飛び交う噂 その3

 サミーは例の双子とはまだ会いたくなさそうだった。

 双子との一件から、また俺にべったりの人見知りに戻っちまった。

 辛うじて、テンちゃんの毛づくろいは怖がりながらも受け入れていたっぽかった。

 ミアーノとンーゴに託した初日は、まるで人見知りの幼稚園児が初めて登園したときの、親から離れられずにいるような怖がりっぷりに甘えっぷり。

 クリマーに手伝ってもらって、何とか二人に預けることに成功した。


「痛かったです……」

「……クリマーのおやつ、本物を二個作っとく」

「はい……お願いします……」


 腕をおはぎに変化させ、傷を負いながらも任務を遂行したクリマーは功労賞ものだ。

 これはもちろん俺が事前にサミーの行動を予想して、クリマーに願った計画というか何というか。

 クリマーには申し訳ないが、痛い思いをするだろうと思ってたし、クリマーも分かってた。

 その上で覚悟を決め、ミャーミャー泣きわめいて俺にしがみついてるサミーをご機嫌にさせて引き離し、ミアーノとンーゴに託すことを成功させたのだから、その価値はおはぎ二つで済むものじゃない。

 だがクリマーからは、それで満足すると言ってくれたものだから、本当に有り難かった。

 本題の俺達の生活サイクルから話がずれちまったな。

 初級冒険者達がほとんど来なくなって大分変わった。

 そのきっかけとなったダンジョン内のゴーレム襲撃事件は、もうだいぶ前の話だ。

 フィールドの方では特に何の問題もなかったが、そのあおりを受けて、そこにも足を運ぶ冒険者達もいなくなり、案内役が暇になったというわけだ。

 暇になったから役立たずって訳じゃない。

 おにぎり作りは続けていた。

 収納物が劣化しない貯蔵庫のお陰で、保存期間に制限がないのは助かる。

 というか、本当に助かった。


「今日も来たぜ。えーと……今日は……」

「十三人ね。といってもエージ達も含んでるから、新人は九人か」


 あの日から毎日来ているゲンオウとメーナムは、あの四人のほかに新人を連れてきている。

 しかもどんどん増えてきてるんだから、この二人は本当に面倒見がいいよな。


「こいつら四人にも、新人を鍛える指導力をあげてやる必要もあるからな」

「きついですよ、ゲンオウさん」


 必要も何もないだろうに。

 もっとも新人もいつまでも新人のままでいていいはずもない。

 指導力を上げることで、社会的信頼も得やすくなるんだろうな。

 仕事は、収入に結び付けられるなら依頼は必ずしも一般人でなくてもいいってわけか。

 まぁそれはともかくだ。

 生活サイクルというか、スタイルが変わってきたんだが、変わったのはミアーノ、ンーゴ、モーナー以外の案内役全員。

 みんなおにぎり作りの手伝いをしてくれて、俺はかなり楽になった。

 今までは選別した米と水を洞窟の中に持ち込んでいたんだが、これがかなり手間だった。

 何せ洗米に使う水の量は多い。

 水を捨てるのはそこらに撒いちまえばそれでいいんだが、汲んでくるのが大変だった。

 時間はかかるし力も使うし。

 それが、選別した米は川のそばに運んで、流れる水で洗米してる。

 化学薬品とか使わないから川の汚染は米の汚れによるものくらい。

 しかも水路をいじくって、本流から洗米する場所に寄り道させるように支流を作った。

 汚れた水は少しずつ流して、汚染度を低くしてから本流に戻す仕組み。

 これで水の運搬の手間暇も省くことができた。

 俺の代わりに留守をする者も増えたわけだから、少しくらいは洞窟から離れる時間を増やしても問題ないってことだな。

 洗った大量の米だって、テンちゃんとライムが運んでくれる。

 ヨウミはおにぎり作りが上手くなりたいとは言っていたが、そんな悠長なことは言ってられなくなった。

 元々は会計担当だったからな。

 その仕事が忙しくなって、それどころじゃなくなった。

 クリマーにもおにぎり作りを手伝ってもらってた。

 だが彼女も会計の作業にも慣れて、店の戦力になりたいということで俺の手伝いからは手を引かせた。

 マッキーはおにぎり作りの手伝いをしてくれるが、ライムのろ過した水を水筒に入れる仕事もする。

 みんなのメインの仕事ってば大体こんなとこだが、こまごまとしたいろんな雑用もあり、それはそれぞれ手が空いた者が率先してやってる。

 みんなは退屈な時間は無くなったが、店の収入は増えてきたし、空き時間はそれぞれ持っている。

 悪くない状況だ。

 だがそれでも例の双子は毎日店の前にやってくる。

 双子なんて珍しいから客は声をかけてるみたいだが、こっちはそこまでする余裕はちょっとないな。


