第二十話 予感

「えぇー……、純に見つかってからは特に上手く隠れないとって思って頑張ってたのに……」

「私の知っている限りでは貴方に落ち度はそこまでありませんし、気にしなくていいと思いますよ。この人や貴方の妹は昔から貴方を知っていたというのもあるでしょうし」

「それにしてもこんなに簡単に見つけられるとなぁ……。大黒秋人くそやろうも俺達の居場所知ってるし本当に引っ越した方が良いかもしれないな……」

「まあ、それはまた追々考えましょう。この人もわざわざ自分で探しているということは私達の家の場所までは噂で流れていないということでしょうし」


 大黒と違ってハクはあまり気にした様子もなく、日記を読み進めていく。


「……この人は随分と貴方を気に入っていたようですね。貴方を見つけてからしばらくは、貴方を久しぶりに見ることが出来て良かった、という類のことしか書かれていません」

「いや、ほら、なんだ、一応そいつとは旧い仲だしさ。俺が特別ってわけじゃなく…………あれだ、ずっと会ってなかった知り合いを見たらなんかテンション上がるじゃん? それと一緒で、俺じゃなくてもそいつはそういう風に書いてたと思う。ただでさえ協会から追われてて、友達と会えない日々を過ごしてたんだし」

「なぜそんな言い訳がましいんですか。私は別に気にしていないので狼狽えなくてもいいでしょう。……というか何に対しての言い訳なのか本当に分からないんですけど」


 そう言ったハクの表情には、大黒が危惧期待したような嫉妬などの感情は欠片も感じられず、大黒は安心したような落胆したような複雑な気持ちで肩を落とす。


「よくわからないことを言われた挙げ句、勝手に落ち込まれるのは面倒極まりないですね……。もう先を読みますよ? …………っ」


 下を向いている大黒を放って先に進もうとしていたハクは、急にパタンとノートを閉じてそのまま沈黙してしまう。


「……? どうした? まだ続きはありそうだけど……」

「いえ……、恐らくここから先は貴方も知っていることだけしか書いていないようなので見ても意味がないかと思ったもので」

「知ってるって言ってもあくまで俺の主観でしかないし、藤視点での話を知っておくにこしたことは無いんじゃないか?」

「ええ、物事は多角的な視点で見るのが重要なことは否定しません。ですがその上で知らなくてもいいこと……知らないほうがいいことも存在します。そのことを踏まえて改めて断言しましょう。これ以降の記述の中に貴方にとって目新しい情報はありませんし、見ないほうが貴方にとってもいいでしょう。だから、今日の探索はここで終わりです」

「…………まあ、ハクが言うなら従うか。最低限知りたいことは知れたわけだし」


 諭すように言うハクに大黒はそれ以上食い下がることはしなかった。


 ハクが見たページは藤が行った磨に対する実験の詳細だった。

 藤が妖怪と人間の境目を探る実験を開始したのは、藤が大黒を見つけるよりも随分前だった。

 藤は実験を行っている時は用意してあるメモに実験の工程を書き留め、その実験が完全に終わった時にメモからノートに実験の全てを書き写す。

 そして藤が磨に対する実験が完全に終わったと判断したのは、大黒を発見してすぐのことだった。

 だからこそ藤は大黒の現状を図る試金石として磨を送り込むことを決め、その前に磨に行った実験についてノートに書き写した。


 磨を知っている者としてそのページを読んでしまったハクは、大黒の手前我慢したが、思わずページを破りそうになっていた。


 何千年も前にこの世に生を受けていたハクの価値観は、大黒のそれとは少しばかり異なるものを持っている。

 もちろんハクも転生する度、その時代に適応しようと価値観のアップデートはしていっているが、元から持っていた価値観が完全に消えるわけではない。

 

 奴隷、拷問、身分制度、ハクは今まで生きてきた時代で様々な理由で人権が無視されている人も大勢見てきたため、凄惨な出来事に対する耐性は大黒よりも遥かにある。


 だがそんなハクをもってしても、藤が磨に行っていた実験は見るに堪えないものだった。

 磨がハクにとって大切な相手というのを差し引いても、内容を精査するのは難しかっただろう。

 それくらいに非人道的な実験だった。


 だからハクは大黒がそのページに触れないように釘を差した。

 ノートを書いた者、実験に使われている相手、その両方をよく知っている大黒に見せるのはあまりに酷だとハクは判断し、自分だけで受け止めることにした。

 

 そういったハクの気遣いをどことなく感じながら、大黒は笑顔でこれからのことを提案する。


「それじゃあ用も済んだことだしどっか遊びにでも行こうか?」

「さっきの話を見てよくそこまで楽観的なことを言えますね。このまま家に直行に決まっているでしょう。ちゃんと変化へんげしているとは言え、あまり私が外にいすぎていては危険が増えます。降りかかる火の粉は少ないほうが良いでしょう?」

「それはそうだけどせっかくハクとデートしてるっていうのに……」

「貴方、自分が私を監禁していたっていう事実を忘れていませんか?」


 ハクは残念がる大黒の手を引いて図書館から出ようとする。

 大学に来た時と同じ構図だが、ハクの左手には今回の収穫がきっちりと収まっていた。


「……その日記持って帰るのか?」

「ええ、見ていて気分が悪くなる部分もありますが、貴重な資料であることには間違いありませんからね。いずれ何かの役に立つこともあるでしょう」

「そう、だな。これからのためにも使えるものは何でも使わなきゃいけないか」


 これからは今まで以上に熾烈な戦いに巻き込まれる。

 

 もしかしたら今日にだって日常が壊れるかもしれない。


 戦うための準備も万全にしておかないといけないだろう。


(……けど、ずっとビビってても仕方がない。今はハクの手の感触や温度を堪能する。それだけ考えてれば幸せだ)

「……あの、なにか変なこと考えていませんか?」

「いーや、何も?」


 睨んでくるハクを誤魔化して、二人は帰路につく。


 

 お互いに平和が続くことだけを祈りながら。






 





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