アラタの店の、アラタな問題 その2
売り上げは上がってきた。
だがみんなの体力というか何と言うか。
かなり削られている。
完全に、冒険者の養成校とやらの延長みたいに思われてるんじゃないだろうか。
一つのグループが意思統一して行動するのはいい。
だが……。
「なんで一つのグループなのに意思がばらばらで、行動がまとまらないのよっ!」
テンちゃんのしんどそうな嘆きが胸を突く。
「俺んとこにまではあ、来ないからあ、危ないことはないけどなあ」
モーナーの報告に安堵はするが。
だが、無事是名馬って名言通り、無事に帰って来れれば、諦めない限り成長のチャンスは途切れることはない。
だが再起不能になって戻ってきたら、もう成長のチャンスはない。
こっちは当然無事に戻ってきてもらいたいから、店の仕事で手が空きがちな者を案内役に回している。
けど、そんなに危険な場所じゃない所でも危なっかしい場面はあったようだ。
学校の遠足で、別行動を起こす子供がいると確かに引率教師は大変そうだ。
それが異世界で実感させられるとはな。
「まとまった行動をとる団体はせいぜい二つが精一杯だよ。それがたとえ一グループだったとしてもね」
「けど宿には予約客がバカスカ入ってるんでしょ? 何か起きた後じゃ手遅れになるんじゃない?」
「ダンジョンの立ち入り禁止をお、もう少し浅い所にするかあ?」
「そうした方がいいよ。単独行動しても無事に戻って来れるような場所限定にしてさ」
ここから先はキミ達にとって危ないとこだよー、とモーナーが立ちはだかる。
仁王立ちの股下をくぐられるとまずいだろう。
咄嗟の反応ができないからな。
だから胡坐をかいて腕を下に向ける。
モーナーの上半身を飛び越えられる奴はいないだろう。
「それえ、無理だあ」
「なんで?」
「袋小路にい、追い詰められないようにい、階段の上下え、それぞれ二つずつだからなあ」
そうだった。
階段を塞いで新たに一つだけ上下に移動できる道を作れたとしても、魔物にそこを塞がれたら一巻の終わり。
「だから俺があ、下に掘る作業しながらあ、下に向かって逃げてくるみんなをお、守るやり方しかあ、思いつかないなあ」
「魔物に追われてモーナーんとこまで逃げ切れたら問題ないんだろうがな。俺はダンジョンの中、詳しい構造知らねぇし」
「地図とか作っても、広げたり壁作ったりすれば変わっちゃうだろうしね」
過失、ならまだましだ。
戦闘で壁を壊したりしても構造が変わる。
一々地図の修正なんかできるはずがない。
というか、修正が追いつかないだろうよ。
「そういえば、今地下何階まで掘ってるんだっけ?」
「二十八階くらいだぞお。でも今まで来た冒険者達は、みんな七階くらいまでは楽に降りられてるぞお」
酸欠にならないのかな。
もっとも出入り口が二か所あるなら空気の循環も一つよりはましかもしれんが。
「魔物と戦うのがきついって言い出すのは地下何階くらいからだ?」
「丁度十階くらい下だから……十七階くらいだぞお」
みんな意外と深く降りられてるんだな。
「退却させた階だとお……そん時掘ってた一番深い階のお、三つくらい上かなあ。土の中で生存してるう、魔物って言うかあ、でかい虫っていうかあ」
「でかい虫?!」
ヨウミが嫌そうな声を出す。
嫌悪感むき出しだな。
「たまにおいしいのがいたりするぞお」
「やめてっ! お願いっ! モーナーっ! その話はもういいからっ!」
イナゴの佃煮なんかは、昔は貴重な栄養源だったらしいがなぁ。
俺も食ったことはある。
もっとも味付けの味しか分からなかったがな。
「話はずれちゃったけど、できれば二グループまでにしてもらいたいわ。チームがたとえ一つだったとしても。極端に多いと次元が違う話だけど、人数の問題じゃないよ」
テンちゃんがげんなりしている。
「ダンジョン組は大変そうだね……。あたしの方は特に問題ないな。危険な場所に行きたそうな会話してる子達には怖い話するし」
「怖い話って……」
「虫じゃないよ? 敵は魔物だけじゃないってこと。底なし沼の表面がまるで普通の地面に見えたりとか、食虫植物の中には魔物を捕らえるものまであるとか」
マッキーが言うと実感あるが、森の中をさまよい暮らしていた頃があったことを知らない者にはどんだけ効果があるか。
もっとも体験者が語る話は実感がこもるからな。
けど、実録! 森の中の怖い話! とか言うと、別方面の怖い話に聞こえる。不思議っ!
