閑話休題:アラタに救出されて地上に出た王子の気概

 地上に上がってまず驚いた。

 船の先端がこっちに向いていた。

 それと、泉現象の魔物らが二十弱ほど、城門付近で暴れていたことと、その内側には我が国の大勢の兵がいたこと。

 アラタからある程度の報告は受けていたが、聞くと見るとで受ける心の衝撃は大違いだった。

 とりあえず私は魔力出力のリミットを外した。

 魔物達に上から重力をかける。

 これだけで、重さに耐えかねてすべての魔物の動きは止まる。

 さらに圧力をかけ、地面には形状が変わらないように、空間支配の魔術を同時にかける。

 魔物の数が五十体くらいになると重力調整の魔術で抑えることならたやすいが、このような一掃は難しい。

 数えられる程度の数で助かった。


「……ミシャーレ……。貴様……」

「今の時代、王族の人間だから、などと言う理由は理由にならんのですよ。ならば誰が王に相応しいか、という問題になりますがね。そこであなたには貧乏くじを引いていただき、私がそれを咎めることで、この国の覇権争いで優位に立つことができる、というわけです。……あなたには大人しくしていただいて、私の言うことに従っていただきたいですな。さもなければ、あの時と同じように後ろにいる親衛隊共々再度拘束する必要があります。いや、あの男達の手引きによるものとは言え、脱獄にはかわりありませんな。それにこれで二度目の捕物ですからな。拘束などという甘い処分にはできませんな」

「……争いごとはいろんな物を無駄に消耗する。だからあの夜、とりあえずお前の言うことに逆らわずにいれば、対話ができる機会も必ずあると信じていた」

「ありません。有り得ませんな。すでに筋書きは完成しているのですよ。すべてはその筋書き通りに事を進むだけ」


 この男はただ、この国の権力を手にしたいだけ。

 実権を握った後、この国をどのようにしていくか、という志が少しも見えてこない。

 私は常日頃、国民の生活と世界の平穏の維持を訴え続けているというのに。

 生きていれば、楽しいこともあるが、苦しいことも多い。

 自ら辛い目に遭うために生きている者は、まずいない。

 だが、思うようにならない毎日を過ごす者も多い。

 間違いなく、周りからの影響によってそのような思いを持つことが多い。

 私の、父親に向かって行ったことだって、これまでなしてきた事の善悪はともかく、国王である父親に辛い思いをさせていることは間違いない。

 だからこそ、なるべくそのような思いを持つ者を増やさないように努めてきたというのに。

 ……優しさ、労わりの気持ちを振りまくだけじゃ、安心感を与えることができるかもしれないが、人はついてこないこともある、か。

 私に足りないものは、ミシャーレのようなふてぶてしさ、か。

 だがそれはご免被る。

 しかし、周りが強さを感じ取ってくれるものは必要だろうな。

 この兵達には、ミシャーレからそんな物を感じ取ったんだろう。

 そして、自分らも守ってくれる、という安心感も。

 ……できれば、こんなことはしたくはなかったが……。

 だが、覚悟はできている。

 己の進む道を、不退転の覚悟でな。

 当然その道の途中には、自分の想像を超えた困難も数多くあるはずだ。

 それを一人で乗り越えるには難しいときには、アラタ。頼りにしてるぞ。

 私にこのような気持ちをさせたのだからな。


「聞くがよい! ミシャーレ・ノーマン軍事統括大臣! ならびに彼の者に付き従う兵達よ! このエイシアンム、国王代理として、二度の反逆罪により、ミシャーレ・ノーマン軍事統括大臣を死刑に処す!」

「なっ……! 反逆罪は貴様であろうが! エイシアンム! 王族だろうが何だろうが」

「控えよ! 私は大臣達やたくさんの人達の助けによって、国王ゴナルトをその責から退かせることができた! しかしそれは、私も含めた全員が、国王、国家反逆の罪を負うことと同義である! 私は、私に付いてきた者達の分も含めた意味で、その罪を償うべく、国政に携わるつもりでいた! しかしその行為を妨げるどころか、私に対し謀反を起こした! これを二度の反逆と言わず何と言うか!」


 兵達はどよめいている。

 大勢の前で物事を言う際に、こんなにはっきりと断言したことはなかったから、か?


