第367話 おみくじと後輩ちゃん

 

 最後詣から帰ってきた俺たちは、温かいぜんざいを食べて一息つく。


 ぜんざいとお汁粉の定義が日本各地で違うが、宅島家では粒餡の汁にお餅や白玉団子が入ったものと定義してある。お汁粉はそのこし餡バージョン。


 市販の粒餡にお湯を注いでお餅を入れれば完成。個人的には甘さ控えめが好きです。


 後輩ちゃんと桜先生がお餅をみにょ~んと伸ばして、リスやハムスターといった小動物のようにハムハムと食べている。可愛い。



「へーい! マイブラザー!」


「……なんだ、マイシスター?」



 俺は露骨に警戒心を剥き出しにして、嫌そうに返事をする。


 こういうテンションが高い楓は関わり合いになりたくない。絶対に揶揄ってくる奴だ。楓とは付き合いが長いから全てわかる。ニヤニヤ笑顔がとてもうざい。イラッとする。



「おみくじはどうだったー?」



 おぉ……。予想の何億倍もまともな質問だった。警戒して損……はしていない。いつも油断したときにぶっこんでくるのが楓だ、まだ警戒を解いてはいけない。油断するな、俺。


 おみくじは家族全員で引くことが恒例となっている。来年のことを考えながらおみくじを引くのだ。そうすると、来年の運勢が出る……はず。


 俺の運勢はまだ誰にも教えていない。後輩ちゃんと桜先生が食べるのを止め、興味津々で顔を上げた。


 あぁもう。口の周りが汚れてるぞ。子供じゃないんだから。お上品に食べなさい。はい、じっとしてて……ふきふき、ふきふき……よし、これでいつも通り綺麗な顔になったぞ。



「さっすがオカンのお兄ちゃん」


「誰がオカンかっ!?」


「おみくじの内容教えてー!」



 我が妹が自由過ぎる。振り回される身になってくれ。大変なんだぞ。


 おみくじの内容ね……あまり言いたくないなぁ。言わなきゃダメ?


 意味がないであろう無言の抵抗を続けていたら、楓が指をパチンと鳴らす動作をして、後輩ちゃんと桜先生に毅然と命じる。


 ちなみに、格好つけたシーンだったのだが、残念なことに指はスカッとした間抜けな音しかならなかった。



「葉月ちゃん! 美緒お姉ちゃん! やっちゃって!」



 命じられた二人が胸の前で手を合わせる。瞳をウルウルさせて、顔をわずかに傾けた。


 お得意のおねだりポーズ。俺には効果抜群だ。



「先輩……」


「弟くん……」


「「 おねがい♡ 」」


「ぐふぅ……」



 一発KO。俺はスッとおみくじを差し出した。ポンコツ三姉妹が群がり、内容を確認していく。とても楽しそうだ。


 内容を読むともっと楽しそうになるんだろうな。



「ふむふむ。大吉ではござらぬか。凶かと思ってたのに」


「健康運とか勉強運も悪いこと書かれていませんね」


「財運も絶好調。そして、恋愛運は……くふふ!」



 突然吹き出した桜先生につられて、楓も後輩ちゃんも恋愛運の欄を凝視する。そして、予想通り吹き出す。


 後輩ちゃんと桜先生はまだいい。我慢しようとしているから。でも、楓の場合は大爆笑。お腹を抱えて笑い転げている。


 だから見せたくなかったんだよ。



「あははははは! それは面白すぎるでしょ! ぎゃははははは!」


「……はしたないぞ」


「ふふっ、でも笑いたい気持ちはわかります。くふふ……」


「もういい! 笑いたきゃ笑え!」



 我慢できなくなった後輩ちゃんと桜先生も堪えきれなくなってクスクスと笑い出す。



「ふふふ。この恋愛運の『抵抗は無意味。諦めろ』って何ですか! こんなこと書かれるんですね!」


「まだ続きがあるわよ。『全て受け入れるのが吉』ですって!」


「よかったね、お兄ちゃん。いや、この場合は葉月ちゃんと美緒お姉ちゃんが良かったのか。全部お兄ちゃんが受け入れてくれるってさ」


「「 よろしくお願いしまーす 」」



 何がよろしくだ。俺は信じない。抵抗してやる! 運命を覆してやるぅー!



「抵抗は無意味だそうですよ? 先輩、諦めましょうね」


「お姉ちゃんを受け入れるのよぉー! って、あれっ? お姉ちゃんのアレが弟くんのソレを受け入れるのかしら?」


「美緒お姉ちゃんが攻めるのなら前者で、お兄ちゃんが攻めるなら後者じゃない?」


「なるほど!」


「なるほどじゃない! 下ネタトークは止めてくれ……」


「何を言ってるの、お兄ちゃん?」


「アレやコレって言うのは愛の話よ」



 下ネタ的な意味じゃなくて愛ってことね。思春期男子の俺の心が荒んでいただけか。それならそうと誤解させる言い方じゃなくて普通に愛って言えばいいのに。



「「「 ふっ、チョロい 」」」


「何か言ったか?」


「「「 別に何もー! 」」」



 そっか。何かボソッと呟かれた気がしたけど俺の聞き間違いか。そして、悪い笑顔を浮かべた気もしたけど、俺の見間違いか。


 さて、俺の来年の運勢は、恋愛運以外はとても良いそうだ。こうなると、俺以外の人の運勢が気になる。



「後輩ちゃんの運勢はどうだったんだ?」


「私ですか? 大吉でしたよ。恋愛運は『少し誘惑すれば相手はイチコロ! 主導権を握るも良し! 全て任せるのも良し!』だそうです」



 なんか毎朝ある星座占いみたいな内容だな。


 後輩ちゃんに誘惑されたら俺はイチコロなのか。これは当たるだろうなぁ。そして、主導権はどっちも良しなのか。無敵じゃないか!



「……姉さんは?」


「お姉ちゃんも大吉よ。そして恋愛運は『押して押して押しまくれ!』だって」



 なんだそのいい加減な内容は。そんな内容が書いてあるわけがないだろ…………本当に書いてあるわ。えぇー。


 桜先生は押す。俺は受け入れる。


 あはは……現実逃避をしようっと!


 自棄食い気味に食べたぜんざいの甘さが身に染み渡って癒してくれた。


 来年の俺よ……明日からの俺よ……頑張れ。応援しておくよ。

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