第208話 初めて出会った頃の俺と後輩ちゃん

 

 桜先生の運転する車が高速道路を走っている。


 シルバーウイークという連休中だが、朝が早いこともあり、車の量は少ない。


 運転は、普段ポンコツとは思えないくらい超安全運転だ。とても上手。一番最初に乗った時はハラハラドキドキしたけど、すぐにリラックスするくらい桜先生の運転は上手かった。


 今日も高速道路を安全に運転している。


 俺と後輩ちゃんは後部座席に大人しく座っている。


 朝から超早起きして、テンションMaxではしゃいでいた後輩ちゃんは、桜先生の運転で安心したのかすぐに眠ってしまった。俺の肩に頭を預けて気持ちよさそうに寝ている。


 スゥスゥと規則正しい寝息が耳元で囁かれる。甘い香りが心地良い。



「ねえ、弟くん! さっきから妹ちゃんの声が聞こえないんだけど!」



 運転席から桜先生の声が飛んでくる。


 そりゃそうだ。だって後輩ちゃんはおねんね中だから。


 さっきからずっと俺と桜先生で喋っていた。普通に喋っていても後輩ちゃんは起きていない。スヤスヤと夢の中だ。



「後輩ちゃんはずっと寝てる」


「えっ!? ………ごめんなさい。全然気づかなかったわ」



 桜先生が音量を抑えて、コソコソと囁いてくる。一瞬だけミラーを見て、後部座席を確認した。



「まあ、普通に喋っていても起きないと思う。熟睡しているみたいだから」



 俺は人差し指で寝ている後輩ちゃんの頬をツンツンと突いた。ぷにぷにでモチモチのお肌が気持ちいい。今度もっと触らせてもらおう。頬ずりするのもいいかも。



「それならいいけど。でも、ちょっと音量を落として喋るわね」



 車が高速道路をビュンビュン走って行く。目的地までまだ少しかかりそうだ。


 少し車が走って、桜先生が質問してきた。



「ねえ、弟くん? 二人のことを聞いてもいい?」


「俺と後輩ちゃんのこと?」


「そう! 私が知らないこととか!」



 あぁー。中学時代ってことか。桜先生は当然知らないよなぁ。


 ふむ。後輩ちゃんは寝ているけど、それくらいは語ってもいいか。暇つぶしにはなるだろう。



「二人は出会ってからずっとイチャイチャしてたの?」


「してない! 全然してないから!」


「えぇー! 嘘よー!」



 いやいや。出会った当初は普通の関係だったって。


 イチャイチャするようになったのは、後輩ちゃんが俺の隣の部屋に引っ越してからだ!


 俺は手を繋いでいる後輩ちゃんの手を軽く撫で、過去を思い出しながら話し始める。



「後輩ちゃんと最初に出会ったのは、後輩ちゃんの中学の入学式だったな。楓が上靴を忘れて、俺が届けに行ったとき、丁度靴箱で楓と喋っていたのが後輩ちゃんだった」


「ほうほう。それで躓いて押し倒したと」


「躓いていないし押し倒してない! 普通にチラッと見かけただけだ! ………………一目惚れしたけど」


「きゃー!」



 桜先生の歓喜の悲鳴が車の中に響き渡る。ハンドル操作には気をつけてくださいね。


 後輩ちゃんが僅かに身動きし、またスヤスヤと眠り始める。


 興奮した桜先生が運転席から興味津々のオーラを放ち始める。



「もっと詳しく!」


「はいはい。出会った時の後輩ちゃんは今よりもっと幼かったな。でも、普通の女子よりも大人びていた感じがする。その時から可愛くて超人気だったよ」



 中学に入学した時から、告白が絶えなくて大変そうだった。本人は嫌そうだったけど。何度も突撃してくる人もいたらしいし、強引に迫る人も多かった。


 今考えれば、もっと守ってあげればよかった。後悔が心の中を渦巻く。



「そして、第一週目はそれっきりだったな」


「ほうほう。第一週目は、ね」



 意味ありげに言ったら、桜先生が食いついた。僅かに見える運転中の桜先生の顔がニマニマと笑っている。運転中じゃなかったら、我慢ができなくて迫ってきていただろう。



「そうなんだよ。あの日は忘れられないよ。一週目が終わった週末、後輩ちゃんがウチに遊びに来たんだ」


「おぉー!」


「妹の楓と遊ぶ約束をしていたらしくて、家に来たんだけど、丁度楓が急に用事で少しの間家を空けていたんだ。で、家には俺しかいなかったから後輩ちゃんを対応したんだけど、第一声が何だったと思う?」


「告白とか?」



 いやいや。俺たちこの間の夏休みに初めて告白したんだけど。


 流石に第一声で告白はありませんでした。



「『先輩! 私と楽しいことして遊びましょう!』とナンパされました」


「妹ちゃんらしいわね」



 うんうん。後輩ちゃんらしい。楓に家に上がって待っているように言われていたらしいけど、初対面の俺にそういうことを言うのは後輩ちゃんくらいだろう。


 まあ、結構緊張していたみたいだけど。



「その後、家に上がった後輩ちゃんは、楓の部屋じゃなくて何故か俺の部屋に行き、俺が飲み物を準備している時を見計らって、家探ししていました」


「当然ね! エロ本探し! 定番よ!」


「当然なのかよ……。んで、何もなかった後輩ちゃんは、嬉しさと残念さが入り混じった顔をしていました。そして、楓が帰ってくるまでの暇つぶしとして、俺の本棚から勝手に本を取り、俺のベッドに寝転んで、くつろいでいました」



 思い出せば思い出すほど、あの時の後輩ちゃんも今と変わらないんだけど。


 警戒心はどうなっていたのだろう? あの時は呆れて何も言わなかったけどさ、神経図太すぎ。俺に襲われても文句は言えなかったぞ! まるで誘っているかのようじゃないか!



「弟くんは妹ちゃんに何かしたの?」


「いや全然。普通に俺も座って読書してた」


「ヘタレ」


「なんでっ!?」



 何故か桜先生のヘタレって罵倒された! ほぼ初対面の女子に何かするほど俺は馬鹿じゃないぞ!


 俺が大声を上げたことで、後輩ちゃんがビクッとして起きてしまった。半開きの目でキョロキョロと周りを確認する。



「ふぇっ!?」


「あっ。ごめん。起こしちゃった」


「ふぇ~? ………………お腹しゅいた」


「あら? 朝ごはんは途中で食べる予定になっていたわね。丁度サービスエリアがあるから、休憩しましょ! ヘタレの弟くんもそれでいいわよね?」


「ヘタレって………それでいいよ! 好きにして!」


「はーい!」



 桜先生の運転する車がサービスエリアに入っていく。


 眠そうな後輩ちゃんは、顔を俺の身体に擦り付けてスリスリしている。クンクンと匂いも嗅ぎ、気持ちよさそうにしている。


 こうして、サービスエリアで休憩となり、俺と後輩ちゃんの出会いの話は、一時的に中断したのだった。


 その後、何だかんだあって今回の旅行中では、これ以降、中学時代の話が話題に上がることはなかった。



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