第90話 花火大会と後輩ちゃん その4

 

「お兄ちゃん! ユウくん! 覚悟はいい?」



 寝室の扉がちょっと開いて、楓の大声が聞こえてくる。


 後輩ちゃんと桜先生と楓の女性三人は、何やら着替えるために寝室に閉じこもっていたのだ。閉じこもってかれこれ30分以上経っている。


 裕也とゲームしていた手を止めて、俺は女性陣が出てくるのを楽しみに待つ。



「いいぞー!」


「なあ! 颯楽しみだな! 楓ちゃんも絶対可愛いだろうなぁ。おっと、お前は義姉さん目当てだったか。胸の大きな美緒ちゃん先生も楽しみだな」


「ユウくぅ~ん? 聞こえてるからね」



 地獄から響くような冷たい声が寝室の扉の隙間から聞こえてくる。イケメンの裕也の顔が恐怖で真っ青になった。


 制裁決定。ご愁傷様です。



「では、今からファッションショーを開催いたしま~す! エントリーナンバー1番! 宅島楓! テーマは『花のように可愛い天真爛漫な妹』です」



 楓が寝室からファッションショーのように歩いてきた。俺と裕也は拍手で出迎える。


 楓はピンク色の花柄の浴衣を着ていた。いや、今は甚平というやつなのか? 俺はファッションに詳しくないからわからないけど、楓のすらっとした白い素足が眩しい。隣の裕也は大興奮。


 俺たちの前で立ち止まった楓がクルッと一回転して、最後に惜しげもなく披露した素足をアピールして可愛らしくウィンク。


 隣の裕也が胸を撃ち抜かれて床で痙攣している。



「じゃじゃーん! どうだ! 可愛いでしょう?」


「ああ、似合ってるよ楓。本当に『花のように可愛い天真爛漫な妹』だな。可愛いよ」


「うふふ。ありがとお兄ちゃん。で、私の彼氏君はどうなのかな?」



 ピクピク痙攣していた裕也が復活する。



「はっ!? 天使だ。俺の彼女は天使だった。マジで可愛いよ! 最高! 綺麗な脚がまたなんとも素晴らしい!」


「ユウくんありがとー!」



 嬉しそうに楓が裕也に抱きついて、二人がイチャイチャチュッチュを繰り広げ始める。


 俺の前で抱き合ってキスをしないで欲しい。妹と親友のラブラブなキスシーンなんか見たくないんだけど。


 チュポンッという音がして二人が離れる。



「でも、ユウくん? 彼氏ならお兄ちゃんよりも先に私を褒めてくれないとダメでしょ? お仕置きです!」


「あうぅっ!」



 うわー。楓が裕也の首筋に噛みついてる。そして思いっきり吸い付いてる。楓が離れた時には、裕也の首筋には真っ赤なキスマークがついていました。


 うわーないわぁー。あれ? そういえば、少し前に後輩ちゃんからキスマークをつけられたな。うん、後輩ちゃんならいいんだ。後輩ちゃんなら許す!



「あれ? 楓、お化粧も変えたのか。だから時間がかかったのか?」


「むふふ。流石お兄ちゃん! よく気づきましたね! 後の二人も期待しておいて! 私、頑張りました!」



 楓が得意げにサムズアップしてくる。それと同時に、お化粧にに気づかなかった裕也の首も絞めてるけど、裕也は大丈夫か? ギブアップをアピールしてるけど?



「さて、お次はお姉ちゃんの番です!」



 あっ、裕也のことはスルーするのね? 南無阿弥陀仏。


 寝室から恥ずかしげな桜先生の声が聞こえてくる。



「エ、エントリナンバー2番。桜美緒。テ、テーマは『夜桜と綺麗なお姉ちゃん』」


 寝室から出て来た桜先生は浴衣姿でスタスタとお淑やかに歩いてくる。黒をベースにピンクと金で桜が描かれている浴衣だ。大人っぽい絵柄の浴衣と大人の色気を漂わせる綺麗な桜先生がマッチして、絶世の美女になっている。いつもはポンコツなのに。


