第160話 勝利の女神の後輩ちゃん
ビーチボールを使ってクラスメイト達が遊んでいる。
男女別々にビーチボールバレーをしているが、海風に流されて思うように飛んでいかない。まあ、それはそれで楽しそうだが。
俺と後輩ちゃんは近くのビーチパラソルの下で観戦していた。
白いワンピースを着たお嬢様姿の後輩ちゃんが、クラスメイト達に可愛らしく声をかける。
「みんなー! 頑張ってー!」
女子たちは笑顔で手を振って答え、男子たちは、うおー、と異様な闘志を燃やしている。余程後輩ちゃんの応援が嬉しかったらしい。やる気に満ち溢れながら遊んでいる。
それを見た後輩ちゃんは魔女のようなあくどい微笑みを浮かべる。
「ふっふっふ。これで男子からの視線が外れました。邪魔されることなく、思う存分先輩とイチャイチャできます」
「こ、後輩ちゃんが闇に堕ちてしまった…!」
「女の子は皆こんなものですよ? 表面上はニコニコ仲良しですが、裏ではキャットファイトです。先輩が聞いたらドン引きですよ。特に中学時代は大変でした」
や、やっぱりそうなのか? 思わず近くで休んでいる女子たちに視線を向けると、声が聞こえていた彼女たちはニッコリと微笑んだ。
ニッコリ笑顔と沈黙が答えだ。
女子怖い…女性って怖い…ガクガクブルブル……。
「まあ、ウチのクラスの女子たちは全員ズバズバと言うほうなので、裏の戦いはほとんどありませんね。付き合いやすくて助かっています」
「……ほとんどってことは少しはあるんだよな? それに、裏を返せば表の戦いはよくあるってことだよな?」
後輩ちゃんや近くの女子が輝く笑顔を浮かべた。
「答えを知りたいですか?」
「知りたくないです!」
俺は即答して首を横にブンブンと振る。
怖いから絶対に聞きたくないです! ホラー以上にドロドロして怖そうだから絶対嫌!
後輩ちゃんが俺の反応を見て小さくクスクスと笑う。その仕草がとても可愛らしかった。
俺は後輩ちゃんに見惚れてボーっとしていると、殺気のようなものを感じた。何かが迫ってくる!
咄嗟に後輩ちゃんを抱きしめ、裏拳でその何かを弾き飛ばす。
「ひゃっ!? せ、先輩っ!?」
拳に感じたのは柔らかなゴムの感触。ビーチボールだ。
俺たちのほうにボールを打ち込んだであろう男子たちと視線が合う。
お互いに瞳が笑っていない笑顔で笑い合う。
「いやー、すまんすまん。手が滑った」
「そうか。次から気をつけろよ」
「おう!」
再び男子たちがビーチボールバレーを始めた。チラチラと俺たちがいちゃついていないか確認してい
ちっ! 少しは可愛い彼女の後輩ちゃんといちゃつかせろよ!
「せ、先輩!」
背後から後輩ちゃんの声が聞こえた。振り向くと、頬を朱に染めたウルウルした瞳の後輩ちゃんと目が合った。
「大丈夫だったか? 咄嗟に押し倒しちゃったけど」
「は、はい。大丈夫ですけど、大丈夫じゃないです!」
「どうかしたのか!?」
後輩ちゃんの顔が真っ赤になっていき、プルプルと震え始め、限界を迎えた後輩ちゃんが叫んだ。
「せ、先輩がかっこよすぎてキュンキュンしちゃったじゃないですかぁぁああああ! 突然本気を出さないでくださいよぉぉおおおおおお! 不意打ちは卑怯ですってばぁぁああああああ! ばかぁあああああああああ!」
そ、そうですか…。それは…よかったです? だ、だから取り敢えずポコポコ叩くのを止めてください。後輩ちゃんが可愛すぎて俺がキュンキュンしてしまいますから。
「ヤバいわー。今のは余波であたしたちもキュンキュンしたんだけど……」
「アレを至近距離で受けたらどれほどの刺激が……? ゴクリ…興味はあるけど怖い……」
「漫画でありそうなシチュエーション……憧れる…いいなぁ」
なんか近くにいた女子たちが羨望と畏怖の視線を俺たちに向けている。どうしたのだろうか?