 親衛隊のみんなには、常にそのことを聞かせている。

 私には負債がある、と。

 それは、父親に手をあげたこと。

 許しを請わず、贖罪の道を進む。

 それが即ち、国家の安泰、世界の平和の維持を目指すこと、と。

 親衛隊のみならず、私に付いてきてくれた者達全員に伝えるべきだったかもしれない。

 だが、ついてきてくれたみんなに、罪を背負うことを強いるのは忍びなかった。

 けれども、それが裏目に出てしまったかたちだ。

 不徳の致すところ、というべきなのだろうか。


「ミシャーレについてきた者達の中には、そのようなことを考えもしていない者もいるだろう! 兵達については、今後私が治める国政への奉仕活動を行ってもらい、その成果等を考慮した結果を見て不問にする! ミシャーレについて来る意志を持ちながらも、この場にいない兵も同様だ!」


 ざわめきがさらに大きくなる。

 互いに相談している人数が次第に多くなってるってことだろう。

 いや、ざわめきだけじゃない。


「ただ王族の生まれというだけでその言いようは何だ! こんなふうに、常に上から見下すような者こそが、我々の手で裁かれるべきだ!」


 ミシャーレが声を張りながら反論してきた。

 だが兵士のざわめきはそれだけでは消えない。

 それどころか、私の後ろから、何かの集団が迫ってくる音がそれに加わる。

 次第にその音が大きくなり、その距離が近くなる。

 何事かと振り向くと、砂煙が遠くに上がっていた。

 その砂煙を上げていたのは、数多くの竜車だった。

 その車の座席、荷車から出てきた者達は……。


「おい、みんな! あの男がいたぞ!」

「シアンもいる! アラタは……見えんが……加勢するぞ、みんな!」


 私をシアンと呼ぶ者は、アラタとその仲間達しかいない。

 覚えのない者達からシアンと呼ばれているということは……。

 彼らの世話になったことがある冒険者達だな。

 全員が武装して、こっちに向かって駆け出している。

 気持ちは有り難いが、やはり気持ちは定まったとはいえ、血の雨が降る事態になるのは避けたい。

 ならば……。


「全員控えよ! そして、改めて聞くがよい!」

「なっ……! 体がっ……うご……かんっ……!」

「うおっ! なんだ、これはっ!」


 応援に駆けつけてくれた冒険者達も、ミシャーレも、奴に引き連れられた兵士達も体の動きが止まる。

 だが五感は働き、意識もあるはずだ。

 私の声は当然聞こえ、話も理解できるはずだ。


 ※※※※※ ※※※※※


 王族は最初から王族だったわけじゃない。

 特別な力を有していて、その力はそれぞれ異なる能力を持つ。

 それが代々引き継がれ、それを活かして権力争いで生き残り続け、王権を手にすることができた。

 特別な力……それは、一般的な魔法や魔術とは区分が外れている。

 私は、できればその力をなるべく使わずにいたかった。

 無理やり人の行動を束縛して、国民を自分の言いなりにして、はたしてそれで国民から支持されているといえるのだろうか、と自責の念に駆られることは間違いないだろうから。

 国民に好かれる王となりたい。

 だが、そのためには……。

 やはりアラタの言う通り、私に強さがあることを知らしめる必要はある。

 それが、この一回きりであれば言うことはないのだが。


「やはり……王族は……王族だ」

「我々とは……違うんだな……」

「我々の所業を赦してくれるってんなら……」


 兵達のざわめきに耳を傾けると、そんな呟くような兵同士の会話の数々が聞こえてきた。


「……この術を今から解く! 私に従う意志がある者はその場で平伏するがよい! 平伏した者の中で、更に反旗を翻した者には、ミシャーレ同様容赦はしない!」


 ミシャーレはもはや絶望の淵に立たされているような顔をしていた。


「こんなはずでは……」

「こんなことは有り得ない……」


 奴に向けて耳を澄ますと、現実逃避をしたがるようなそんな呟きが聞こえる。

 だがこいつばかりに気を取られている場合じゃない。

 まだ塔の階段などに兵達はいるはずだ。

 とりあえず、術を解く。


「おのれ……エイシアンムーッ!」

「親衛隊! 取り押さえろ!」


 術でミシャーレだけを再度拘束。

 こいつに構ってる場合じゃない。


「付き従う意志を持つ兵達は、ここの現状を知らない王宮内にいる兵達を至急全員引き上げさせ、ここに連れてくるように! ……親衛隊、兵達にミシャーレを引き渡し、ほかの親衛隊と元国王の、父ゴナルトにこのおにぎりと茶を持って行ってやってくれ」

「はっ!」


 ……これで、一段落つくはずだ。

 あとは……この場を収めて王座の間で落ち着いてから、だな。


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