行商を専業にしたいんだが、どうしてこうなった その2

「テンちゃんとライムがさ、夢の中に出てきて、会話するようになったのよー。まるで夢みたいよね」


 すまん。

 日本語で頼む。

 って言うか、かなり前からだろ? それ。

 まぁ意思確認できるだけでも、仕事の上ではかなり楽だな。

 恐る恐るご機嫌伺い、なんて無駄な気遣いをせずに済む。

 もっともそんな奴が傍にいたら、とっとと放り出すかそいつから逃げるかどちらかだが。


「誰かの為に、俺がテンちゃんにその誰かに付き従うっていうような指示は出したくないんだよな。その誰かが、自分の為にテンちゃんが動いてくれる、って勘違いする奴が必ず出てくるからさ」


 俺が会社で働いていた頃は、そんなことはよくあった。

 もっともあの時は勘違いじゃなくてそんな指示だった。

 この案件は俺に託された。

 だから俺の独断で仕事を進めて会社に利益をもたらしたのだが、誰がその功績をお前の物にしろと言った、と怒鳴られた。

 功績は俺に仕事を託した上司のものにしたかったらしい。

 筋道の正誤はともかく、託す側と託される側の間に意思の齟齬があるのは、俺の世界にもこの世界にも同じように存在するらしい。

 思い込みの押し付けもそうだったな。


 まぁこの世界に来た初日からそうだったし、異世界は俺がいた世界と比べて素晴らしい世界と言う気はない。

 ただ、誰それのおかげという押し付けがない点が、自分の世界にいた頃の俺にとって理想の世界とは言える。


「朝っぱらからボーっとしないのっ。で、どうするの?」

「冒険者が魔物と戦うそばで店を開くってのは気が引けるが、最近は要望じゃなくて切望めいた感じになってるしな。行商の人達も、あの一件以前と同じ業務をしてるとは思えないし」


 俺が冒険者相手に店を開いている場所にやって来る他の行商達は、その数も少なくなってる話を聞くし、俺の滞在期間が長いままということから、そんなことは容易に想像できる。

 更なる儲けを狙って危ない橋を渡る行商人の数も減ってるらしい。

 そんな同業者のほとんどは魔物を使役してるからな。

 そこんとこが摘発される理由になるかも、という噂も流れている。

 実際そんな動きはないが、妄想ってのは膨らみやすいし万が一への備えの対策も怠らない商人達は、そんな商売のやり方からは手を引いているってことだ。


 ずっと商売のやり方を変えていない俺に縋る客も増えるのも道理なんだよな。


「まぁ、やってみるさ。とりあえず、魔物の行動範囲に少し触れる辺りをうろついてみる。俺に何かがあったらお前らにとっても打撃だろ?」


 ヨウミはいろんな料理を作ることができる。

 が、なぜかおにぎり作りは下手なんだよな。

 そんなことないよ、と憤慨していたが、実際うまく作れないでいるのは本人も不思議に思っているようだ。


 ※


 魔物がいる場所は大きく分けて二種類。

 単純に、屋内と屋外。

 前者はダンジョンというやつで、これは更に二種類に分けられる。

 人工物か自然物か。

 人工物の場合は、迷路めいた物か住居目的の物かの二つに分かれる。

 自然物の場合は、俺達が夜を過ごす、岩壁の窪みの状態か、それともさらに深い洞窟か迷路かの三種類に分けられる。

 どのみち死角が多いそれらの中で、体力がない俺でも魔物から逃げきれる自信はある。

 問題は屋外。

 森林、草原、水辺など、天気や自然現象の影響を受けやすい場所だが、自分の身を隠す場所がないので、魔物に感知されたら逃げ切る自信はない。

 奴らの行動範囲外にいるくらいしか防衛手段がない。

 そこでライムの出番というわけだ。

 以前試したように、ライムに全身を覆ってもらい、防御力を完璧にする。

 後に夢の中で教わることになるのだが、切断、圧迫などの物理攻撃を完璧に無効にするだけでなく、毒や麻痺、催眠、幻覚なども無効あるいは無効に近い耐久力があるんだそうだ。

 おまけに手足の先や関節の突起の部分を刃物のような形状に変えることもできる。

 武器を持った時、手放す可能性が高い。

 格闘技とかの経験は全くないからな。

 攻防一体型の鎧になってくれるライムは、実に心強い。


 無敵だと思うだろ?

 ところが残念なことに、致命的な欠点が一つある。


「お疲れ。どうだった?」


 魔物が出そうなフィールドに足を運んでみた。

 一、二体ほど倒して安全地帯に戻ってきたのだが、ヨウミに返事ができない。


「……水、飲む? 少し横になったら? テンちゃん、枕になったげて」


 息切れ、疲労困憊。

 理由は一つ。

 ライムに無理やり体を動かされていた。それだけ。

 ライムにしちゃ、俺の命さえ守れればそれでいいわけだから、こいつの働きぶりは非の打ち所はない。

 けど、体力の限界近くまで体を動かす、いや、動かされてたわけだから……。


「ライムーっ! 少し休ませろーっ! お願いっ! 止まってっ! 俺の足、止めてくださいっ! お願いしますーーーっ!」


 倒せない魔物が現れた、と判断したライムは、全身鎧状態の自分の体を高速で変化させた。

 もちろん俺の体を守りながら。

 その変化は、全力疾走する人型。

 それに付き合わされる俺。


 まさかの計算外だった。

 もちろんこれは、ライムには何ら悪いところはない。

 単なる俺の運動不足。

 ようやくライムが泊まったその場所は、魔物の行動範囲外で俺達の拠点となる荷車のそば。


「……運動不足、よね」


 荷車を引くだけじゃ、体力増強を目的とした運動にはなり得なかったってことが分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る