第8話 予兆
「話は変わるけど今日は何か変わったこととかあった?」
ご飯を食べ終えた大黒は食器を片付けながらハクに一日の変化を聞く。
「一日中家から出ないのにどうやって変化と出逢えというのですか。今日もいつもと変わらず、家事をした後は日光を浴びながら自堕落な生活を送っていました」
「おお、なんか姫っぽい発言」
「私だって本当はもっと活動的な日々を過ごしたいのに、ここに縛り付けているのは誰ですか。宮中にいた時でさえももう少し自由はありましたよ」
「うん、それについてはすまないと思っている」
「自覚はあるんですよね……、自覚があればいいというわけではありませんけど……。あ、そういえば」
ハクは悪気を持ちながらも開き直っている大黒にげんなりとしながら、何かを思い出したように手を叩く。
「え、やっぱり何かあった? 自堕落な生活の中でも日常の小さな変化に気が付いたりした?」
「違いますよ、ただ牛乳がそろそろ切れそうだったことを思い出しただけです」
大黒は想像していた三倍は所帯じみた発言をした伝説の大妖怪に、『ハクがこうなったのは俺のせいだけじゃないよなぁ』と考えながら、リビングから出ようとする。
「じゃあちょっと牛乳買ってくるよ。明日は家を出る予定ないから用事は今日の内に済ましておきたいし」
「今からですか? もうこんな時間ですよ?」
「こんな時間って言ってもまだ九時だしへーきへーき。箱入り娘だってまだ遊んでるような時間帯だ」
「貴方がいいならいいですけど…………」
会話の途中で黙ってしまい、ここではない何処かを見つめ始めたハクを不思議そうに見つめながら、大黒はどうしたのかと呼びかける。
「何だ? 他にも買ってくるものがあったら買ってくるけど」
それにハクは大黒の方を見ないまま返答する。
「……いえ、待って下さい。私から言い出しておいてなんですが、今晩は外に出ない方がいいです」
「急にどうしたんだ、何か変なものでも見えたとか?」
「もうずいぶん昔の話ですが、私は巫女を生業としていたこともあります。その能力も薄れていますが、時折嫌な予兆を感じ取ることは今でもあるのです」
そこでハクは大黒の方を見る。
「話の流れ的に今それを感じたってこと?」
「はい。明確に何が起こるかまでは分かりませんが、貴方がこのまま外に出れば災いが降りかかるでしょう」
「曖昧な言い方がなんとも巫女っぽいな……」
ハクの警告を聞いて大黒は少し考える素振りを見せるが、ハクの予言を本気で捉えてないのか出た声は軽いものだった。
「うーん、でも牛乳ないと困るし行ってくるよ。パっと行ってパっと帰ってくれば大丈夫だろ」
「……さては貴方信じていませんね」
ハクは呑気な大黒をきつく睨みつけるが、大黒は腕を組んで悩ましげな顔をするだけだった。
「信じてないわけじゃないんだけどなぁ……、これが旅行に行く直前とかだったら中止にしてただろうし。だけど近くのスーパーだったら歩いて五分くらいだから危険に巻き込まれる可能性は低いと思うんだよ」
「はぁ……、少しそのままでいてくださいね」
どこまでも危機感のない大黒を見てハクはため息を一つ吐き、呪具が置いてある和室へと歩いて行った。
大黒は言いつけ通りその場から動かず、ハクが和室から出て来るのを待つ。
何かと思って和室を覗きこもうともしたが、その瞬間にハクがその手に木刀を携えて部屋から出てきた。
「も、もしかして実力行使に出るつもりですか?」
「そんな無駄な体力は使いません。これ以上貴方に何を言っても無駄なことは分かりました。ならばせめてお守りでも渡しておこうと思いまして」
そう言うとハクの体が光に包まれ、耳と尻尾が出た妖狐の姿となった。そしてその姿のままハクは木刀を両手で持ち、自分の周りに漂っている光を木刀へと注いでいった。
大黒は目の前で繰り広げられる神秘的な光景に圧倒され、口を開けたまま呆然と眺めていた。
「……こんなものですかね。では、どうぞ」
そして木刀に全ての光が込められた後、ハクは木刀を大黒に差し出した。
「これは?」
「見ての通り私の力を注いだ木刀です。使えば武器本来の力以上のものを発揮できるでしょうし、持っているだけでも魔除けの効果がある優れものです」
「ああ、凄い力があるのは分かるんだけど……ってハク尻尾が!」
大黒が渡された木刀からハクに目を移すとハクの体に変化が起きていたことに気付いた。
先ほど変化を解いた時は三本あったはずの尻尾が二本に減っていたのだ。
「他のものに力を移せばその分減るのは自然の摂理でしょう。どうせまだまだ完全回復はしないでしょうし、たかが一本くらい誤差みたいなものです。……私に出来ることはしました、これで貴方に何が起こってもそれは貴方の責任です。そのことを肝に銘じて行って来て下さい」
ハクは二本になってしまった尻尾を振りながら言う。
たかが一本とハクは言うが、強力な霊力を持つ九尾の狐の九分の一の力である。少々力に覚えのある程度の陰陽師や妖怪なら容易く蹴散らす程の力であろうし、それはハクにとっても大きな代償であったことは想像に難くない。
自分のためにそこまでしてくれたハクの思いやりを感じ取り、大黒は木刀を握りしめながら頭を下げた。
「ありがとう。ハクの優しさを頭にも心にも刻んでいくよ」
「今朝も言いましたが、貴方に死なれると私も困るのです。他意は無いので勘違いしないでください」
「もちろんだ。しかしここまでされるとさすがに不安になってくるな……、俺も軽く武装していくか」
大黒はそう呟くと自分の部屋に行き、装備を整える。
木刀は竹刀袋に入れて、札は専用のホルダーに仕舞いズボンに着ける。武装としては最低限のものに近いが、この木刀があればなんとかなると高をくくって簡単に身支度を済ませる。
それが終わると再びリビングに顔を出して、ハクに外出を告げる。
「じゃあ今度こそ行ってくるよ。まあ、すぐに帰ってくるさ」
「ええ、くれぐれも気を付けて」
嫌な予感は未だ感じ続けている。だが、大黒を止めることはもうできない。
ハクはきっとこれも運命なのだと自分に言い聞かせながら、胸に不安をいっぱい抱いた状態で大黒を見送った。
そして、その予感は大黒が出て行ってすぐに的中することになる。
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