたい、という下心満載の大黒をひどく警戒していた座敷わらしだったが、そう時間もかからない内に大黒に懐くようになり、『小鉢』という名前もつけてもらった。

  

 小鉢が大黒に懐いた理由としては、大黒の性格どうこうというよりも自分のことが見えて遊んでくれる相手だったということが大きい。

 万里には霊感が全く無く小鉢のことも見えていないため、一緒に住んでいても遊ぶことはまず無い。

 それは座敷わらしである小鉢にとっては当たり前のことであり、特段悲しむことでもなかったが、それでもずっと子供の精神を持つ小鉢が寂しがらなかったといえば嘘になる。


 そんな中で多少の下心がありながらも、自分を人間の子供に接するように相手をしてくれる大黒の存在は大きな助けとなった。




 


 


 


 



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