第弐拾弐話 挟撃

「いててっ……、さすがにちょっと慣れねぇな」


 大黒たちが場から離れた後、鬼川は鵺と何度か殴り合い、すぐには倒せなさそうなことを悟ると一旦鵺から距離をとった。


 鬼川が大黒家で担当している仕事は事務処理、営業、送迎、尋問、拷問、戦闘等多岐に渡るが、それらの相手は全て人間であり本人も言っていたように妖怪を相手取ることは極端に少ない。


 さらに、鬼川は戦うことは好きだがそれは勝てる相手と戦うのが好きなだけであって、勝てない相手に勝負を挑むことは殆どない。


 そんな鬼川にとって人間ではありえない動きをする四足歩行の妖怪、しかも元陰陽師である大黒にも正体が掴めない暫定鵺との戦いは慎重にならざるをえなかった。


(思った以上に面倒くせぇ。いまいちどこ殴りゃいいのか分かんねぇし、何してもずっと笑ってやがるからこっちの攻撃が効いてんのかも分かんねぇ。今のまんまやりあってたらいずれは勝てるだろうが、何かしでかしてきそうな怖さもあるしとっとと助けに来てくんねぇかな……)


 鬼川は鵺を睨みで牽制しながら、助けが駆けつけてくるまでどう時間を稼ぐかということに思考を回し始める。


「……ーぃ、ぉーぃ。ぉ……ゎー……」

(…………お兄さんの声? ガキ置いて帰ってくるには早すぎねぇか?)


 しかし思考がまとまる前に、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきて思わず声がした方向に振り向いた。


 振り向いた先にいたのは自分に向かって走ってきている大黒、大黒の右手に抱えられた磨。

 ……そして、


「ひひひひひひひひっ!」

「なんか連れてきてるー!?」


 二人を猛スピードで追いかけるもう一匹の鵺がいた。


 そんな二人と一匹が鬼川がいる場所に到着するとほぼ同時に、最初に相対していた鵺も鬼川が振り返った隙を狙って攻撃してきた。


「ぅあっぶねぇ!」


 しかし鵺の攻撃は鬼川の頬を掠めるに留まり、間一髪のところで攻撃を避けた鬼川はその場から全力で飛び退った。


 それに合わせて大黒も鬼川が逃げた方向に一緒に飛び、鵺と離れることに成功した。


「悪いな、待たせた。鬼川を一人にするのは申し訳ないと思って戻ってきたぞ」

「いや何恩着せがましい言い方してんすか! ただ面倒を増やしに来ただけじゃないっすか!」

「まあまあそう言わないでくれ。ところで提案なんだが、やっぱり俺は磨を安全な所に連れていきたいからその間鬼川があの二匹と戦うっていうのはどうだろう」

「ふざけんなっ!」


 真剣な顔でふざけた提案をしてくる大黒に、さすがの鬼川も素の言葉遣いで突っ込みを入れる。


 大黒も断られるのは分かりきっていたのか、鬼川の反応を見ても『だよな』と軽く呟いて苦笑した。


「じゃあプラン2だ。磨、いいか?」

「もちろんよ」


 大黒は磨に何かの確認を取り、了承を得た瞬間、磨を思いっきり上空に放り投げた。


「生成!」


 そして空中で磨一人分が入るだけの大きさの結界を作り、磨はすっぽりとその中に収まった。


「よっし、あれくらい高けりゃあいつらの攻撃が当たることもないだろ。というわけで鬼川、二人であの二匹を殺すとするか」

「いや、そっちをプラン1にしてくださいよ。なんで全部をあたしに押し付ける方がプラン1だったんすか」


 大黒は仕切り直し、という雰囲気を醸し出していたが貧乏くじを引かされそうになった鬼川がそれを許さなかった。


「いや悪かったよ。まさか俺も鵺がまだいたなんて思ってなかったらちょっと焦ってたんだ。本来鵺ってこんなぽんぽん現れるような妖怪じゃないし。ところで鬼川、その手袋よく似合ってるな」

「そんな適当な褒め方で誤魔化されるのはあんたの妹だけっすよ。まあそろそろあいつらも痺れを切らして襲いかかってきそうだし、これ以上はなんも言わないっすが」


 鬼川の視線の先には鵺が一匹。

 大黒と鬼川が話している間に、二匹の鵺は示し合わせたかのように二人を挟むような位置に移動しており、二人が少しでも自分たちから目を離せばすぐに飛びかかってくる姿勢を見せていた。


