第73話 モフモフと後輩ちゃん

 

「たっだいまー! そして先輩、おかえりなさい!」


 ドアを開けて先に入った後輩ちゃんが、スルリと靴を抜いて振り返る。ファサァッとスカートが翻る。セミロングのポニーテールもユラユラと揺れた。花のような笑顔で俺を出迎えてくれる。とても幸せだ。

 最近はよく見る光景。後輩ちゃんは新婚の若妻見たい。後輩ちゃんが妻かぁ……とてもいいですなぁ。まだ、俺たちは付き合ってないけど。


「ただいま後輩ちゃん。そしておかえり」


「はい! ということで、ど、どうぞ」


 真っ赤な顔をした後輩ちゃんが目を瞑って軽く顎を上に向ける。キス待ちの顔だ。

 俺はヘタレないうちに後輩ちゃんの唇に軽くキスをした。ただいまのキス。頬にキスするのにも慣れていないのに唇にキスをするなんて恥ずかしい。とても恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 キスをされた後輩ちゃんがゆっくりと目を開けた。恍惚とした表情で唇を指で触っている。色っぽい。エロティックだ。


「あぁ…まさかこんな日が来るなんて…あのヘタレの先輩が…」


「ヘタレで悪かったな!」


「私としてはこのままベッドインしてもいいのですよ?」


「はいはい。ベッドインする前に手洗いうがい!」


「むぅ! 本気にしてませんね? まあいいです。手洗いうがいに行ってきまーす!」


 ちょっと拗ねた表情をした後輩ちゃんは、敬礼して手洗いうがいに向かった。その背中に向かって声をかける。


「着替えもしろよ!」


 後輩ちゃんが立ち止まって振り返る。


「えっ? 制服プレイは?」


「しないから! しわになったり汚れたりするから着替えろ!」


「あぁ! 私服で着衣プレイですね!」


 俺はジト目を後輩ちゃんに向ける。誰だ後輩ちゃんに必要ない知識を与えたのは!


「誰に聞いた? 楓か?」


「な、なんのことですかー? 楓先生からは何も聞いてませんよー!」


 ぴゅーぴゅーと器用に口笛を吹く後輩ちゃん。そうかそうか。楓先生ですか。後であいつを叱っておこう。って口笛上手いな!

 手洗いうがいと着替えをしてきます、と一目散に逃げだした後輩ちゃんを見送って、綺麗に靴を並べて俺は家にあがった。

 手洗いうがい、着替えなど全て終えた俺たちはリビングでくつろぐ。ちなみにベッドインはしていない。

 突然、後輩ちゃんが腰に手を当て仁王立ちした。


「先輩! モフモフしたいです!」


「モフモフならニャンコ先輩がいるだろ?」


 ニャンコ先輩とは俺が後輩ちゃんの誕生日に贈った猫のぬいぐるみだ。ぽっちゃりしたぶちゃいくの三毛猫だ。お腹の感触が気持ちいい。後輩ちゃんはよくニャンコ先輩を抱っこしてモフモフしている。

 でも、後輩ちゃんは寝室に置いてあるニャンコ先輩を取りに行こうとしない。


「今日モフモフしたいのはニャンコ先輩ではありません! 先輩をモフらせてください!」


「俺? モフモフするところないけど……」


「ぶっちゃけ先輩の頭をなでなでしたいだけです。というわけで、モフらせろ!」


 飛び掛かってきた後輩ちゃんを抱きしめ、大人しく言うことを聞いていく。背もたれにもたれかかった後輩ちゃんの開いた足の間に座り、後輩ちゃんのお腹辺りに頭を乗せる感じでもたれかかった。

