第167話 生贄の先輩
真っ暗な部屋の中に、蝋燭の明かりが、ボワっと輝いている。
部屋の中央には縛られた生贄、もとい先輩が手足を縛られて横たわっている。
先輩の意識はない。混浴露天風呂で気絶したまま意識が戻っていない。
先輩を囲うように蝋燭が置かれ、その周りを黒いローブを着た人たちが座っている。
立っているのはたったの二人。黒いローブを被り、骸骨のお面を被った人物が、生贄の先輩の周囲を、呪文を唱えながら歩き回っている。
「レタヘ~! レタヘ~! シナジクイ~! レガイワカ、ヲ、シタワイイワカ!」
「「「「「レタヘ~! レタヘ~! シナジクイ~! レガイワカ、ヲ、シタワイイワカ!」」」」」
黒いローブを着て座っている人物たちが呪文を復唱する。
「レタヘ~! レタヘ~! シナウョジンコ~! レガイワカ、ヲ、ネアナイレキ!」
「「「「「レタヘ~! レタヘ~! シナウョジンコ~! レガイワカ、ヲ、ネアナイレキ!」」」」」
「んっんぅ~」
おっと? 声がうるさかったのか、生贄の先輩が気が付いたようだ。
薄っすらと目を開けた先輩は、魔女のサバトに気づいて、目をぱちぱちさせる。
先輩の周りを歩いていた骸骨フードの二人が先輩を見下ろした。
「え? へっ? ふぇっ? いぃぃぃやぁぁあああああああああああああ!」
ホラーが大っ嫌いな先輩が顔を真っ青にして可愛い悲鳴を上げる。
流石ヒロイン属性の乙女先輩だ。女の私よりも可愛い声だ。
手足を縛られて身動きが取れないことに気づいた先輩が絶望する。
涙目になって震えながら助けを求める。
「こ、後輩ちゃ~ん! た、たしゅけてぇ~!」
「はいはーい!」
助けを求められた私は、骸骨マスクをスポッと脱ぎ捨てる。
そう! 先輩の周りを呪文を唱えながら歩いて、見下ろして怖がらせていたのは私、葉月こと後輩ちゃんでした!
涙目の先輩がポカーンと固まる。
「こ、後輩ちゃん?」
「はい。先輩の超絶可愛い後輩ちゃんです。どうしましたか?」
「えっ? いや、何やってんの? そして、俺、どうしてこうなってるの? 確か混浴露天風呂に女子たちが乱入してきて、後輩ちゃんの胸を………」
「そ、それ以上は言わないでくれるとありがたいです。恥ずかしいので」
さ、流石に思い出しただけでも恥ずかしい。先輩におっぱいを見られるなんて……。でも、グッジョブ私! 超絶頑張った!
顔を真っ赤にしながらも困惑している先輩に説明してあげましょう!
「まず、先輩は鼻血を噴き出し気絶しました。ドゥーユーアンダースタン?」
「オ、オーケーオーケー」
「そして、気絶した先輩をみんなで介抱して、身体の隅々まで拭いて、浴衣を着せて、女子のお部屋へと運んできました。いやー、脱力した人間って重いですよねぇ。みんな腕がパンパンですよ!」
「それはごめん………………えっ? ということは、俺、裸見られた? 女子全員に身体の隅々まで見られちゃった? ちょっと待って! なんか今、股の辺りがスース―するんだけど! もしかして、下着穿いてない!?」
先輩の股の辺りは……浴衣が乱れているけど、ギリギリ見えていない。下着は……見えないなぁ。
そしてもちろん、女子全員でフキフキしてあげましたよ! 私の先輩なのに……むぅ!
ちょっとした私の嫉妬は置いておいて、今は先輩への説明だ。
「そんな些細なことはともかく!」
「俺にとっては重大事件だよ! というか解け!」
先輩が暴れはじめた。あぁ~、そんなに暴れると見えちゃいますよ。ポロリしてしまいますよ。いいんですか? いいんですね?