「ねえ? 颯くん。ちょっとお願いがあるんだけど」
俺がポコポコ叩いてくる後輩ちゃんをなだめていると、女子の一人から声がかかった。
「日焼け止めクリーム、塗ってくれない?」
はっ? 何を言っているのだろうか? って、ビキニの紐をほどいて、外れかかった水着を手だけで支えているし! 火照ったような熱い眼差しだし、どうしたんだ!? 熱中症でおかしくなったか!?
周りの女子も、私も私も、と何故か水着を脱いでいく。近くに男子の俺がいるんだが!? 刺激が強すぎるから止めてください!
ポコポコと俺を叩いていた後輩ちゃんが、キッとその女子たちを睨む。
「そんなの自分で塗って!」
「えぇー! 颯くんがいい! 今の余波で身体が火照ってるの! 慰めて! 責任取って!」
「人の彼氏を誘惑するな―! 戦争だー!」
後輩ちゃんが水着が外れかけの女子たちに突撃していく。そして、日焼け止めクリームを奪い取ると、乱暴にペチペチ手形をつけるように叩きながら塗っている。瞬く間に女子の背中が真っ赤になった。
「
「人の彼氏を誘惑した罰です! 彼女からの暴力という名の制裁です!」
「
「誰がお姉さまだ! このこのっ!」
お尻をビシバシ叩く後輩ちゃんと、少し恍惚として嬌声を上げ始める女子。そして、後輩ちゃんに叩かれる女子を羨ましそうに眺める女子。
なんかカオスだ。これが表の女同士の戦いか? まあ、仲良さそうだから放っておこう。
「ねえ? 何が起こっているの?」
ビーチボールバレーで遊んでいた女子と、得点係の桜先生が戻ってきた。
俺は問いかけてきた桜先生に答える。
「女子同士のスキンシップみたい…」
「あぁ! なるほど!」
桜先生をはじめとする女子たちが納得の表情を浮かべる。やっぱり納得するような出来事なのか。後輩ちゃんも楽しそうだし。
そして、不意に襲ってくる殺意。俺は振り返って、迫りくるビーチボールを難なくキャッチする。
男子の、瞳が笑っていない笑顔から、舌打ちが漏れる。
「二度目だぞ? 危ないなぁ」
ボールを片手でポンポン弾ませながら俺は笑顔で注意する。
「いやー、すまんすまん。本当は殺したかったんだが」
「ほう? 喧嘩を買ってやろうか? 戦争するか?」
「おっ? 乗り気か? 俺たち全員でボコボコにしてやるよ!」
普段ならスルーするところだが、スイカ割りの恨みがある。ちょっと本気でも出そうかな。丁度いい運動くらいにはなると思う。
「せんぱーい! 頑張ってくださーい! 頑張ったらご褒美あげます!」
俺の勝利の女神が別の女子のお尻をペチペチ叩きながら応援してくれる。
男子から濃密な殺意が溢れ出す。
…………ご褒美って、お尻ペンペンじゃないよね?
「じゃあ、私も頑張った人にご褒美あげるわ!」
何故かポンコツ教師の姉も参戦してくる。それと共に、男子から猛烈なやる気が迸る。
…………桜先生も一緒にお尻ペンペンしてこないよね? 不安だ。
俺は殺意とやる気に満ち溢れた男子全員の前に出る。
さてと、やってやりますか! 俺の女神と姉のご褒美のために。
「野郎ども! いくぞぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
「天罰だ! ぶっ殺せぇぇぇええええええええええええ!」
「死ねぇぇぇえええええええええええええええええええ!」
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!」
「ドッジボールだぜ! ヒャッハーーーーーーーーーー!」
はっ? ドッジボール!? ビーチボールで!? 聞いてないぞ!
後輩ちゃんの、先輩がんばれー、という声が聞こえてきた。
「俺は負けることは出来ないんだ! 後輩ちゃんのご褒美のために!」
それに、彼女の前では格好つけたいじゃん。頑張る理由はただそれだけ。
「「うおぉぉおおおおおおおおおお!」」
俺対男子全員の、女神のご褒美をかけた白熱したドッジボール戦争が勃発した。
俺たち男子は、白い砂浜で女子たちの応援を受けながら、ご褒美のためにひたすら戦争していたのだった。
えっ? 戦争はどっちが勝利したのかって?
俺の頬に二人の女神によるキスが施されたとだけ言っておこう。
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