第209話 開園前と後輩ちゃん

 

「「着いたー!」」



 ハッと二度見どころか一度見たら目が離せないくらい綺麗な美女と美少女が、車の外で大きく伸びをしている。


 現在は朝の八時。桜先生の運転する車に乗り、何度か休憩を挟んで、目的地である動物園へと到着した。


 ずっと座りっぱなしだった桜先生と後輩ちゃんが手を挙げている。伸びるたびに二人の胸が強調されて目に毒だ。わざと俺にアピールしているのか、と疑ってしまう。


 背伸びをした二人が同時に踵を地面に降ろした。その反動で後輩ちゃんの胸がポヨンと跳ね、桜先生の胸がバインと弾む。


 日々、俺の理性が鍛えられていてよかった。いろいろと危なかった。



「先輩も外に出て伸びたりしないんですか? 気持ちいいですよ」


「そうだな。俺も伸びをするか」



 車の外に出て、両手を高く上げてぎゅ~っと伸びをする。凝り固まった身体が伸びていくのは確かに気持ちいい。それに、少し涼しげな気温で、朝日も丁度良く輝き、スッキリする。


 ふぅ~、と深呼吸をすると、何やら視線を感じた。後輩ちゃんと桜先生がじっと俺を見つめている。



「ど、どうした?」


「いえ。気持ちよさそうだったので、可愛いなぁ…と」


「うんうん。弟くんは可愛いわ!」



 俺も男だから可愛いよりかっこいいと言われたほうが嬉しい。だけど、この二人に可愛いと言われたら何故か許してしまうんだよなぁ。ちょっと嬉しさというか、恥ずかしさを感じる。


 思わず視線を逸らしてしまう。



「そ、そうか」


「ふふっ。照れた先輩も可愛いです」


「流石ヒロイン属性の乙女な弟くんね! 一つ一つの仕草が可愛すぎる!」


「おい、ちょっと待て! いつもいつも思うんだが、そのヒロイン属性の乙女って何だ! 俺は男だ! 立派な男だ!」


「まあまあ。そんな些細なことはともかく、そろそろ動物園に行きましょう! レッツゴー!」


「おぉー!」



 あからさまな話題の誘導を行って、後輩ちゃんと桜先生がテキパキと動物園に行く準備を行っていく。


 誤魔化したつもりだろうけど、残念ながらそうはいかない。


 俺はある事実を二人に突き付ける。



「二人とも。今何時だ?」


「えーっと……八時ですね」


「私の時計も八時ね」



 後輩ちゃんは俺の腕時計を確認し、桜先生は自分の腕時計を確認する。


 ふむ。確かに現在の時刻は八時だ。時間はあっている。



「じゃあ、あの看板は見えるか?」



 俺は大きな看板を指さした。動物園の案内とかが書かれている看板だ。


 看板を見た二人は大きく目を見開き、腕時計と看板を何度も何度も視線を往復させる。



「なん…だと! 開園時間は九時半ですって!」


「あと一時間半あるわね。あらら…」


「というわけで、動物園が開園するまで、俺がヒロイン属性の乙女ってことについて、じっくりと聞かせてもらおうじゃないか!」



 顔を見合わせた後輩ちゃんと桜先生が軽く頷き合い、同時にわざとらしい欠伸をする。



「ふぁ~。眠くなりました」


「ふぁふぅ~。眠いわね~」


「お姉ちゃん寝よっか!」


「そうしましょっか!」



 息の合った二人は、テキパキと車の席を倒して、横になれるスペースを作り出す。


 後輩ちゃんと桜先生は、いそいそと車に乗り込むと、ゴロンと横になって寝たふりを始める。


 ぐ~ぐ~、すぴ~すぴ~、とわざとらしい寝息が聞こえる。


 俺は呆れてしまって何も言うことができなかった。



「……俺も横になっていい?」



 詰めればギリギリだけど三人で寝るくらいのスペースはある。


 膝は曲げないといけないけど、それくらいは我慢しよう。


 寝たふりをしていた二人がパチッと目を開けた。



「どうぞどうぞ! ぜひ来てください!」


「弟くんは真ん中ね!」



 中央のスペースに俺は寝転ぶ。後輩ちゃんと桜先生が左右から抱きついてきた。俺の腕を枕にしている。


 窓を覗き込まれれば、抱き合って寝ている俺たちのことが丸見えになってしまうけれど、そんなのはどうでもいい。


 朝早く起こされた俺は超眠いのだ! 正直とても怠い!