※※※※※ ※※※※※
俺の気配を察知する能力についてなんだが、普段はその能力に意識を向けたり神経を向けたりはしていない。
それでも随時力を発揮できる。
その範囲はこの世界に来た時に比べて広がってきた。
けれどもある程度広がってからはそれ以上に広がることはなくなった。
成長が止まった、って感じだな。
けど、神経をとがらせた時の能力は、未だに成長を続けているようだ。
ところが、発揮できる効果の影響は歪。
というのは、あるときは範囲が極端に広がったり、またあるときには範囲は広げられないが、その気配を感じ取った存在の種類が極端に詳しく分かったり、またまたあるときにはその気配の数が正確に分かったり、とその時々によって変化する。
自分の能力を自在に操るのが難しいというか何と言うか。
それゆえに、妙な異常さを感じ取ることもできる。
というか、感じ取らされるというか……。
「今日も来たな。っつっても昨日と別の組なんだろうがな……。みんなここに来るのは初めてだな? まず名前をこれに全員書いて」
冒険者として鍛錬を積むことを希望する彼らには、必ずやってもらうことの一つをまず最初にしてもらう。
全員が養成所出身だがその場所はあちこちにある。
卒業記念なんだろうか、その場所ごとに違うマークというか章というか、そんな模様が全員の装備品に刻まれてい。
この日は、フィールドは四人組と五人組の九人。
ダンジョンへは五人と六人と、四種類の模様が見られた。
「フィールド希望者は、動ける場所のみ動く事。俺達が助けに行くのは義務じゃないし、別に助けに向かわなくても俺達には問題ない。けど動けるところで危ない目に遭ったら助けに行けるし間違いなく助かる。だが危険かもしれないと思う所に行って危ない目に遭ったら、お前らの人生間違いなく終わる。自分から死にに行くような場所に行った奴を助ける気はないからな。そこで危ない目に遭うことがあったら間違いなく俺達は見捨てるから」
全員が不安そうな顔をする。
だが、好奇心で危ないかもしれない場所に行くようなことがなければ何の問題もないんだがな。
「ダークエルフのマッキーだ。彼女の目の届く範囲から外に出たら、死んでも分からんしこっちの責任じゃないから」
全員が怖がっている。
怖がる、ということは、生きることに執着している証拠だ。
ならば全員、生きることを前提にそれぞれの領域で活動してくれるだろう。
もっともダークエルフに関する言い伝えを聞いて、それで恐れてるのかも分からんが。
「ダンジョンへは灰色の天馬のテンちゃんと巨人族と縁のあるモーナーが付き添う。が、モーナーはダンジョン掘削が主な仕事だからつきっきりって訳じゃない。それに素早さがほとんどない。周囲への警戒から回避行動や退避行動は意思統一して迅速に。照明は等間隔についてるはずだから暗闇の心配はほとんどない。敢えて絶対とは言わん」
冒頭で「見捨てる」なんて言ったもんだから、みんないい感じで緊張感を持っている。
そうそう、その緊張感は大切だ。
遠足は家に戻るまでが遠足なのだよ。
もっとも何人かはそれに反応したのか、鼻息が荒いのがいるな。
まあ無事に戻ってくれば、それが
臆病者だって、いや、臆病者ならいつかは成長する機会は何度もやって来る。
向こう見ずな性格ならば、いつかはその機会は二度と来なくなる時が来る。
そもそも、まだ大人にならないうちに一生を終える姿なんか誰が見たいか!
それはそうと今回は珍しい物を見せてもらった。
「なぁ、ヨウミ」
「ん?」
「今までも、時々はエルフとかケンタウロスとか、人間以外の種族の冒険者を見ることはあったけどさ」
「うん」
「人間以外の種族の人数が多いのは初めて見たような気がする」
半馬人のような目立つ体型の種族はいなかったが、それでも人間の種族が目立たないほど種族がばらついていた。
緊張と不安、そして誰にも伝えられない期待感を持って出発した彼らの後姿を見て、ぼそっと呟いた。
けど、さすがはこの世界の住人。
「そういうとこ、結構あるよ?」
「ある?」
「うん。人間社会の中に、あんな……まぁ広い意味での亜人よね。亜人と一緒に生活している地域もあるのよ。けど多くないから、最近、そんな共通の価値観を持った地域とか団体同士で連携とったりすることがおおくなってるみたい。でも、中には社会に溶け込みながらも敬遠される種族もあったりするけどね」
そして、養成所の卒業時期も同じになることが多く、そこにここの噂が入り込めば、自ずとそんな集団が次々とドーセンの宿に予約が殺到、ということらしい。
しかし最近か。
冒険者不足の対策かなんかじゃあるまいな?
国策なら子供らが犠牲になってるとも言えなくはないぞ?
もしそうなら、あの皇太子とか王妃とか、王家揃ってバカ揃いだぞ?
「生活習慣とか食生活とか、自分と好みが合わないところもあるだろうに」
「慣れるらしいわよ? 何の根拠もない古くからの言い習わしを規則にしてる種族ならなおのこと。あ、逆に人間が他種族の社会で生活してるケースもあるんだって。流石にそんな人は見たことないけどね」
まぁいずれ、良好な関係を維持して、未来を担う子供達が順調に成長していけば何の問題もないけどな。
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