「じゃあどうする? 一対一か二対二か」

「お兄さんの結界で片方を閉じ込めてる間に二対一っていうのが理想っすけどね」

「そんな即席の結界じゃ五分も持たないってさっき証明されたろ。その五分で確実に殺せる自信があるならそうするけど」

「お兄さんが大黒家の時みたいに大暴れしてくれたらいけそうっすけどね」

「絶対無理だな。言っとくけど今の俺はあの時の五分の一くらいの力しかないぞ。だから二対一とか二対二で戦うなら攻撃は基本鬼川に任せるつもりだ」

「ああー……、だったら五分じゃ無理っすねぇ……。わっかりましたよ、そんじゃあ二対二でいきましょう。攻撃はあたしが頑張りますが代わりに防御はそっち持ちで」

「妥当なところだな」


 背中合わせで鵺の動向を監視していた二人は話し合いを終えると、お互いの正面にいる鵺に向けて同時に攻撃を開始した。


「火行符! 鬼川! 磨からは離れすぎず近すぎずな目の届く範囲で戦ってくれ!」

「どっ! せい! はいはい! 過保護っすねぇ全く!」


 大黒は鵺の足元に火行符を放ち、鬼川は拳でアスファルトを砕きその破片を鵺に投げつける。

 もちろんそんな雑な攻撃が当たる相手ではないのだが、二人の狙いは鵺の立ち位置を調整することにあった。

 挟まれている状況から二対二で戦いやすい形に持っていこう、そして出来れば磨がいる場所から少し離そう、そんな考えのもと二人は鵺を攻撃し始めた。


 しかしそうそう思い通りにいくわけもなく、攻撃を躱した鵺達はそのまま二人に突っ込んできた。


「全然怯みもしないな! 普通獣って火を怖がるもんだろ!」

「そりゃ普通の獣じゃないっすからねぇ! そんな簡単なやつだったらさっきの間に倒せてますよ!」

「そりゃそうか!」


 右に左にと駆け巡る二体の鵺の攻撃を紙一重で避けながら二人は怒鳴り合う。

 

 そしてとうとう避けきれないタイミングで鵺の爪が二人を切り裂こうとする直前、大黒は自分と鬼川の前に護符を投げた。


「生成!」


 ガキっと音を立てて大黒の結界が鵺の爪を防いだ瞬間に、既に鬼川は攻撃態勢に入っていた。


「纏、雷」 


 両手を広げた鬼川の手、いや、正確には手袋の周りにバチバチと青白い閃光が迸る。

 鬼川がその状態のまま左右にある結界に手をつけると、同じく結界に爪が触れている鵺に結界を通して光が感電していく。


「ひ、ひ」

「ひひっ、ひ」


 二体の鵺が呻き声のようなものをあげ、目に見えて動きが鈍くなる。 


 その隙を逃すまいと大黒は背中から自分の武器を取り出す。

 

 大黒が手にしたのは今までも戦闘で使ってきた大黒家の神木から作られた木刀。しかしただ一点、木刀の長さだけが今までのものとは違っていた。


 大黒が今まで使っていたのは一般的な木刀と同じく約百センチ程度の長さだったが、今大黒の手にあるのは精々五十センチ程度。同じ刀の部類で言うなら脇差と似たようなサイズであった。


 大黒はこれまで片手に木刀、片手に札といったスタイルで戦ってきたが、酒吞童子との戦いで片腕になってしまった以上、同じようには戦えない。


 そこで戦いのスタイルを出来る限り崩さないようにと試行錯誤した結果、大黒が考えついたものが木刀の縮小化であった。木刀を短くすることで小回りがきくようにし、瞬時に木刀と札を持ち替える。それが大黒の新たな戦闘スタイルだった。


 しかし木刀が短くなった分、必然的に重さも軽くなり、打撃による攻撃による効果は今までよりもさらに薄い。

 自らの霊力によって武器を強化しようと、人間より丈夫な妖怪相手にその差は致命的となる。


 そのため大黒は木刀で鵺を叩くのではなく、力任せに鵺を眼球から貫こうとした。



 


 


 

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