Chapter 18. ECHOの長い一日

『――おはようございます。きょう未明、長野県西部を震源とするマグニチュード五の地震が発生し、震度四の揺れが観測されました。映像は付近のキャンプ場の様子です。宿泊していた大学生四人が行方不明となっており、』



『――深夜より甲信地方から東海地方にかけて発生している群発地震ですが、つい先ほどにも震度三の揺れが観測され、未だ予断を許さない状況が続いています。気象庁の発表によりますと、御嶽山の火山活動が活発化しているおそれがあり、現在調査を進めて……』



『――えー、只今新たな情報が入ってきました。地球保護機構、ECHOエコーの戦闘機が二機、王滝村郊外に着陸した模様です。近隣の地区には昨夜から怪獣注意報が出ていましたが、その詳しい内容は発表されておらず、住民の方々の間に不安が』



『――の時間ですが、予定を変更して緊急特別番組をお送り致します。度重なる異常気象、怪獣の出現……果たして地球の将来に何が訪れようとしているのでしょうか? 環境激変の謎を追うため、さまざまな分野の有識者をゲストとしてスタジオにお招きし、徹底討論して参りたいと思います。コメンテーターは社会評論家の早稲谷わせや健一けんいち氏、災害アナリストの韮崎にらさきおさむ氏、超常現象研究家のかつら俊章としあき氏。そしてなんと、この場にはいらっしゃいませんが、国際環境NGO「CARLカール」のリリー・ハモンド代表ともビデオ通話が繋がっております。司会進行はわたくし榎戸えのきど史郎しろうと、北乃きたのすみれアナウンサーが務めさせていただきます』



     ◇ ◇ ◇



 メディアや世間が混乱とともに事態を注視する一方、ECHOはかなり早い段階で原因の特定を終えていた。


 観測衛星〈フギン‐δデルタ〉の磁気センサーは、最初の地震の発生時刻を二時二十七分と記録している。揺れは〇四秒から十六秒までの十二秒間続き、震源は王滝村の地下およそ十五キロメートル。液状化現象の発生がごく狭い範囲ながらも認められ、二万から三百万ヘルツの振動波が地表に漏れ出していたこともわかっている。そもそも粗い映像データは土煙の濃さも災いして何が何やらのありさまだったが、巨大生物の影らしきものを辛うじて捉えており、その体長は五〇メートルを決して下らないと推測された。


 この十二秒間の記録を、フギン‐δは関東総合基地へと転送した。SSS-Uトライエス・ユニット藤代ふじしろ隊長のもとに第一報が届いたのは二時三十三分のことだ。コマンドルームに駆けつけた四十一分には、既に警戒レベルは第二種まで上がっていて、現地周辺には注意報が飛んでいた。


 それから朝にかけて八回の地震があった。


 フギン‐δは律儀に仕事をこなした。震源は南へ向かって移動しているように見え、正体が怪獣であることに疑いの余地はないと思われた。


 藤代は、壁いっぱいを覆う大型モニターから視線を剥がした。


 くまの浮いた顔で部屋じゅうを見回す。どいつもこいつも自分とそう違わない面をしている。官邸、国交省、気象庁、自衛隊、警察――各方面との連携を図るために夜を徹して調整を続けた、その副産物であった。


 ――若い頃はこのくらい平気だったんだがな……。


 苦笑しながら手元のECHOPADエコーパッドに目を落とすと、デジタル数字が「八時五五分」を示していた。作戦開始まで五分を切っている。


 藤代は笑みを引っ込め、再び顔を上げた。


 コマンドルームは多数のオペレーターを収容する広いホールだ。モニターから遠い席ほど高い位置にあるという立体的な構造をしていて、最奥の列には参謀陣のシートが並んでいる。


 そして、参謀たちの真ん中に座す壮年の男――彼こそが、ECHO日本支部を統括する長官、さかき弦一郎げんいちろうその人である。


 榊の顔にもやはり疲れが見え隠れするが、両の眼だけは爛々らんらんと火を灯している。互いの目線が交錯すると、榊は力強く首を縦に振ってよこした。


 藤代は頷きを返して、モニターへと向き直った。傍らのシートのバックレストに手を置き、


「ノードリー隊員、現場と繋いでくれ」


「はい」


 サクラ・ノードリーがキーを叩くと、モニター左に四つのサブウィンドウが開いた。ECHOPADの内蔵カメラを通して、それぞれ持ち主の顔が映し出される。


「SSSU‐2」が周防すおう副長。


「SSSU‐3」が山吹やまぶき隊員。


「SSSU‐4」が桐島きりしま隊員。


「SSSU‐6」が和泉いずみ隊員だ。


 彼らは最後に揺れが観測された地点の付近で待機している。人里から外れているのは不幸中の幸いと言うべきだろう。キャンプ場では犠牲者が出たのだ。つまり、今度の怪獣に人を避ける習性があるとは考えられない。


 藤代は、サクラの端末に接続されたマイクを掴みあげた。


「総員、作戦の最終確認だ。周防副長、状況に変化は?」


『ありませんね』


 4WD型特殊車両〈スヴィー〉の運転席で、周防はきっぱりと断言した。


『震源が移動した形跡、それと虚素レキウム。どちらも今のところ、少なくともここからは検知できません。もっとも、地下深くがどうなってるかなんてわかったもんじゃないですけど』


「地上に出て人間を襲うやつだ、意味もなしに深く潜ったりはしないだろう。手順は変更なしでいくぞ」


『了解』


「――地中探査レーダーの用意は?」


 これには山吹が答えた。


『一号機、照射準備OKです』


 戦闘攻撃機〈レーベン〉のコクピットで、山吹はまさに計器類のチェックを済ませていた。ヘルメットを装着しているため表情はわからないが、声を聞く限り、気負ったところはなさそうだ。


「注意しろよ。お前のポジションが一番危険だ」


 怪獣とどう戦うにせよ、まず土の中から引きずり出さなければ話にならない。だがレーダーの高周波を浴びせられた怪獣は、興奮していきなり攻撃してくるかもしれない。


『俺を誰だと思ってるんです?』


 山吹はしかし、不敵な調子でそう言った。


『どれだけデカいか知らねえが、モグラなんぞに後れは取りません。すぐに釣り上げて片づけてやりますよ』


「頼んだ。――桐島隊員、和泉隊員。バックアップ態勢は整っているな?」


 同じくレーベンに搭乗した和泉が応じる、


『二号機、問題ありません』


 後部座席でガンナーを務める桐島ゆいが、


『いつでも行けます』


「よし……」


 藤代は、もう一度だけ自らのECHOPADに目をやった。


 ちょうどその瞬間、デジタル数字が「九時〇〇分」に変わった。


 息を吸う、


「――現時刻をもって怪獣殲滅作戦を発動する!」


 声はコマンドルーム全体に響いた。


「SSS-U、行動を開始せよ!」


 モニターから了解の唱和が返り、コマンドルームに刺々しい空気が満ちる。


 ECHOの長い一日は、こうして始まった。

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