第359話 つかの間の休息と後輩ちゃん

 

 クリスマス会が始まり、頑張って作ったごちそうを完食した俺たちは、満腹なお腹を撫でながら幸福感に浸る。


 自画自賛になるかもしれないが、気合を入れて作った料理はとても美味しかった。頬が落ちるほど。無言で取り合いになるくらい奪い合って食べた。


 この後デザートのケーキもあるのだが、食べることはできるのだろうか? まあ、すぐに食べる必要はないし、少し時間を空ければ大丈夫なはず。


 満腹になったら眠くなってきた。ゴロンと横になり、枕に頭を乗せる。丁度いい高さ。柔らかな感触。心地良い温もり。俺を蕩けさせる甘い香り。



「先輩。食べてすぐに横になったら牛さんになりますよ」



 仕方がないですね、と言わんばかりに呆れた声で後輩ちゃんが注意してきた。


 注意をするのなら優しく頭をナデナデしないでくれ。そんなことをされたら絶対に起き上がれないだろうが。


 あぁーヤバい。気持ちよすぎる。俺をダメにする枕。堕落させる魅惑の膝枕。起き上がるのは不可能だ。



「牛になってもいい。豚になってもいい。俺は離れたくない」



 グリグリと顔を押し付ける。後輩ちゃんのお腹がグルグルと鳴った。



「お腹がグルグル言ってる」


「そ、それは胃が消化を始めたせいです!」


「可愛いなぁ」


「不意打ちは卑怯ですよー! うぅ~!」



 後輩ちゃんは可愛らしく唸っている。ぶっ叩くのではなく、ツンツンしてくるのも可愛い。


 だから俺は甘えてしまう。家族の前であるにもかかわらず。



「うわぁー。お兄ちゃんが葉月ちゃんに甘えるなんて珍しく……ないね! いつも通りか!」


「でも、楓ちゃん。ここまで恥ずかしがらないのは珍しくないか?」


「確かにそうかも。大人になったからかな?」


「それか寝不足でぶっ壊れているか」


「お兄ちゃんも葉月ちゃんも幸せそう……羨ましい! と言うわけでユウく~ん!」


「楓ちゃんカモ~ン!」



 たぶん、楓が裕也に倒れ込んだか抱きついたかしたのだろう。俺からは見えないが、楓のご満悦な声が聞こえてくる。不可視のピンク色のラブラブオーラを感じた。


 くっ! このリア充バカップルめ! イチャつくのもいい加減にしろ!



「お兄ちゃんが言うな!」


「おまいう」


「先輩。ご自分がどのような状況なのか理解してくださいね」


「弟くん、ブーメランが突き刺さってるわよ」


「もしかしたら、イチャついてる自覚がないのかも」


「それはあり得るよ、隆弘君! ウチでは膝枕なんて極々普通の日常だから! 私たちも後でしようね!」



 盛大に呆れかえった家族全員から突っ込まれた。俺、口に出してないんだけど……。全員で心を読まないで欲しい。そんなに顔に出ていたのか? でも、見えない人もいるわけだし……詳しいことはどうでもいいか。


 俺は彼らの言葉の意味をよく考えてみる。愛しい彼女に膝枕をお願いしている彼氏。


 ……イチャついている以外の何物でもない。そうか。俺たちはイチャついていたのか。


 今はそれでいい。誰に何と言われようが、今だけは後輩ちゃんの膝枕を堪能したい! それくらい気持ちいい!


 頑張って料理を作ったのだ。これくらいのご褒美があってもいいだろ! 俺は癒されたい!



「たぁ~っぷりと私のお膝で癒されてくださいねぇ~」


「……そうする」


「最近はお疲れでしたからね。アルバイトも大変だったみたいですし」


「そうだったな。大変だったな」


「昨夜は激しく身体を動かしてたし!」


「えっ? それは俺だけじゃなくて後輩ちゃんも……」



 んっ? 今の声は後輩ちゃんだったのか? 思わず答えてしまったけど、声音が違った気がする。それ以上言うな、と言いたげにぺしっと頭を叩かれたし。


 見上げると、顔を真っ赤にして瞳を潤ませた後輩ちゃんが、キッと俺を睨んでいた。頬がびにょ~んと引っ張られる。


 痛い痛い。痛いですよぉ~。



「ひっしっし! ポロっと言ったね、お兄ちゃん。引っかかったぁ! そっかぁ。葉月ちゃんも激しかったのかぁ」



 あっ。楓よ。先に言っておく。南無阿弥陀仏。


 俺は危険を察知して、即座に逃げ出す。後輩ちゃんのお膝から、桜先生のお膝に逃走完了。


 桜先生の太ももも気持ちいい。素晴らしい感触。癒されるぅ。



「あら。今度はお姉ちゃんの番? ナデナデしてあげるわよ~」



 嬉しそうな桜先生が頭をナデナデしてくれる。ふむ。片手を拝借。そのまま手を繋いでもらいましょう。そういう気分なのです。


 俺が姉に甘えている間に、後輩ちゃんはゆらりと立ち上がった。チラッと見てみたが、顔に浮かぶのは美しい笑顔。でも、瞳は笑っていない。殺人者のように冷たかった。



「楓ちゃん?」


「なぁに? ひぃっ!?」


「私もね、女子会だったり、先輩の前だけなら言っても許したの。でも、今の楓ちゃんの発言は、明らかにセクハラ案件だったよね?」


「えーっと…………申し訳ございませんでした!」



 状況を理解した楓は、即座に飛び起きて綺麗な土下座を決める。しかし、鬼と化した後輩ちゃんには効かない。


 先ほど、裕也が踏み抜いたセクハラ案件。刑罰を楓自身が執行した。それが今、楓の身に降りかかっている。


 ニッコリ笑顔の後輩ちゃんは、土下座する楓の首根っこを掴み上げた。



「お部屋でお話しよっか」


「は、はい!」



 ガタガタと震える顔面蒼白の楓は、にこやかに告げた後輩ちゃんの後に大人しく従って、どこかの部屋へと消えていった。


 どこかからか響き渡ってくる甲高い断末魔は、桜先生に頭をナデナデされていた俺には聞こえることが無かったという。


 聞こえなかったと言ったら、聞こえなかったのだ!

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