 ※※※※※ ※※※※※


「おやっさん。店内にシート掛けて何やるんだよ。なんか落ち着かねえな」

「おぉ、ちと我慢してくれ。少しずつ改修工事するんだよ」

「改修?」


 飯時は相変わらず、ドーセンの宿屋兼食堂で食ってる。

 ある日突然、一部の壁をシートで隠すようになった。

 留守番以外のみんなと一緒に飯を注文しようとした時だった。


「今までも雨風は入って来てたんだが、流石にちょっとひどくなってきてな」

「ずっと前、建て直しとか話してたよな? それが理由だったような」

「収入安定しないからってんで先送りしてたんだが、最近収入が安定して上がってきてな」

「へぇ」

「ドーセンさんの手腕で、でしょ?」

「いや、実はそうじゃねぇんだ。お前さん……つか、おにぎりの店のお陰だな。ありがとよ」

「あたしたちの?」


 マッキーと俺は椅子に座っているが、テーブルの間が広いお陰で、テンちゃんは床の上に座っている。

 が、目線の高さはほとんど変わらない。

 つくづく不思議な気分になる。

 ミアーノ、ンーゴ、サミー以外の他の奴らは留守番だ。


「改修にかける金額ほどここに貢献した記憶はないが?」

「まぁ直接はそうだろうな。けど冒険者達が持ってくるアイテムは、今までに比べて随分価値が高くなった」


 変わったとしたら、モーナーがどんどん深く掘り続けてるからだな。

 まぁそんなハイペースではなさそうだが。


「それに……拡張も本格的にしとこうと思ってな。もちろん閑古鳥が鳴くかもしれんが、その覚悟も決めたしな」


 自分で言うのもなんだが、余計な問題や相談を持ち掛けても碌に聞くつもりもない俺に、以前そんな相談をしてきたんだよな。

 ドーセン自身がそう決めたんなら俺は別に何にも言う気はない。

 足を引っ張る気もないし、宣伝してやるつもりもない。


「予約がまた増えだしてな。修繕ついでにってな。壁を直す必要がなきゃ拡張もする気はなかったたんだが」

「へぇ」

「あぁ……お前は余計な雑談しないタイプだもんな。ってことは聞いてないのか」


 何をだ。

 俺の知らない所で何かの噂が独り歩きでもしてるのか?


「お前さんとこの店な、いろいろいるだろ」


 いろいろ……って、随分と大雑把な言い方してきたなおい。


「何だそりゃ?」

「お前の仲間のことだよ。レア種族だろ? 本人らを前にして言うのもなんだが」


 ……俺の世界では、外見をそのまま言葉で表現するだけで、特別扱い呼ばわりされたり差別扱い呼ばわりされることが多々ある。というか、あった。

 ドーセンの表現だって、悪気があるわけじゃない。

 まぁ言葉に悪気があるかどうかなんて、本人と俺にしか分からないことだが。


「灰色の天馬、ってことよね」

「ダークエルフ、だからね」


 この世界では昔から、この二人の特徴は凶兆とされてるようだった。

 だがその言い伝えを今でも信じてるのは高年齢層のみって感じはする。


「そんなこと言われても、お腹が膨れるわけじゃないし」

「お金が増えるわけでもないしね」


 当の本人達は一向に気にしていない。


「だが珍しさは昔も今も変わらない。それはライム達もそうだろ?」

「モーナーも含めてらしいな」


 巨人族も魔物の一種。

 その混血であるからなおのこと。


「その珍しいもの見たさに来る奴も少なくないんだな」

「仕事の邪魔にならなきゃいいさ」

「あたしも」

「うん」


 二人がドライな反応で助かる。

 それを理由に石をぶつけてくる奴らがいたら、遠慮なく報復できるってことだ。

 もっとも一般人の俺からの仕返しは、冒険者からしたら痛くも痒くもないだろうがな。


「まぁそんな奴らがいたら俺にも教えてくれないか? 出入り禁止にしてやる」

「モーナーをノロマって言ってる奴がねぇ」

「噛んじまうんだよ。モーナーって言いづらくてな」


 軽口のようだが、これも本音っぽい。

 まぁ旧知の間柄だからこその愛称ってことでいい……いいのか?


「とにかく、昼飯大至急頼むわ。こっちも仕事が待ち構えてるんだよ。マッキーも俺も日替わり。テンちゃんは……」

「草―」

「あぁ、悪ぃ。けどテンちゃんよぉ……干し草はメニューじゃねぇんだけどよぉ……。外にある奴でもいいなら外で食ってきな」

「しょーがないなぁ。アラタぁ、じゃあちょっと食べてくるー」

「おーう。食い過ぎるなよ?」


 ……我ながら俺達一行は、ここでは奇妙な客だと思う。

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