仕事なら、米の選別以外はしたくねぇんだが その6
「そうだ、鑑定して引き取った店ってのはどこでぇ? リースナーさんとやら」
野次馬で集まった冒険者の一人が聞いてきた。
まぁ、それも気になることの一つではあるんだが……。
「隣のアースター市の……リモト雑貨店、です……」
野次馬集団の一部が、やや盛り上がる感じでざわついた。
少しは名が知られてる店ってのは分かる。
が、それだけ知名度がある店が、そんなあこぎな商売してたら……。
「……リースナーさんとやらよぉ、ってこたぁ、モリト=マルナに鑑定してもらったってことだよな」
「だな。あの店の鑑定士っつったら、店長しかいねぇからな」
「え、えぇ、そうです。短髪で背の高い……」
ざわついてた連中が一斉に頷いた。
物事を理解して納得した、といった顔をしてる。
「あの町も割とでかい。よく知られてる店もあるし、その雑貨屋も冒険者達の間じゃよく知られてる。俺らが出向いて、ちと話してくるわ」
「おい、お前ら。誰からも頼まれてない揉め事に首突っ込んで」
「でぇじょうぶだよ、アラタ。心配すんな。この店でどうのこうのってことは口にしねぇさ。リースナーさんの話を聞いた場所がたまたまここだった。たまたま聞いたその場所まで口にする必要はねぇし、んなこたぁ重要な点じゃねぇしよ」
それも確かに心配だが、この母子、金を手にしてからは貧困以外の問題は起きてねぇんだろ?
「俺のことを心配するのは当然だ。だが、人間関係がこじれる大元の一つが金銭問題だぜ? こんな、何も持ってなさそうな母子に、さらにややこしい問題に巻き込むかもしれねぇって」
「そ、そうです。私達のことは」
力のない声ながらも、冒険者らを制しようとするこのご婦人。
だが止められかけたこいつらは……。
「いや。確かのこの母子のこの先の事は気にかかるがよ、話はそこだけに留まらねぇんだわ」
「なんだそりゃ? どういうことよ」
「アラタ、俺達の中には天涯孤独な奴もいる。だがこれから家族ができるって奴もいるし、それ以外の奴らには家族はいる」
「それで?」
「俺らは命がけの仕事をすることもある。そして、命を落とした同業者の数なんざ、数えきれるはずがねぇ。で、体力のあるうちはこの仕事しかできねぇって奴もいる。……仕事に集中しなきゃならねぇことはあるが、俺が死んだら残された家族はどうなるか、っつー心配も頭や心の中をよぎることがしょっちゅうある」
そんなに心配なら、その仕事辞めりゃいい。
理論としちゃ間違っちゃいない。
が、正しくもないはずだ。
仕事を辞めても、事故や病気で死ぬ可能性は、寿命が尽きて死ぬまでにはいつも存在するんだしな。
それに稼ぎにも差がある。
仕事に向き不向きな性格や体質ってもんもある。
「他人事じゃねぇんだよ。俺がいなくなった後も、遺された家族に苦労はさせたくねぇっていつも思うさ」
そんなこたぁ、おそらくどんな仕事をしている奴も思ってることだろうな。
……俺にはそんな感情は全く湧き上がらねぇけども。
「誰かが己の利益のみを追求して、それによって誰かが損をする。それが俺の家族になっちまってほしくもない。もちろん同業の誰にも当てはまってほしくねぇ。釘を刺しに行くだけさ。それにリースナーさんが、また卵とやらを拾って、二束三文で買い叩かれたら、それこそ目も当てられねぇ。買い取られた卵については取り返す気はねぇよ? 問題がこじれて解決するまで時間がかかったとしたら、それに耐えられる体力はなさそうだしな」
「お前ら……」
常連の冒険者なら、多少の人となりは分かる。
だが、その常連目当てに集まってくる連中の考えてることなんざ知るわきゃねぇ。
目当ての人物とそれなりの会話をしてる連中だから、卑劣な奴らじゃないってことくらいは分かるが、そこまで気配りできるたぁ……。
いや、できる、なんつったらこいつらに失礼か?
思うくらいならいいだろうが、口にしたらこいつらに悪いよな、うん。
「こんな仕事をする奴ら、俺も含めてがさつって思われがちだけどよ。気にかかるところはどうしても気にしちまうんだよな。けど、気を散らせて仲間を危険な目に遭わせられねぇしな」
おぉぅ。
自分で言うか。
「じゃあ早速行くか。ま、俺らが動いたところで、リースナーさん親子の周りにゃ特に変化はねぇだろうがよ」
「え?」
「兵は迅速を貴ぶってな。じゃ、イールさん、用事済んだらまた来るねー」
やっぱりイール目当てかよ!
つか、家族がいるっつってなかったか? こいつ!
「お前、浮気相手探してんのかよ」
「いや? 俺は独身だぜ? 年老いた母親と、兄弟五人くらいとその子供三人が同居で生活して、俺だけ一人立ち」
……じゃあイールの周りに集まってるこいつらは?
「みんな、こんな綺麗なお嬢さんがいつもいるって分かりゃ、目の保養目的で来る奴もいるってこった」
……なんだかなー。
「わ、私達のために……」
「あぁん? だから、あんたら母子のために動くんじゃねぇんだよ。だからそんな顔すんなっての。じゃあな」
集団の三分の一くらいは去っていった。
随分メジャーな店なのかね。
だがそれはともかく……。
この母子の境遇は、確かにあの冒険者の言う通り、全く変わらない……。
それにしても……。
「んと……」
今まで一生懸命おにぎりを食っていた坊主がようやく口を開いた。
こいつの名前はまだ聞いてなかったな。
「どうした?」
「……もっと食べたい……」
「じゃあおねえさんの、あげよっか」
「いいの?!」
「うん。はい、どうぞ」
「ありがとう、おねえさんっ!」
「きちんとお礼も言えて、いい子だねー」
微笑ましい会話だな。
これでこの母子の身なりが格段に良ければ……。
「でも坊や、大人しくてほんといい子だねー」
食うのに一生懸命なだけだろ。
「うんこうんこ周りで言ってても気にしないもんねー」
おい、お前。
つか、うら若き女性がうんこ連発してた時点で、誰かツッコんで止めろよな。
つか、周りで言ってても、って……。
うんこ言ってたのはお前だけだからな?!
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