第360話 クリスマスプレゼントと後輩ちゃん
「それではぁ~、クリスマスプレゼントの交換会を始めようじゃないかぁ~!」
「いえーい!」
「ヒューヒュー!」
「パチパチパチ!」
「どんどんパフパフ~!」
ノリノリな人が多いこと。ウチの家族は賑やかだ。仲が良いなぁ。
後輩ちゃんによってどこかに連れ去られた楓は、顔から感情が抜け落ち、虚ろな瞳で帰って来た。ゾンビと見間違うほど動きもゆっくりだった。
思わず悲鳴を上げて桜先生に抱きついてしまったほど。桜先生は大喜びしていた。
後輩ちゃんが楓に何をしたのか気になるところではあったが、聞くのが恐ろしかったので聞いてない。このことを考えた瞬間に、ニッコリ笑顔の後輩ちゃんと目が合ったし。
あれは怖かったね。本当に怖かった。背筋がゾクッとした。可愛い笑顔だったのに。
しばらくぼけーっと放心状態だった楓は、今では声を張り上げて司会進行するくらい回復している。サッカーのサポーターのようにタオルをブンブン振り回してテンションがぶっ壊れている。
「楓はもう大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
キョトンとする楓。頭は大丈夫か? 少し前のことを完全に忘れているようだ。いや、身体の防衛機能が発動して、記憶から抹消されているらしい。
一体何が行われたんだろう? 気になる。気になるけどとても怖い。
「先輩? 知りたいですか?」
「いいえ、結構です!」
「二人は何を話してるの? …………うぐっ! 頭が痛い!」
何かを思い出そうとしたのか、楓は頭を押さえて蹲る。顔面蒼白。身体はガクガクブルブルと小刻みに震え始める。
即座にフォローに入る裕也。後輩ちゃんはずっとニコニコ笑顔。お、恐ろしい。
すぐに楓は復活する。
「も、もう大丈夫だよ、ユウくん。気を取り直してぇ~プレゼント交換会に参りましょうっ! お兄ちゃんから私たち家族へのプレゼントは、例年通り豪華な食事とこの後のケーキってことで。それじゃあ、お父さんとお母さんからどうぞ!」
父さんと母さんが見つめ合い、ほんの僅かな時間さえもイチャつきながら、俺たちにクリスマスプレゼントを、俺の場合は誕生日プレゼントを差し出した。
封筒に入っているのは紙切れ。お金……じゃない。チケット? 水族館って書いてある。
「じゃじゃーん! 水族館デート券です! 私と隆弘君のおすすめスポットだよ」
「みんなも楽しめると思う。でも、期限があるから気を付けて」
「ちなみに言うと、隆弘君との初デートの場所です!」
「あの時は風花さんが小学生と間違われていたね。つい最近もだけど」
「隆弘く~ん! お口にチャックしよ~ね」
母さんが父さんの口を摘まんでイチャついてる。あのバカ夫婦のことは放っておこう。
水族館のチケットか。正直とても嬉しい。前に動物園は行ったから、水族館も行きたいと思っていたんだ。水族館も俺と後輩ちゃんと桜先生の三人で行きたい。
「んじゃ、次は私とユウくんから、お兄ちゃんたちバカップルにプレゼントです」
その『お兄ちゃんたち』には桜先生も入っている気がしたんだけど気のせいだよね? 明らかに桜先生も含めたよね? まあいいけど。
俺は何かの箱。後輩ちゃんと桜先生には布か?
「これは……枕カバー?」
「単語が書かれているわね。こ、これはまさか!?」
「えっへん! そのと~り! あの『YES! NO! 枕』の枕カバーでございます! まあ、ほとんどの場合YESしか使わないだろうけど、様式美って大切だよね。これでヘタレのお兄ちゃんも心置きなく手を出せる……痛い!」
俺は無言で楓の頭にチョップを落とした。
余計な気を回さなくていい! 裕也もニヤニヤ笑うな! セクハラ案件で二人を罰してやろうか!? 俺には切り札としてケーキ抜きの刑を執行できるんだぞ。
というか、なんで桜先生にまで枕カバーを!?
「颯、お前のはここで開けるなよ。一人でこっそりと開けろ」
「……避妊具とかアダルトグッズとか言わないよな?」
「「 な、なぜわかったぁー!? 」」
マジかよ。こいつらが考えそうだけど絶対にないと思ってたのに。どこで手に入れるんだ、そんなもの。ネットか? ネットなのか!?