はいそこ! 先輩の浴衣の中を覗き込まないで!
キッと睨みつけて淫乱な女子たちを牽制しながら説明する。
「まだまだ先輩の拘束を解くわけにはいかないんですよね~。儀式の最中なので」
「………ぎ、儀式?」
先輩が急に大人しくなった。自分の状況を思い出したのだろう。自分を取り囲む蝋燭とローブを被った奇妙な女性たち。骸骨のマスクを被った一人の女性。
ガクガクブルブルと震え始める。
「こ、こここここ後輩ちゃん?」
「はい。先輩の超絶可愛い後輩ちゃんです」
「何やってるの? 何の儀式?」
「夏のお泊りと言えば、そう! 百物語!」
「いぃぃぃやぁぁあああああああああ! 勘弁してぇぇぇええええええ!」
先輩が恐怖で絶叫する。
百物語と言えば、ホラーだけど、私たちの百物語はちょっと違うんだなぁ。
まあ、先輩には教えてあげないけど。だってそのほうが楽しいから!
あぁ…怖がる先輩が可愛い…。
骸骨のマスクを被った人が怖がる先輩の顔を覗き込んだ。先輩が顔を真っ白にする。今にも気絶しそう。
「おっと、これ以上は先輩が気絶しそうだから、マスク取って! みんなも顔出して!」
「はーい!」
スポンっと骸骨のマスクを脱いだのは、みんな大好きお姉ちゃん!
周囲に座っていた黒いローブの女性陣も顔を出し始める。みんなクラスの女子たちだ。
「じゃじゃーん! 弟くんのお姉ちゃんでした! どう? びっくりした?」
「………恨むぞ姉さん」
「弟くん可愛かったわよー!」
うんうん。先輩の怖がる姿って可愛いよね。
さてさて。そろそろ草木も眠る丑三つ時。時間的にはぴったりだ。
「では、百物語の続きをしていきましょうか」
「ちょっと待って後輩ちゃん! 俺は嫌なんだけど! お断りするんですけど! 早くこれを解いて!」
「却下しまーす! 先輩、夜はまだまだ長いですよ。今夜は寝かさないぜ!」
私は、キラーンと輝く笑顔でいるに違いない。ついでにサムズアップをする。
『今夜は寝かさないぜ』というセリフを、一度言ってみたかったんだよね。
先輩の顔が絶望に染まった。潔く抵抗も諦めた。
ではでは、呪文を詠唱して、百物語の続きをしていきましょう。
「レタヘ~! レタヘ~! シナジクイ~! レガイワカ、ヲ、シタワイイワカ!」
「「「「「レタヘ~! レタヘ~! シナジクイ~! レガイワカ、ヲ、シタワイイワカ!」」」」」
私の呪文と、復唱する女子の声に先輩がビクッとした。
今度はお姉ちゃんが呪文を唱え始める。
「レタヘ~! レタヘ~! シナウョジンコ~! レガイワカ、ヲ、ネアナイレキ!」
「「「「「レタヘ~! レタヘ~! シナウョジンコ~! レガイワカ、ヲ、ネアナイレキ!」」」」」
呪文の詠唱は続く。
「レタヘ~! レタヘ~! シナジクイ~! レガイワカ、ヲ、シタワイイワカ!」
「「「「「レタヘ~! レタヘ~! シナジクイ~! レガイワカ、ヲ、シタワイイワカ!」」」」」
「レタヘ~! レタヘ~! シナウョジンコ~! レガイワカ、ヲ、ネアナイレキ!」
「「「「「レタヘ~! レタヘ~! シナウョジンコ~! レガイワカ、ヲ、ネアナイレキ!」」」」」
「もう嫌ぁぁぁああああああああああ! 助けてぇぇぇええええええ!」
泣きそうな先輩の叫び声。
さあさあ先輩! 朝まで悶え苦しむがいい! 私も先輩を愛でて悶えますから!
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