外の世界に少しずつ その8

 よく考えてみれば、冒険者以外の誰かの気配は誰かってのはすぐ分かっていいはずだった。

 今ではサミーとすっかり仲良くなったあの双子だ。

 そして子供の気配じゃないとすれば、その親しかいない。


「こんにちは……」


 気配の持ち主を、見ないうちから判明させなけりゃ、せっかくのこの能力も宝の持ち腐れだろう。

 頭も随分働かなくなったか、それとも相当気が緩んでるか。

 俺に敵意を見せる奴はまだ……。

 まだ……?

 まだ……いる……よな?

 いたっけ?

 まぁそれはともかく、だ。


「改めまして、サーマル=リラースです。以前はいろいろと……」


 まぁいろいろだったな。

 双子の父親の名前,サーマルってのか。

 まともそうな反応だったから、少しだけ気が休まる思いはしたけど、あんまり大した効果なかったな。


「ちょっとご相談がありまして……」

「ご相談なら後にしてくれないか? 客はまだいるんでね」


 午前中よりは長くない列が店の前に並んでいる。

 それに、諍いをでかくした奴の夫だろ?

 何らかの影響を受けてたら、また面倒な話になること間違いなし。


「アラタぁ、そーいえば、ドーセンさんとこに行きたがってたよね。お米の選別もそろそろしとかなきゃなんないんじゃない? ついでにお話し聞いてあげればいいじゃない」


 おい、ヨウミ。

 言ってること、さっきと違ってないか?


「こっちはそろそろお客さんも並ばなくなる時間ですし、ドーセンさんからもバイトの件、忘れられちゃいますよ?」


 いや、バイトってわけじゃないし、気が向いた時でいいとも言ってもらえたし、忘れ去られたことはなかったし。


「バイト? バイトしてるんですか?」

「え? いや、ただの手伝いですよ……」


 まったくクリマーってばよぉ。

 この人に、変なところに食いつかれちまったじゃねぇか。


「……まぁ、バイトと言いますか、求人と言いますか……」

「求人?」

「あ、もしなんでしたら、ドーセンさんとこに行きながらでもお話しを聞いていただけたら」

「はぁ……」


 ※※※※※ ※※※※※


 話の内容はこうだった。

 サキワ村の産業の中心は、農畜産。

 これを企業化して、サキワ村農場を設立。ブランド化に成功。

 けれどもそのことによって、村の収入も、その時期も限定されてしまう。

 収入は悪くはない額だが、観光化も図りたいということだった。

 サーマルは、その農場の理事だか理事長だかをしているんだとか。

 どんな組織でも団体でも、権力者に近寄られるともうね。


「うちのテンちゃんに? 牧場に遊びに来てもらいたいだぁ?」

「えぇ。アラタさんのお店は意外と人気が高く、その高さが持続しているようなので、その恩恵にあずかりたい、と」


 ファンクラブの効果か。

 冒険者への補助活動は、フィールドでも必要とされる機会が少なくなった。

 生い茂ったススキモドキからの米運びには重宝するが、一日一回か二回程度。

 テンちゃんがいなければ困る、とか、てんちゃんにいてほしい、という機会も時間も減っている。

 同じのんびりするなら、何かの役に立つ方がいいんだろうが……。


「報酬は弾みますよ」

「くっちゃねして報酬もらえたら、間違いなくどっかからやっかみが来るよな」


 サーマルの狙いは、牧場の見物料や見学料の新規設定。

 今のままで料金を設定したら、客足が遠のいてしまう。

 テンちゃんをその目玉としたい、とのこと。

 働いてお金を得るっていうならともかく、のんびりしてるだけじゃなぁ。

 とは言え、飯の干し草を好きなだけ食わしてくれるという条件は、ある意味有り難い。

 それに、一応俺達も村民の一人。村の一員。

 住まわせてくれる地域が活性化したら、思い入れはなくとも少しはうれしいと思うし、その協力を求められたら、無理しない範囲に限り、協力を惜しみはしない。

 それにだ。

 おいしそうに干し草を食べるテンちゃんを見るドーセンの、何となく情けなさそうな顔。

 目に入るたびに、申し訳なく思ってしまう。

 そんな心苦しさを感じずに済むなら、もうそれだけでいい。


「いや……食事だけ……というのも……」

「それでいいから。つか、干し草、あいつがお腹いっぱいになるまで食わせてくれるだけでいいんで」


 サーマルも恐縮している。

 金をもらうより、そっちの方が都合がいいんだよな。

 っと……、サーマルとも押し問答を続けてるうちに、ドーセンの店の裏口に着いた。


「え? お店に入るんじゃないんで?」

「あいつらはバイトっつってたけど、ドーセン……おやっさんの仕事の助け舟ってとこ。おやっさーん。選別にし来たぜー」

「おーぅ、物置の方で頼まぁ」


 おそらく店の方にいるだろうドーセンからの返事が聞こえてきた。

 ま、いつも通りだ。

 つか、いつもより忙しかろう。

 村に来る冒険者達が日に日に増えている。


「……繁盛してるのなら何よりだ」

「ま、どこでも景気がよけりゃ文句なしだしな。……何? サーマルさん、ついてくんの?」

「ちょっとだけ、アラタさんの、手伝いの仕事に興味が湧きました。米の選別というならなおさらですよ」


 農場の米じゃなく、ドーセンの田んぼで穫れた米なんだがな。

 見てる分には退屈するぜ?

 俺は別に構わんけどな。

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