 後輩ちゃんが俺の頭に手を置いた。そして髪を掻き乱す。


「わしゃわしゃ~わしゃわしゃ~」


「ご感想は?」


「とても楽しいです! モフモフ~モフモフ~」


 後輩ちゃんが楽しそうに頭を撫でてくる。

 何故だろう。犬を可愛がっている飼い主を連想させる。犬は俺で飼い主は後輩ちゃん。いつもは俺が後輩ちゃんをお世話しているはずなのに。

 しばらく頭を撫でていた後輩ちゃんは、今度は俺の頬をつんつんしてきた。


「おぉ! モチモチしてます! もちもちもちもち♪」


 後輩ちゃんは楽しそう。頬を触ったかと思うと今度は耳を触ってきた。


「耳たぶ気持ちいいです!」


 もみもみと耳たぶを触った後は唇。人差し指でスゥーッと撫でてくる。


「ふふふ。先輩の唇。私と沢山キスした唇ですね」


「あの、後輩ちゃん? 恥ずかしいこと言わないでくれませんか? 顔が熱くなったのですが」


「耳まで赤いですよ!」


「………………後輩ちゃんは手まで真っ赤になってるけど」


「うるさいです」


 唇に触れている後輩ちゃんの手まで真っ赤になっている。顔を見上げて後輩ちゃんの顔を眺めようと思ったら、顔を掴まれ阻止された。残念。真っ赤になった後輩ちゃんの顔を拝もうと思ったのに。


「………先輩はディープなキスに興味はありますか?」


「ゴホッゴホッ! い、いきなり何を言い出すんだ!?」


「キスの話です!」


「楓だな? 楓が吹き込んだんだな? 今度会ったら正座させて叱ってやる!」


「先輩! どうなんですか!?」


 これは逃げ出したいところだが、いつの間にか体に後輩ちゃんの脚が絡みついている。肩もがっちりと掴まれ身動きが取れない。逃げられない。

 俺は諦めて白状することにした。


「あー、興味はあるけど今の俺には難易度が高いです。普通にキスするだけでも精一杯なのに、そんなことしたら気絶します。まだ無理です」


「まだ、ですか。興味あるんですか。そうですかそうですか! 先輩が気絶しますか! うふふ。その時が来たら先輩を堕としてあげましょう!」


「堕とす? 堕とすってどういう事!?」


「うふふ。秘密です」


 ゾクゾクするほど声に色っぽさが感じられるのですが。最近後輩ちゃんは大人っぽくなりすぎじゃありませんかね?


「うおー! 燃えてきましたー! 絶対に堕として、私なしじゃ居られない身体にしてあげます!」


「ちょっと! どさくさに紛れて俺のズボンを脱がそうとしないで! 脚で器用に脱がせないで! 脱げる脱げる脱げるー!」


「ちょっ! 抵抗しないでください! ちょっとムラムラしただけです。先輩もムラムラしてますよね? 私、頑張りますから!」


「今は頑張らなくていい! 俺はムラムラしてないから! あっ! 本当に脱げる!」


「何回もしてるじゃないですか! て、抵抗しないでください! 先輩の性欲と私の性よ……知的好奇心が満たされるので一石二鳥じゃないですか!」


「今性欲って言いかけたよね!?」


「問答無用!」


「ぎゃー! 痴女に襲われるー!」


「失礼な! 痴女じゃなくて処女です! 処女が襲っているんです!」


 俺と後輩ちゃんは一進一退の攻防を続ける。必死でズボンを握っているが、後輩ちゃんは器用に脚を操って応戦する。

 あっ! 手を服の中に入れないで! お腹とか胸を触らないで! くすぐったくて力が抜けるからぁ!

 このままだと後輩ちゃんに襲われる。誰か助けてくれ!

 天に祈った俺に神様が珍しく味方をしてくれた。


 ピンポーン!


 誰かが訪問してきたのだ。固まった後輩ちゃんから何とか抜け出す。

 あの~後輩ちゃん? 盛大に舌打ちしましたよね? 

 絶対に後で襲います、と無言で圧力をかけてくる後輩ちゃん。目が肉食獣になっている。じゅるりと舌なめずりをする後輩ちゃんに背を向けて、俺は洋服を整え玄関に向かった。

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