 スマホの目覚まし機能をセットして、軽く目を瞑る。



「およっ? 先輩寝ちゃうんですか? さっきのことを問い詰めないんですか?」


「問い詰めてもいいなら問い詰めるが」



 今の二人は俺から逃げることはできない。狭い車に横になっているし、俺の腕を枕にしてむぎゅッと抱きついているからだ。


 二人の熱くて甘い息が少しくすぐったい。


 超至近距離の美女と美少女が悪戯っぽく微笑む。



「先輩がヒロイン属性の乙女って言うのはですね、女の私よりも可愛いからです!」


「ですです! お姉ちゃんも時々嫉妬しちゃうくらい可愛いの!」


「悲鳴が可愛いとか」


「くしゃみが可愛いとか! 『ヘクチ』とか『ハクチ』とか『くちゅん』とか言うわよね!」


「わかるわかる! 鼻をすするときは『ズビ』って言うし! 私たちに喧嘩売っているんですか!」


「売っていませんから落ち着いてください」



 何故か怒りをあらわにし始めた後輩ちゃんを優しく撫でてなだめる。ついでに桜先生も撫でた。


 二人の顔が気持ちよさそうに蕩ける。



「他にも、アニメや小説のヒロインが経験しそうなことを先輩が経験するんですよね。風邪をひいたときの看病イベントとか」


「ラッキースケベとか。お姉ちゃんがされた記憶もあるけど、お姉ちゃんが弟くんのラッキースケベをした記憶もあるわ!」


「先輩はロマンティックですし!」


「可愛いものも意外と好きよね!」


「うわぁぁあああああ! もう止めて! 俺が悪かったから! 止めてくれ!」



 何故だか俺の暴露大会になり始めた気がする。俺の黒歴史が抉られるような感じがしてとても恥ずかしい。


 まだまだ言い足りない、という表情の二人を撫でて誤魔化すことにする。


 あっさりと顔を蕩けさせてスリスリしてくる二人。とてもチョロい。


 あんまり深く追求するのは危険だったな。今度からは気をつけよう。


 というか、悲鳴とかくしゃみとか鼻をすする時とかは無意識だからどうしようもないと思います!


 風邪も引くときは引くし、ロマンティックで可愛いもの好きなのは好みで仕方がないし、ラッキースケベについてはノーコメント!


 二人を問い詰めた…いや、勝手に喋ってくれた結果、俺って結構乙女だなって思ってしまいました。


 くっ! 屈辱というか、恥ずかしいではないか!


 俺は不貞腐れた演技をしてムスッとしたまま目を瞑る。こういう時は寝たふりをするんだ! 誤魔化すのだ!


 後輩ちゃんと桜先生がクスクスと笑い、俺の頬に頬ずりしてくる。



「本当に可愛いですねぇ」


「可愛いわねぇ」


「………うるさい」


「先輩が拗ねちゃいました。可愛いですねぇ」


「拗ねた弟くんも可愛いわねぇ」



 顔を逸らしたいけど、もう既に左右に顔があるからただただ目を瞑って誤魔化す。


 うぅ…追及しなければよかった。


 左右の後輩ちゃんと桜先生が頬にチュッと軽くキスしてくる。そして、楽しそうにクスクスと笑って、グリグリと顔を擦り付けて目を瞑る。


 動物園の開園までまだまだ時間がある。


 俺たちは横になり、仲良く抱きしめ合いながら目を瞑って、無言だけど心地良い時間を過ごしていくのだった。

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