ダンジョン入り口での奮闘 その2

 防具の魔力が付きそうになると、防具にその兆候……というか、予告? のようなものが二つ起きる。

 ファンヒーターの灯油が尽きそうになるとブザーが鳴ったりする、みたいな。

 一つはグラデーション。

 もう一つは振動機能。

 携帯のバイブ機能みたいなものだ。

 十秒も続かないが、五秒以上は続く。

 両脛と左手からはそれが発せられた。

 そして今、唯一魔力が残ってる右手からも振動が発せられた。

 これからのダンジョンは、おそらく気温が上がる。

 間違いなく氷結で足止めを食らっている魔物共が、地表目指してここに近づいてくるだろう。

 俺は英雄じゃない。

 英雄になる気もない。

 旗手の役だって真っ平ご免だ。

 特殊な能力はあるにせよ、それでも一般人のままでいい。

 それでも、現象から現れる魔物に襲われたら一たまりもない、はずだ。

 それでも……。

 俺だって、いつ死ぬか分からない。

 死ぬわけがない、まだ死ぬには早い、などと思ってる奴らもいるだろう。

 本当に、いつ死ぬか分からない。

 それくらいは弁えてる。

 が、それでも……。

 なぜだろう?

 俺はここで命尽きるのだ、という妄想すら難しい。


「……仲間がきっと何とかしてくれる、っつー……」


 ……だめだ。

 仲間がきっと何とかしてくれる、というのは……甘えだ。

 いや、甘ったれだ。

 その理論がまかり通ったら、どんな無茶を命じても、みんなは結局は許してくれる、という見通ししか立てられないからだ。

 それじゃあ、俺の意味も意義もない。

 今ではこうして大所帯になってる。

 何らかの問題が起きても、俺が何とかしてくれる、と頼りにしてるから集まるもんだ。

 寄らば大樹の陰ってやつだ。

 そのメリットを上回るデメリットを、そいつらに与えるわけにはいかない。

 だから、今通話機を持っていても、あいつらに応援を頼むわけには……あ?

 誰かがやってくる。

 こんな夜中に……。

 右腕の龍の口からは、冷気がもう切れそうになっている。

 それでも、少しでも長くダンジョン内の冷気を保持させたい。

 伏せてもこの草では、俺の姿は隠しきれない。

 それでも、なるべく見つけられないように静かにうずくまる。

 何とか冷気を絞り出している龍の口を装備している右手を残して。


「アラタ? どこ? こっちにいるの?」


 静かに俺の名前を呼ぶ声は。


「ヨウミ?! ヨウミかよ。なんでここに」

「あ、そこか。っていうか、何してんのよ、こんな夜中に」


 月明りに照らされたその姿は、近づくにつれ肉眼でもヨウミと確認できた。

 つか、まだみんな寝静まってる時間帯になんでまた。


「俺? 俺は御覧の通り、防具の魔力を全て使い果たすほど……」


 言えない。

 変態視されて、その元凶のケマムシを殲滅するため、だなんて。


「あたしはね……この防具のね」


 防具?


「下着? いつもつけてるように言われてたでしょ? 何分か前……十何分か前、四つとも振動がきてね」


 振動?


「この下着から感電したのかって跳び起きたんだけど、ただの振動ってのが分かって安心したんだけど、アラタはどうなのかなって」


 十何分か前……うん。その辺りに、魔力ガス欠前の通知があった。その振動が発生してたが。


「……って……その防具の色……」


 あ、バレた。


「うん、魔力がもうほとんどない。それでこの後どうしようってな」

「何に使ったの……って、これ、何? 魔球? ……アラタ、あんた一体何してたの」


 何って……。


「いや、あー」


 ケマムシの事、どうやって誤魔化そう?