 桜先生がクルリと一回転した。頭につけた簪がキラリと光り輝く。



「………綺麗だ」



 思わず声が出てしまった。それくらい桜先生は綺麗だった。いつも綺麗だけど、今は何倍も綺麗だった。


 俺の声が聞こえたのだろう。桜先生が嬉しそうに微笑む。



「うふふ。ありがと弟くん」


「うわぁ~。葉月ちゃんしか興味なかったお兄ちゃんがお姉ちゃんにときめいてる」


「だよなぁ~。でも、あれは仕方がない。俺も胸がときめいてドキッとしちゃったから…ふべしっ!」



 あ~あ。裕也が楓に殴られた。馬鹿だなあいつ。イケメンなのに。



「巨乳さんは浴衣が似合わないとかいうけど、全然そんなことないね。お姉ちゃんすごく似合ってるもん。でも、お姉ちゃんのおっぱいが大きくてちょっと大変でした」


「えっ? 何が?」



 聞くつもりはなかったのに、ぽろっと口から漏れてしまった。まあ、俺も男ですし、興味がないこともない。


 桜先生と楓がクイックイッと手招きしてる。俺は床で転がっている裕也を気にせず、桜先生へと近づいていった。



「まあ、こういうわけなのです」



 楓の言葉と同時に桜先生が胸もとを開けて見せる。急なことで目を逸らすタイミングを失った。



「えっ? …………サラシか?」


「そうなの! いやーお姉ちゃん初めて巻いたわよ。ブラだと浴衣の形が崩れちゃって大変でした」


「だから、胸もとをはだけさせたり、肩まで露出させたり、エロくできます! お兄ちゃんよかったね!」


「お姉ちゃん頑張るから!」


「頑張らなくていいから! 余計な気遣いをするな!」



 はぁ。頭が痛い。一体俺に何をしろというんだ。口に出したらよからぬ回答が飛んできそうなので黙っておく。



「さて、最後は葉月ちゃんだよ。お兄ちゃん覚悟はいい? すごいよ」



 後輩ちゃんはすごいらしい。俺は鍛え上げられた理性を総動員させて準備を行う。



「では妹ちゃんどうぞ!」



 ノリノリの桜先生の声を合図に、寝室から緊張した後輩ちゃんの声が聞こえてきた。



「エ、エントリナンバー3番。山田葉月。テーマは『先輩とお花見をする超絶可愛い後輩ちゃん』です」



 寝室から後輩ちゃんが出て来た。浴衣姿の後輩ちゃんを見た瞬間、俺の時が止まった。


 後輩ちゃんは青空のような水色をベースに桜の花びらが描かれている浴衣を着ていた。綺麗な浴衣が後輩ちゃんの可愛さを際立たせている。


 セミロングの黒髪はポニーテールで結ばれ、結んでいるのは俺が誕生日プレゼントであげたシュシュ。絶妙な加減で施されたお化粧が後輩ちゃんの可愛さと綺麗さを倍増させている。


 にっこり微笑む後輩ちゃんに見惚れてしまった。



「うふふ。どうかな? 私渾身の出来だよ、お兄ちゃん」


「ヤバいな。義姉さん可愛すぎ…げふっ!」


「妹ちゃん可愛いわぁ~!」



 周りが何か言っているけどどうでもいい。後輩ちゃん以外何も頭に入ってこない。


 後輩ちゃんがクルッと一回転して、最後にウィンクしながら可愛らしく俺に向かって投げキッスしてきた。俺の心臓ハートがマシンガンで撃ち抜かれる。いや、心臓ハートに核爆弾が撃ち落されたかも。



「先輩。どうですか? 可愛いでしょう?」


「………」


「あ、あれっ? 先輩? 聞こえてますかー?」


「………」


「おーいお兄ちゃ~ん? ダメだ。葉月ちゃんに見惚れて固まってる」



 何か目の前で手が振られているけど、思いっきり邪魔だ。後輩ちゃんがよく見えないだろ! その手をどけろ!