取り敢えず、あとでこのバカップルは絞める。
「あっ。俺、楓と裕也のプレゼントは全然考えてなかったんだけど」
「別に要らないよ~。ご飯も作ってくれたし、朝から良いもの見せてもらったし。ぐへへ」
「俺もいらねー」
「私とユウくんは後で二人だけでプレゼントを交換するとして、今度はお兄ちゃんと葉月ちゃんと美緒お姉ちゃんたちのプレゼント交換です!」
「俺たちも後でこそっと交換したいんだけど」
「却下です! それだと楽しくないじゃん!」
理不尽な。別に楓たちの前で交換してもいいけどさ。
いや、待てよ。俺は大丈夫でも二人はどうなんだろう? 不安だ。若干嫌な予感もする。
まあ、プレゼントを渡すだけだ。さっさと終わらせてしまおう。
俺は後輩ちゃんと桜先生に小さめの箱を手渡す。少し高級感漂う箱だ。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ」
「わーい! お姉ちゃん同時に開けよ!」
「いいわよ。せーのっ!」
開けた瞬間、キラリと光を反射して、中に鎮座していたものが輝く。二人の目が大きく見開かれた。
「これはネックレスですか? 綺麗です。私はハート形で」
「お姉ちゃんは桜の花びらね」
気に入ってくれたようだ。とても嬉しそうだし、瞳がキラッキラと輝いている。
良かった。安心した。気に入ってくれるか不安だったんだ。
「まあその、時々でいいからつけてくれると嬉しい」
「はい! そうします! でも、つけるのが勿体ない気もします」
「その気持ちわかるわぁ。これ高くなかったの? あっ! 妹ちゃん見て! 小さく英語の筆記体で名前が書いてあるわ!」
「あっ! ホントだ!」
気付いたか。この二つのネックレスを買った後、葵さんにアドバイスされたのだ。二人の名前を入れたらって。だから、少しの間葵さんにお願いしていた。
買った時にはそこまで思いつかなかった。葵さん、ありがとうございます!
高そうに見えて、実は思ったよりも高くなかったりする。値段は秘密だけど。
今は大事そうに仕舞い、今度は後輩ちゃんと桜先生からプレゼントを渡される。桜先生の部屋に隠していたであろう大きめの紙袋だ。中にはいろいろなものが入っていた。
「私たちからのクリスマスプレゼントです」
「ハンカチとか靴下とか、普段使えるものを選んでみたわ」
「ふむふむ。下着までは許そう。花柄だけど。でも、このフリッフリのエプロンはなんだ? 渡す相手を間違えてるぞ」
新婚の妻が夫を誘う時に着るようなフリルまみれのエプロン。どこで売ってるんだよこれ。
「間違えてないわよ。弟くんのために買ったの」
「はっ?」
「先輩、着てみてください!」
「あっ、ちょっと!」
後輩ちゃんと桜先生により、瞬く間にエプロンを着せられた俺。うわぁー。なにこれ。鏡を見なくてもわかる。全然似合ってない。
楓と裕也と母さんが大爆笑する。父さんまでにこやかに微笑んでいる。
このエプロンを買った本人たちは、超笑顔でスマホで写真を撮り始めた。
「ほぉぉおおお! 先輩可愛いですよ! カメラ目線プリーズ!」
「きゃー! 弟くんが可愛いわぁ。もっとこっちを見てぇ~! そうよぉ~! 今度は女装姿で着て欲しいわ」
誰が女装して着るか! 女装姿なんかお断り! 絶対にしないからな!
いつの間にか、父さん以外の人間が俺のエプロン姿の写真を撮りまくる。撮影会の始まりだ。
「お兄ちゃんいいよぉ~。ムスッとした顔も可愛い可愛い。ぶふっ!」
「くふっ! に、似合ってるぜ。さっきはプレゼント要らないって言ったけど、俺のプレゼントはこの写真でいいや。くふふ!」
「颯ちゃん可愛いよぉ~。男の娘の颯ちゃんもいいねぇ~!」
我慢だ。我慢しろ。反応したらこいつらを喜ばせるだけだ。我慢我慢。
そう言えば、今日は俺の誕生日だよね。こんな誕生日は嫌だぁー!
俺はクリスマス兼誕生日がちょっとトラウマになってしまった。
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