 あ、そうだ。


「あ、えーと、泉現象が地下のダンジョンで発生して、その足止めのため……」

「え?! それホントなの?!」


 何とかケマムシの件は誤魔化せた。

 一安心。


「あ、うん。それで足止めのために、ここに来るルートと思われるとこを氷漬けにして、足止めにしてたんだが」

「……事態はとんでもない状況なんじゃない? それ。って氷漬け? 魔力で?」

「うん。当たり前だろ。氷が自然にできる環境がどこにある?」

「バカな事言ってる場合じゃないでしょう! その入り口からでいいの?」

「水量と風と冷却の三種ができればいいんだが……俺の場合はこの魔球があったからできたことでな。ヨウミは、その防具に込められてる魔力のみだよな」

「何を暢気な……。じゃあどうすればいいの?! そうだ! みんなを呼ばなきゃ!」

「呼んでどうする?」

「え?」


 ヨウミはぽかんとした顔でこっちを見る。

 こいつは考えなしなのか?


「仲間達だけ呼んでも討伐できないだろ。冒険者達大勢に加勢してもらえたら何とかなるかもしれんけど、仲間達だけで泉現象の魔物を討伐したことはないはずだ」


 と言っても討伐経験は……一回だっけ? 二回だったかな?

 いずれ、九人だけで十七体もの魔物を相手にできるわけがない。


「偉そうなこと言ってる場合じゃないでしょう! とりあえずあたしはどうすればいい? 水が必要なの? 冷却? 風?」

「冷却と風。冷却を優先してくれ」

「う、うん。……でもこれだって大した時間稼ぎにはならないよね? ……って言うかアラタ。深刻な状況ってこと、分かってないの? 何でそんなに緊張感がないのよ。……ひょっとして、現象が起きてるっての、嘘なの?」

「嘘なわけあるかよ」


 言うに事欠いて、何つーことを言い出すんだよ。


「お前をだますだけだったら、ここまで魔球使い果たすこたぁしねぇだろ。魔球、値段が高い奴がほとんどなんだから」

「……それは分かったけど……。このままじゃジリ貧じゃないの? 助けを呼べなきゃ避難するしかないでしょう!」

「避難呼びかけても間に合わねぇぞ?」

「現象が発生した時点で報せたらよかったでしょうに!」

「通話機持ってきてなかったから」

「……あんた、馬鹿でしょ」


 何でここでバカ呼ばわり。


「現象抑えにここに来たなら、あらゆる手段を用意すべきでしょうに! 何で通話機持ってきてないのよ!」

「だって……」


 あ。

 ケマムシ退治に出かけたのであって、現象を察知したから出てきたわけじゃない。

 ひ弱なケマムシ退治に、仲間の助けなんか必要ないし、そもそも自分一人で何とかして、すぐに戻るつもりだったんだよな。

 通話機なんか持ち出すまでもなかったんだよ。

 で、ケマムシ退治の事、こいつに……仲間に報せるつもりなかったから、それを知らないのも当然か。

 ……これ、ヨウミに言うわけにいかない……よな。


「だって、何よ!」

「そ、それよりこの後どうするか……って、ヨウミ、通話機は?」

「持ってきてるわよ! 魔力は満タンだけど、使い果たすのは時間の問題よ?! 魔球を使い果たしたら何から補給……あ」


 ん?


「おにぎり、魔球代わりになるんじゃない?」


 それは悪手。


「却下」

「何でよ! 他に手はないでしょう?」

「おにぎりに籠ってる魔力があるから、こんなにも人気があって売り上げも上がってるんだろ? 見た目は果物で重さも普通だけど、皮だけの、果実のない果物を売るようなもんじゃねぇか」

「う……でも今そんな事言ってる場合じゃないでしょう?!」


 多分、そんなことを言ってる場合だ。

 魔力込みのおにぎり全てが普通のおにぎりになってみ?

 少なくとも、魔力回復にもなる非常食が、単なる非常食になる。

 回復薬代わりになってたアイテムが、ただの食料にしかならない。

 現象の魔物を抑えきったとして、そのご褒美のつもりで来客が財布のひもを緩めてくれて売り上げが上がっても、それはあくまでも一時的。

 国から報奨金とか出るかもしれんが、これまでと変わらない経営ができるかどうか。

 従来のおにぎりは毎日生産できるが、支店の数は二十以上もある。

 間違いなくそれらのおにぎりはデッドストックになるし、全店品切れを起こさないように、在庫数ゼロとほぼ同義の状態からどれだけおにぎりを補充できるか。

 金よりも商品の在庫数が深刻な問題になる。

 ……ヨウミが来てくれたおかげで……。

 さらに強い手詰まり状態にある、と気づかされた。

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