外の世界に少しずつ その10
サーマルからの依頼の話はこんな風な流れで、俺がその依頼の引き受けの責任者だからそれは分かっている。
が、当人はまだこのことは知り得ず。
「え? あたしがバイト?」
テンちゃんには寝耳に水な話。
まぁそりゃそうだ。
人型のように、器用に動かせる指はない。
常に自由に動かせる腕もない。
できる仕事と言えば、重い物体を引っ張る、押す。
そして飛ぶくらい。
「え? 牧場にいるだけでいいの?」
「牧場の目玉にしたいらしい。こっちの手が……つーか、テンちゃんの体が空いてたら来てほしいんだと」
テンちゃんはうれしがる、とてっきり思ってたが……。
「魔物退治でもないし、冒険者相手の稽古とかでもないんだぁ……」
体を動かすのが好きらしいのは意外だな。
残念がるとは思いもしなかった。
「バイトした日のお昼は干し草腹いっぱい食えるぞ」
「行く!」
……まぁいいけどさ。
「でも、牧場にはどんなのがいるの?」
「そりゃ……牛とか馬とか……。詳しいこと聞いてないな」
「アラタ……。そういうとこは全く聞いてないのね……」
ヨウミの指摘はごもっとも。
だが、ビジネス上で大事な話っつったら取引の内容だろ?
環境については、いくら話を聞いても実際に目にしないと分かんないことが多いし、見てから改めて交渉し直すってことだってあるだろうよ。
「サミーは、あの双子からそんな話聞いてない?」
「マッキーってば馬鹿じゃないの?! 子供の方からそんな話するわけないじゃないっ。サミーがあの子達に何かを聞くってこともできないんだしっ。それくらい考えなくても分かるでしょっ」
コーティ、間違っちゃいない指摘だが、物言い考えろよ。
まぁ相手がマッキーでなくてもそんな物言いだけどさ。
……両手でおにぎり抱えてむしゃむしゃ食ってるその姿は可愛いけどな。
「……そうだったらいくらか情報が増えるかもって話よ。一々突っかからないでよ。今では、何かあったら一応フィールド担当だしさ」
マッキーもテンちゃんも、屋外で活動する冒険者達の補助を仕事としている。
テンちゃんが一人抜ける、というわけだが、体が空いたらという条件付き。
だから、テンちゃんがよそに出かけることは必ずしも不安材料になるとは限らないんだが……。
「でもよお、マッキーの姉ちゃん、俺らもいるんだからそんなに深刻になるこたぁねぇぺ?」
「ソノトオリダナ」
ミアーノとンーゴも相当頼りになる。
主に地下からの補助だから、その動きが把握できない者には相当不安だろうけどな。
「サミーもバイトできたことですしね」
「ホントホント」
「ウソダロ?!」
「ほんとかよ、クリマーのねぇちゃん!」
副業ができるということは、あって助かったと思ってくれる客が増える、とも言える。
が、同業者には気が引ける。
言い争いどころか、他愛のない諍い一つすら起きなけりゃ、副業に力を入れてもいいんだろうけどなぁ。
と、思ってたら……。
※※※※※ ※※※※※
テンちゃんが牧場でバイトを始めた。
干し草をたくさん食べられて喜んでた。
が、多分バイトの回数が五を超えたあたりのときだったか、戻ってくるなりドヤ顔を向けてきた。
白い歯に赤い歯茎がもろ見えのその顔、ホント殴りてぇ。
「へへん、褒められちゃったーい」
褒められた?
何のことだ?
つか、ただ寝転がってるだけで褒められるってどういうことよ?
「失礼します、アラタさん」
サーマルがテンちゃんの後ろについてきていた。
一緒に来たってことなんだが……。
何か悪いことをして、身元引受人としてここに連れて来たとしか思えんが。
「実は、年に数度、農作物泥棒がくるんですよ」
いきなり突拍子のない話が出てきたな。
「……テンちゃんを防犯に使ったってこと?」
もしそうなら、ある種の契約違反だろ。
最初からその項目も盛ってたら、こっちだってそのつもりでいられたんだから。
「いえ、たまたま、というか……。まさかテンちゃんにそんなことをしてもらえるとは、と」
イレギュラーの出来事ってことらしいな。
一体何があったんだ。
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