「あいたっ! もう! 手を叩かないでよ。こうなったら強制的に再起動させます。えいやっ!」



 バッコーンッと後頭部に猛烈な痛みが走った。痛みで俺は現実世界へと帰還する。



「ゲホッゲホッ!」


「ありゃま。お兄ちゃんは息も止めるほど夢中になってたみたい」


「うふふ。そんなに私に見惚れちゃったんですかぁ? まあ、先輩の後輩ちゃんである私は超可愛いから仕方がないですねぇ」



 ニヤニヤと揶揄ってくる後輩ちゃんの顔もいつもより何倍も可愛い。いつも可愛いけど、今日は理性が崩壊するほど可愛いのだ。


 理性が半分崩壊している俺は後輩ちゃんを優しく抱きしめた。そして耳元で囁く。



「ああ。物凄く綺麗で可愛いよ」


「ひゃぅっ!?」


「葉月」


「ひゃいっ!? んぅっ!? っ!?」



 顔を真っ赤にして身体を硬直させている後輩ちゃんにキスをした。もう我慢ができなかった。


 後輩ちゃんの甘い香りを楽しみながら、柔らかい唇を堪能する。リップクリームをつけているようだ。プルンプルンの唇が気持ちいい。



「ヒューヒュー! そのまま押し倒しちゃえ!」


「おぉ! あのヘタレの颯がキスしてるぞ! 録画録画!」


「きゃー! 弟くん妹ちゃん! きゃー! やっちゃえやっちゃえ!」



 何か雑音がうるさい。今は後輩ちゃんだけの世界になってくれ。俺はいらない音をシャットアウトする。


 後輩ちゃんもおずおずと抱きしめてきて、キスを返し始めた。そのまま俺たちは相手に身をゆだねて愛を確かめ合う。


 どれほどの時間が経っただろうか。俺は頬を赤く染めた後輩ちゃんからゆっくりと唇を離した。


 瞳がウルウルとして身体を火照らせている後輩ちゃんはとても色っぽい。今すぐにも理性が全て砕け散って押し倒したくなる。



「……………葉月」


「……………先輩」


「ぐへへ……初々しい。いちゃラブが尊い。ぐへへ……やれ! もっとやれ! あっ……鼻血が」


「おぉ~! いいぞいいぞ! そのまま告白だ! やれやれ! この動画、二人の結婚式で流してやろう! そうだ、そうしよう!」


「うはぁ~! お姉ちゃんよりも大人だぁ! もっとお姉ちゃんにラブラブを見せてぇ~!」


「あぁもう! うるさいなぁ! 静かにしろ!」



 俺が怒鳴ったらシーンと静まり返る。キラキラと期待した顔でじっと何かを待っている。俺は超気まずくなった。後輩ちゃんも何かを期待して待っている。



「あぁ~えーっと後輩ちゃん」


「は、はいっ!」


「綺麗で可愛いよ。思わず今すぐ押し倒したくなるくらい」


「は、はいっ!」


「それで、えーっと……○○だよ」


「………………はぁっ?」



 うわ~お。物凄く冷たい声。ヘタレた俺に失望した後輩ちゃんのじっとりとした、梅雨のジメジメよりも更にじめッとしたジト目が俺を襲う。ため息もついている。



「はぁ………ここまで来てヘタレますか。ここは告白の雰囲気でしたが、ヘタレますか。何故『す』と『き』の二文字なのに言えないんですか? 何故○○と伏せるんですか? はぁ………流石先輩というべきでしょうか? 呆れるほどヘタレですね。このヘタレ先輩!」


「いや、あの~、告白しようと思いましたが、外野がうるさくてですね……」


「言い訳ですか?」


「ごめんなさい。ヘタレてごめんなさい」



 後輩ちゃんの絶対零度の冷たい瞳と声だった。俺は即座に謝るしかなかった。凍えて死ぬかと思った。


 ヘタレて申し訳ございませんでした。



「もう! 折角のチャンスだったのに! また次の機会を楽しみにしてます。でも、たくさんキスしてくれないと許しません!」


「わかったよ、俺のお姫様」



 俺は再び後輩ちゃんの唇に優しくキスを施した。



「お兄ちゃんはヘタレだと思ってたけど、超絶馬鹿のヘタレだったね。ねえ? キスするのになんで告白しないの? 俺のお姫様って恥ずかしいセリフ言えるのに、なんで好きって言えないの?」


「颯が超絶馬鹿のヘタレだからじゃないか? いやーあれは俺でもないわぁー。義姉さんはよくこんなヘタレ野郎と一緒で我慢できるなぁ」


「うん、流石に弟くんダメだよ。後でお姉ちゃんがお説教しなきゃ!」


「ちょっとうるさいぞ!」


「「「「ヘタレ野郎は黙ってて!」」」」


「………はい。すんません」



 何気に桜先生も俺のことヘタレ野郎って言ってた。目の前の後輩ちゃんも言ってた。ヘタレ野郎でごめんなさい。



「はぁ……まあいいや。私たちのファッションショーは終わりです。次はお兄ちゃんとユウくんだよ!」


「よっしゃー! 楓ちゃん見ててね!」



 裕也が勢いよく立ち上がる。俺たちの分の浴衣もあるらしい。女性陣は目を輝かせている。



「あっ、俺は着ないぞ」


「はぁっ?」



 おぉぅ。楓からの、ものすっごい冷たい視線。思わず身震いをした。



「先輩? 着ないんですか?」



 まだ抱きしめている後輩ちゃんからの超至近距離の上目遣い。俺の理性がレッドゾーンに突入する。



「お兄ちゃんサイテー」


「颯のヘタレ」


「あっ、えーっと、弟くんの恋愛音痴、ポンコツ、あほー」



 いや、男性経験皆無のポンコツ教師に言われたくないんだけど。



「先輩、お願いします」



 後輩ちゃんからのおねだり。綺麗な瞳からキラキラビームが放たれている。いつもより何倍も可愛くて、俺の理性が残り1になる。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! さっきのは言葉が足りなかった。今は着ないっていう意味だ。俺は夕食の準備をしたりして汚れちゃうから、今は着ないということだ。夕食が終わったらちゃんと着替えるから!」


「「「「なるほど~!」」」」



 声を合わせるとか仲が良いなぁ。



「では先輩、楽しみにしてますね。チュッ♡」



 後輩ちゃんが可愛らしくキスしてきた。俺の理性が0になる。理性が崩壊したところで、脳が処理能力不足になる。



「あ、あれ? 先輩?」


「んっ? ありゃま。またお兄ちゃんが固まっちゃった」


「どうせ、理性がぶっ壊れてオーバーヒートしたんだろ」


「弟くんらしいというか、何というか…」


「「「「「はぁ……ヘタレすぎ」」」」」



 全員のため息は恋の熱暴走オーバーヒート中の俺には届かない。





 壊れた理性の修復不能。


 理性のバックアップをリロード中。


 再起動まで時間がかかります。


 しばらくお待ちください。

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