第101話 家出した俺

 

「今日の分のお昼ご飯は用意してあるから。冷蔵庫の中に入っているからね。パンもある。缶詰もある。インスタントもある。三日間頑張ってくれ」



 俺は抱きついている後輩ちゃんに言った。


 今から俺は三日間家出する。最近調子に乗っていた後輩ちゃんと桜先生に罰を与えるのだ。三日間俺なし生活。辛い三日間になるだろう。



「むぅ~~~~~~~~~! 行っちゃダメです!」



 俺も物凄く行きたくないけれど、これは俺自身の試練でもあるのだ。


 後輩ちゃんの頭をポンポンと叩く。



「たったの三日だから、な?」


「嫌です。謝るから許してください。何でもしますから!」



 何でも? 今何でもするって言った? じゃあ、あんなことやこんなことも? と考えてしまうけど、エロいことは後輩ちゃんが気絶するから出来ない。



「じゃあ、三日間頑張ろう!」


「………………先輩のいじわる」



 涙目で見つめてくる後輩ちゃん。ドキッとするほど可愛くて、猛烈に後悔が襲ってくる。


 別の罰にすればよかった。昨日の俺のバカ! あほ! ヘタレ!


 荷物を持った俺は、抱きついている後輩ちゃんを玄関まで引きずる。ようやく諦めた後輩ちゃんが離れた。後輩ちゃんが泣いている。



「ぐすっ……三日間だけ……我慢します…ぐすっ…早く帰ってきてください」


「……あぁ…行ってくる」



 後輩ちゃんにキスをして、心の中で『これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ。これは罰なんだ』と自分に言い聞かせる。


 後輩ちゃんの泣き顔を見て、後悔で死にそうになるけど、心を鬼にして部屋を出た。


 ガチャリ、と背後で閉まったドアの音が虚しく消えていった。そして、突如襲ってくる喪失感・寂寥感・空虚感・孤独感・虚無感・罪悪感。


 今すぐ振り返って扉を開けて、後輩ちゃんを抱きしめたくなる。


 しかし、何とか堪えてある人物に電話をかける。



『もしもーし! 颯どうした? 義姉ねえさんと喧嘩でもしたか? それともヤッちゃった?』



 裕也の楽しそうな声が聞こえてくる。



『それとも家出か? 家出するなら部屋を提供するぞ?』


「ああ。頼む。三日間泊めてくれ」


『だよなぁ。家出なんかするはずないよなぁ………………………………はい? 今なんて言った?』


「家出するから三日間泊めてくれって言った。今から行くからよろしく」


『はぁっ!? お前っ! ちょっと話を聞か…』



 言葉の途中でぶちっと切る。即座に電話がかかってきたけど無視して歩き出す。アポイントメントは取った。後は裕也の家へ行くだけだ。


 こうして、やりたくはないけど俺の家出が始まった。



 ▼▼▼



「あぁ~後輩ちゃん大丈夫かなぁ? ちゃんとご飯食べてるかなぁ。着替えはちゃんと籠に……入れるわけないなぁ。ちゃんとポットにお湯が入っているけどちゃんと使えるかなぁ。大丈夫かなぁ。泣いてたし、大丈夫かなぁ」


「ああもううっさい! そんなに言うなら帰れよ!」



 裕也の苛立った声が部屋の中に響く。裕也が苛立つなんて珍しい。何かあったのか? 折角のイケメン顔が台無しだ。俺でよかったら相談に乗るんだけど。どうせ楓関連だろうし。



「いや、俺の怒りの原因はお前だからな颯! とぼけた顔するな!」



 俺は全く心当たりがないのだが。あぁ~後輩ちゃん大丈夫かなぁ。


 俺は今、裕也の家にお邪魔していた。三日間の家出。なかなか過酷だ。もう限界がきそう。


 後輩ちゃん元気してるかな? ちゃんとご飯食べてるよね? あぁ~心配だ。



「なぁ? もう何日も家出してますっていう悲壮感を漂わせているが、まだ俺んちに来て40分だぞ。さっさと帰れよ! ずっと義姉さんのこと心配してるし、今も連絡取り合ってるだろうが!」


「裕也。これは俺に対する試練でもあるんだ」


「お、おぉ。何その世界を救うために魔王に挑みかかる直前の勇者のような顔は?」


「これから先、仕事の出張などで後輩ちゃんと離れることがあるだろ? その時に、俺が後輩ちゃんと離れて暮らせるか、ということを試す試練なんだ。あぁ…ヤバい。もう心が折れそう。後輩ちゃん大丈夫かな」


「いや、数カ月前まで離ればなれで暮らしてただろ?」


「…お前も楓と同棲したらわかるぞ。一瞬でも離れたくないというこの気持ちが」


「重症だな。熱ないよな? うん、熱はないな。頭のねじが外れたか?」



 何やら額に手を当てたり、頭を叩いたりしてくるけど、裕也はどうしたのだろう? 熱があるのか? それとも頭のねじが一本外れたのだろうか?


 まあ、頭のねじが一本外れたところで害はないか。こいつは元から一本外れてるし。



「うぅ…後輩ちゃん成分が足りない。枯渇して死にそう」


「夏の暑さで頭がやられたみたいだな。いや、恋の熱か? こういう時は楓ちゃんに連絡だ。………………もしもし? 楓ちゃん? 颯が家出してきて超うざいんだけど、どうしたらいいと思う? ……あっ、やっぱり楓ちゃんも義姉さんからのメールがすごいことになってるの? このバカップルどうしよう。マジで颯がうざい。………………はぁ、わかった。しばらく我慢する。………いやいや。楓ちゃんが謝らなくても、こいつらが悪いんだから。いや、今回は颯のバカが悪い。後で殴っておくから大丈夫。………うんうん。愛してるよ。じゃあね」



 何やら裕也が電話をしていたらしいけど、後輩ちゃんを心配する俺の頭には入ってこない。あぁ…後輩ちゃん大丈夫かな。寂しいよ。早く会いたい。



「早く帰れ!」


 バコンッ!


「後輩ちゃん……大丈夫かなぁ」


「うわぁ~。結構強めに殴ったのに全く反応なしかよ。こりゃダメだ」



 呆れて裕也が部屋から出て行ったことにも気づかず、俺はただひたすらに後輩ちゃんのことを心配していた。


 もちろん、ほんの少しだけ桜先生のことも心配していた。先生も立派な俺の家族だから。まあ、ほとんど後輩ちゃんの心配をしていたけど。


 あぁ…二人が心配だ。俺なしで大丈夫かなぁ?



 三日間の予定の俺の家出。


 結局、次の日の午後にはギブアップした。

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