エピローグ

「美和、意識が戻ったんだな!」

「何ヵ月も眠ったままだなんて。本当にこの子は心配かけて」


 お父さんとお母さんが、涙を流している。そして私はそんな両親を見ながら、ただ茫然としていた。

 私が今いるのは、病院のベッドの上。天国でも無ければ地獄でもない。あれ、おかしいなあ? 私ってば暴走したトラックにはねられて、死んだんじゃなかったっけ?


 落ち着いて、頭を整理して色々考えたかったけど、お父さんとお母さんは興奮しているわ、お医者さんが来て、よく分からない検査を受けさせられるわで、ぜんぜん落ち着くことなんて出来なくて。

 数時間後、ようやく病室で一人になれた私は、ベッドから体を起こして。近くにいるかもしれないあの人を呼んでみた。


「案内人さん、いますか?」


 するといつからそこにいたのだろう? 病室のドアがスッと開いて、あの案内人さんが姿を現した。


「無事に元の体へと戻ったようですね。おめでとうございます」

「ありがとう……って、ちがーう! 私、何で生きてるの⁉」

「おや、死んだ方が良かったですか?」

「そんな事はないけどさあ」

「どうやら何か勘違いしていたようですね。あの日、トラックにはねられたあなたは意識を失って、そのまま何カ月も眠っていたという事です。まあ魂が体から抜けていたのですから、目を覚ますはずがありませんね。あ、事故に遭った直後は、出血がひどかったですけど、今は命に別状はないのでご安心を」


 要するに、私は死んでなかったってこと? そう言えば、事故に遭ったとは言っていたけど、案内人さんも間宮君も、死んだとは一言も言っていなかったかな?


「で、でも案内人さん、私の事を幽霊だって言いましたよね?」

「いいえ。幽霊と似たようなものと言ったのです。生きているのに魂が抜け出た、生霊ですね」

「迷える魂を導くって言ってたのは?」

「導いたじゃないですか。あなたの体へと」

「死神って言ったのは……」

「言ったのはあなたです。私は一言も言っていません」


 ……だんだんと状況が分かってきた。

 てっきりあの世に連れて行くものだとばかり思っていたけど。死んだと思っていたのは私の勘違いだったわけね。

 でも、この人は確かに嘘は言っていないのだけど、何なのだろうこの騙された感は? 生きていたのは嬉しいけれど、なんだか凄くモヤモヤするよ。


 行き場のない気持ちが溢れてきて、頭を抱える。すると突然、病室のドアが勢いよく開かれた。


「藤塚、意識が戻ったんだってな!」

「ま、間宮君⁉」


 目に飛び込んできたのは、息を切らしながら部屋へと入ってくる間宮君の姿。どうやらこの様子だと、私が目を覚ましたと聞いて飛んできてくれたみたい。

 だけど間宮君は、何だか怒った様子で。ベッドまで詰め寄ってくると、ガシッと両肩を掴んで来た。


「このバカ! あんな風に言っていなくなったもんだから、死んだと思ったぞ!」

「ご、ごめん。私もてっきり死ぬものだと……と言うか、死んだものだと思ってた」


 そう言えば、これが最後と覚悟して、分かれの挨拶をしたんだった。なのにこうして目をざましちゃうだなんて、恥ずかしいー!

 そして、間宮君が怒るのも無理ないだろう。つり上がった目で、じっと私を見つめてくる。


「藤塚、お前あの時俺が言おうとしたことを、なんて言って遮ったか覚えているか?」

「ええと……ごめん、何かあの時夢中だったから、よく覚えてないんだけど」

「『最後まで聞いたら未練が残って行けない』って言ったんだよ。なのにどうして、戻ってきちまうんだよ?」


 そう言えば、そんなこと言ったっけ。意識不明で寝ている人の生霊が現れてそんなこと言ったら、そりゃこれから死ぬって思うよね。

 どう弁明して良いか分からずに、助けを求めてそこにいる案内人さんに目を向けたけど。


「ああ、私の事はお気になさらずに。彼には私の姿は見えず、声も聞こえていませんから。あなたも空気のようなものだと思っておいてください」


 いや、ここは空気を読んで助けてよ。

 だけど案内人さんは、暢気に窓から外の景色を眺め出す。どうやら本当に、助ける気はないみたいだ。


「よそ見してないで、ちゃんとこっちを見ろよな」

「は、はい」

「これでようやく続きが言える。藤塚が事故に遭って、それでようやく気付いたんだ。一度断ったのに、こんな事言うのは図々しいって分かってるけど、俺、藤塚の事が好きだ!」


 それは、ずっと聞きたかった言葉。今まで何度も聞いてきた「ごめん」よりも、ずっと大きく心に響いて。嬉しさで胸がいっぱいになる。


「私も……好きだよ、間宮君!」


 これでいったい何度言ったかも分からない、『好き』と言う言葉。幾度となく告白と失恋を繰り返した果てに、私達の気持ちは、ようやく一つになった。


「ふふ、良かったですね美和さん。苦労して魂を戻した甲斐がありましたよ」


 こっちを見ながら、案内人さんが笑みを浮かべていて。間宮君は私をそっと抱きしめて、耳元でもう一度、「好きだ」と囁いた。

 

 うん、私も好き。

 何度も繰り返した昨日も、目を覚ました今日も、そしてこれから続いていく明日だって。ずっと大好きだよ、間宮君。





※本作はカクヨム甲子園、『きのう、失恋した』ではなく、『』の参加作品です。

ちゃんと騙せたかどうかは分かりませんが、最後まで読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m

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私は今日も、昨日の失恋を繰り返す 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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