第358話 赤飯と後輩ちゃん

 

「「「「メリークリスマス! 」」」」



 母さん、桜先生、後輩ちゃん、楓の女性四人がジュースのコップを高く掲げて乾杯をする。そして、グビッと一口飲んでぷはっと息を吐いた。


 後輩ちゃんと桜先生は可愛らしかったが、母さんと楓はビールを飲んだ後のおっさんのようだった。それぞれ夫と彼氏がいる淑女なんだからお淑やかにして欲しい。息子と兄からのお願いだ。


 俺と父さんと楓によって刑罰を執行されていつの間にかケロッと復活した裕也は、静かに乾杯していた。女性陣のテンションについていけません。


 楓が中心となってクリスマス会を進行する。



「まずは、お兄ちゃんのごちそうを食べて、クリスマスプレゼントを渡して、デザートにしましょう!」


「……クリスマスプレゼント」


「……デザート」



 俺と後輩ちゃんはその二つの単語に敏感に反応してしまう。


 ポワ~ンと思い出すのは夜の出来事。クリスマスプレゼントとしてデザートを満足するまで食べた。熱くて火照ってトロットロに蕩けた甘いもの。


 ついつい後輩ちゃんを見てしまい、同時に後輩ちゃんも俺を見た。視線が絡み合い、お互いに顔を爆発的に赤らめて、即座に顔を背ける。


 あぁ~熱い。顔も体も熱い。火が噴き出そうだ。



「弟くんも妹ちゃんも可愛いわぁ~」


「ぐへへ……初々しいのぉ~」


「ナイス! 流石私たちの息子と娘!」


「風花さん。やり過ぎはダメですからね」


「はーい」


「これは写真を撮るしかないぜ!」



 父さん以外の人間が、俺たちをバシャバシャと写真を撮りまくる。シャシシシシシと高速連写している。


 肖像権の侵害で訴えてもいいだろうか?


 あと、その後輩ちゃんの写真を後で俺に送ってくれ。俺も欲しい。



「あぁもう! 写真を撮るのを止めろ! 父さんを見習え!」


「えっ? じゃあ録画なら良いんだね?」


「はっ? ダメに決まってるだろ」


「だってお兄ちゃん、お父さんはビデオカメラで録画してるよ」


「えっ?」



 振り向くと、穏やかな表情で三脚に乗せたビデオカメラでクリスマス会を録画する父さんの姿が……。



「父さん!?」


「颯、ごちそうを用意しようか」


「話を逸らすなー!」



 ニコニコ笑顔でキッチンに消えていった父さんを追いかける。背後から、いってらっしゃい、と見送られたが、気にする余裕もなかった。


 問い詰めようとしたが、これを運んで、とお皿を渡され、渋々テーブルに運んでいく。豪華な料理が並んで、テーブルからは歓声が上がった。


 俺ってチョロいのか? たぶん、チョロいのだろう。仕方がないなぁ。


 手伝いに来た裕也も混ぜて、男性陣で準備を整えた。あとは食べるだけ。



「あの~? お兄ちゃん?」


「弟くん?」


「おい、颯」



 一体どうしたと言うんだね。そんな目をパチクリさせたり、目をゴシゴシと擦ったりして。頬を抓っても夢じゃないぞ。現実だ。


 桜先生と楓と裕也が目の前に置かれているモノを指差した。三人を代表して楓が恐る恐る口を開いた。



「これってなに?」


「赤飯」


「いや、見ればわかるけど……」


「俺と後輩ちゃんのお祝いとして赤飯を食べたかったんだろ? ご要望通り用意してあげました」



 自分で言って恥ずかしい。俺と後輩ちゃんのお祝いの赤飯。あっ、後輩ちゃんと目が合った。即座に同時に目を逸らしたけど。顔熱い。身体熱い!



「超イチャラブ激甘な初々しい反応ごちそうさまです……って、そうじゃなくてぇ! これは赤飯は赤飯だけどレンジでチンするインスタントの赤飯じゃん!」



 ふっふっふ。寝起きで俺たちを揶揄ってきた報いを受けるがいい! 目の前にごちそうがあるのに自分たちはインスタントの赤飯なんてどんな気持ちだ?


 絶望しているな。泣きそうだな。ふはははは! 実に良い顔だ! もっと苦しむがいい!


 …………寝不足でつい闇落ちしてしまった。


 三人の泣きそうな真っ青の顔を見て多少スッキリしたから、これくらいで勘弁してやろう。


 ちなみに、裕也の前に出したのは単なるノリである。



「うぐぅ……お兄ちゃ~んごめんなさ~い! 許してぇ~! びぇええええん!」


「ふぐぅ……お姉ちゃんたちは弟くんの美味しいご飯が食べたいのぉ~! うわぁあああん!」


「ちょっ! 本気で泣かなくても! そこまでか!? そこまでのことなのか!? えーっと、単なる冗談だからな。だから泣き止んでくれ」


「「 びぇええええん 」」



 縋りついて大号泣する楓と桜先生。ここまで泣くとは思わなかった。まだレンジで温めてないし、律儀に食べる必要もないんだけど。


 後輩ちゃんに助けを求めるが、自業自得です、と目が言っている。自分でどうにかしてください、とも言っている。


 あぁ……服が濡れちゃった。グシグシと俺の服で顔を拭うなよ……って、桜先生! 鼻をかもうとするな! 危ねぇ~。ギリギリセーフ。



「ごちそうを食べていいから。赤飯は裕也にやればいいだろ」


「グスッ……そうするわ」


「ズビッ……ユウくんあげる」


「えっ? ありがと……って、冗談なんだよな? 俺も目の前のごちそうを食べていいんだよな?」


「……」


「何故黙る!? 義兄にいさぁ~ん!」


「義兄さん言うな!」


「俺も泣くぞ! 大声を上げて泣くぞ! 今涙目だぞ! 楓ちゃんに縋りついて大号泣するぞ!」



 男の涙は見たくない。特に裕也のは。楓に縋りついて泣く姿なんで拷問だぞ。


 だから何故赤飯だけ律儀に食べようとする。お皿は用意してるんだから、赤飯は横に置いて普通に食べればいいだろ。冗談が通じないんだから。



「食べていいぞ」


「はやて~! 心の友よ~!」


「ちょっ! 離れろ! くっつくな! 退けぇ~!」



 裕也にくっつかれた俺を助けようとする人は誰もいなかった。


 父さんですら無視。楓はバシャバシャと写真を撮っていた。


 …………そう言えば、コイツはBLもオーケーだったな。






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