第118話 SOSと後輩ちゃん

 

 お盆休みも残り少なくなった。明日には一人暮らし……ではなく、三人暮らしになっている部屋に戻る予定だ。実家でのんびりするのも残りわずかだなぁ。


「ふぅー。今日の朝ごはんも美味しかったわぁ」


 幸せそうな桜先生が、ソファに座っている俺の太ももを枕にして寝転んでいる。昔から住んでる、みたいな雰囲気を醸し出し、宅島家にどっぷりと染まっている。


「流石お兄ちゃんだねぇ」


 俺の反対の太ももには妹の楓が枕にして寝転がっている。そして、スマホをポチポチとしている。


「食べてすぐ寝たら牛になるぞ」


「なれるならなりたいよ!」


 びっくりしたぁ。突然、目から血の涙を流しそうに楓が叫んだからびっくりした。いきなりどうしたんだ?

 楓は慎ましやかな胸を触っている。


「乳牛みたいにおっぱいがバイーンってなりたいよ! ねえねえ! 寝てたらおっぱい大きくなるかな? なるよね? ねえお兄ちゃん!? なるって言ってよ!」


 必死な形相で見上げてくる楓の瞳から視線を逸らす俺。ごめん。胸は大きくならないと思う。

 楓の顔が絶望に染まった。


「う~ん。これ以上おっぱいが大きくなるのは困るなぁ」


 桜先生が自分の胸を触っていろいろと確かめている。寝そべっていても形が崩れないその張りはすごいけど、今この場でそういうことをしないほうがいいと思う。

 だってほら。


「うわ~ん! お姉ちゃんのばかー! 揉んで吸収してやるー!」


「きゃあっ!」


 ということで、楓が桜先生に飛び掛かり、胸を揉み、顔を擦り付け始めた。実家に帰ってきてからよく見る光景だ。楓と桜先生の過激な触れ合い。俺のいないところでやって欲しいなぁ。


「あれっ? そういえば葉月ちゃん来てないね」


 両手で揉みながら幸せそうに桜先生の胸に顔を埋めている楓が言った。なお、桜先生は楓のテクにより悶絶中だ。そのエロい声をやめて欲しい。


「本当だ。後輩ちゃん来てないな。お盆中はいつの間にかウチにいたのに」


 後輩ちゃんはいつの間にか自然と宅島家にいたのだ。自分の実家並みに自然としているんだよなぁ。冷蔵庫から飲み物取ったり、時々盗み食いしているし。誰も気にしないけど。

 後輩ちゃんのことを考えていたら、ピロリンと俺のスマートフォンが鳴った。後輩ちゃんからのメッセージだ。


「なになに? 『SOS』だって?」


「SOS!? 妹ちゃんどうかしたの!?」


 嬌声を上げていたポンコツの姉はやっぱり姉だったようだ。妹である後輩ちゃんを心配し始める。


「あぁー。美緒お姉ちゃん。これは違うと思うよ。『んぱい! もいっきり て!』のSOSだよ」


「楓!? 何言ってんだ!?」


「何ってナニ?」


「あぁ~! なるほどぉ~!」


「姉さんも納得しないで!?」


 後輩ちゃんがそんなこと言うわけ………あるな。でも、今回のSOSは絶対に違うと思う。別のことだ。


「でも、妹ちゃんなら『んぱい! そってください! ぐに!』って言うと思うの」


「なるほどぉ~!」


「絶対違うから!」


 まあ、後輩ちゃんなら言うかもしれないけど。高確率で。

 でも、俺にはわかる。そういう関連のSOSじゃないことが!


「じゃあ、お兄ちゃんは葉月ちゃんが何を伝えたいのかわかるの?」


「ああ。『んぱい! 部屋の掃除に来てください! ぐに!』のSOSだな」


「「あぁ~! なるほどぉ~!」」


 お盆期間中は実家に帰っている後輩ちゃん。日中は宅島家に来ていたけれど、夜は自分の家に戻るのだ。あの家事能力皆無の後輩ちゃんなら、ここ数日でお部屋を汚部屋にしているに違いない。絶対になっている。

 しかも、明日は向こうのアパートに戻るのだ。掃除するチャンスは今日しかない。だから、SOSを送ってきたのだろう。

 丁度ピロリンとスマートフォンが鳴る。再び後輩ちゃんからだ。


「『SOSというのは”先輩! お部屋のお掃除に来てください! すぐに!”の頭文字をとってSOSです。というわけで、よろしくお願いしまーす♡』だって。なっ? 俺の言う通りだったろ?」


 俺は楓と桜先生に向かってドヤ顔をする。どやぁ!

 ドヤ顔を見た楓と桜先生は二人で見つめ合って、同時に言い放った。


「愛の力ね!」


「愛の力だね!」


「う、うっさい! そこは以心伝心って言え!」


「あんまり変わんないと思うよ、お兄ちゃん」


 そうだな。楓の言う通りあんまり変わらないな。

 さてと、愛しの後輩ちゃんからのお誘いだ。掃除をしに行こうかな。いろいろと準備してから行かないと、最悪の場合魔界になっているだろうからな。


「二人とも逝くか?」


「ちょっと待ってお兄ちゃん! なんか文字が違う気がするんだけど! 私は絶対に行かないからね! あの魔界は人が踏み入ってはいけない領域なんだよ! 勇者であるお兄ちゃんは大丈夫かもしれないけど、私のような凡人には無理! 魔王がいる魔界なんて行かない! 死にたくない!」


 楓が顔を真っ青にして、ガクガクブルブルと桜先生の胸に顔を押し付けて震えている。そんなに嫌なのか? そこまで酷くなっていないと思うけど。たった数日だし。


「一応姉さんも魔界の住人というか、ジャージの魔王なんだけど」


「大丈夫! 今はお兄ちゃんによって浄化されてるから! 私はお姉ちゃんの巨大なおっぱいに顔を埋めるので忙しい!」


「あらあら。じゃあ、お姉ちゃんも家にいるわね。妹ちゃんによろしく!」


「へいへい。了解しました。一人で行ってきます」


 というわけで、後輩ちゃんの実家の部屋のお掃除に行くことになりました。

 さて、どれほど汚部屋になっているかなぁ。

 後輩ちゃんに会えるという楽しみと、どのくらい悲惨な部屋になっているのかという不安で、心が非常に複雑です。

 覚悟を決めて掃除をしに行くか。頑張ろう。









<おまけ>


「お兄ちゃん! 掃除する対価として葉月ちゃんを襲ってきたら?」


「妹ちゃんも喜ぶと思うわよ?」


「「ガンバ!」」


「ガンバじゃねー! そんなこと絶対にしないから!」


「「ヘタレ!」」


「うっさい!」

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