<細君>か、それが嫌なら<妻>って呼んで
僕が妻のことをどうして名前じゃなくて<妻>と呼ぶのか?
それは、そうすることが彼女の望みだったから。
『私のことを他人に紹介する時には、<
それが、妻と結婚する時の条件の一つだった。面と向かって彼女を呼ぶ時には基本的に名前で呼ぶけど、彼女を他人に紹介する時とかは<妻>と呼ぶようにしたんだ。彼女の第一希望の<細君>は、さすがにハードルが高かったから。
彼女がそれに拘ったのは、早く家から出たかったかららしい。支配的な母親の下から離れて、自分が選んだ誰かのものになりたかったんだって。だから名字も、夫婦別姓や自分の姓を名乗るんじゃなくて、僕の姓になりたかったって言ってた。
この話、どこかで聞いたような…?
そう、それは、僕の母が望んでたのと基本的には同じこと。僕は、母に反発しながらも、結局は母に似た考えを持ってた女性を選んでしまったんだ。
じゃあ僕は、母が選んでしまった父より<アタリ>なのかって言ったら、正直、自信はない。それどころか、たぶん、父とは別方向で<ハズレ>なんじゃないかなって気がする。ただ、妻や子供との接し方が違うだけなんだ。
人付き合いが下手ですごく出世する訳でも成功する訳でもない。単に、母や僕のことを顧みなかった父とは違って妻や美智果のことが一番大事ってだけ。だけど、僕はそれが唯一自慢できる自分の長所だと思ってる。だって、前にも言ったけど、母が育てた僕と違って、僕が育てた美智果はこんなにいい子だから。
僕は、他人となるべく関わろうとしない、でも変に知恵だけはまわる可愛げのない子供だった。屁理屈を並べて大人をやり込めるのが好きな生意気な子供っていう一面もあった。
だけど、そんな僕とは全然違って、美智果はすごく子供らしい子供だった。無邪気で朗らかで愛嬌があって好奇心に満ちてて。僕の前でパンツ一丁でも平気なのは、今でも五~六歳くらいの小さな女の子の感覚が残ってるからっていうのもあると思う。変に大人ぶって、早く大人になろうとしなくてもいいっていうのもあると思うんだ。
子供が子供でいられる期間なんてたかが知れてる。最大で二十年だ。その間に、この滅茶苦茶に複雑な今の社会の仕組みやルールを学ばなくちゃいけないんだ。それを、促成栽培よろしく急いで大人にならせようとするのは、歪んだ人間を作る原因になると、僕は自分自身を実例にして学んだ。
「パパ~…」
「ん…? なあに?」
「なんでもな~い!」
今日もパンツ一丁で僕の膝に座ってゲームをしながら美智果が僕とそんなやり取りをする。
妻や母のように<早くこの家を出て行って違う誰かになりたい>ってこの子に思わせずに済んでることを、僕は内心、誇りに思ってるのだった。
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