第71話 キス後の私

 

 プルルルルルルル…プルルルルルルル…ガチャリ


『もーしもーし! 葉月ちゃん? どうしたの? あっ、お兄ちゃんと喧嘩でもした?』


 楓ちゃんの明るい声が聞こえてくる。電話の向こうでニヤニヤ笑っているのが簡単に想像できる。


「………………違うけど」


『うわっ! なにその感情が抜け落ちた平坦な声は! なになに? とうとうお兄ちゃんを襲っちゃった? 紐で縛って襲ったの? それとも媚薬を盛った? もしかして両方? 葉月ちゃん大丈夫! お兄ちゃんは葉月ちゃんのことをわいせつ罪や強姦で訴えたりしないから!』


「違います! 最近ちょっと妄そ………考えていたけど、してません!」


『じゃあどうしたの? 絶対お兄ちゃんと何かあったでしょ?』


「………………しちゃた」


『えっ? ごめん。最初のほうが聞こえなかった』


「………………しちゃった」


『もう一回! なになに? えっちをしたの?』



「キス…………しちゃった」


『………』


 電話の向こうが無言になる。しばらく無言の時間が過ぎ、電波が繋がっているのか不安になる。楓ちゃん、生きてるよね?

 私が親友の心配をし始めたところで、急に大きな奇声が聞こえた。


『イヤッフ~~~~~~~~~~~~~! やった! とうとうやった! お兄ちゃんと葉月ちゃんがキス! イエェエエ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!』


「うわっ!?」


 耳がキーンとなるほどの大声。楓ちゃんが奇声を上げながら、ドタバタと暴れまわる音が電話越しに聞こえてくる。そんなに暴れたら周りに迷惑がかかるよ?


『ねえねえ! どうだったどうだった!? ファーストキッスの感想は!? 柔らかかった? 柔らかかったよね? 柔らかかったでしょ! ねえねえ! 味は!? 味はどうだった!? 甘かった? どうだったどうだった!? キスは一回だけだったの? それとも何回も? 優しく触れるだけ? それともじっくりねっとりとブチューッと? キスしながら抱きしめたの? キスしたときの状況を心情を交えながら具体的に詳細に明確に詳しく原稿用紙5枚以上で述べよ!』


「えーっとね、最初は不意打ちでキスされて、柔らかさとか全く分からなかったの! 先輩の馬鹿! それでね、時間が経ったらじんわりとキスした実感がわき上がってきたんだけど、それと同時にカァーッて身体が熱くなって、恥ずかしくて、混乱して、先輩にいろいろ変なこと口走っちゃった! 私、嫌われてないよね? 大丈夫だよね? ねえ、楓ちゃんはどう思う!?」


『だいじょうぶだいじょうぶー。で! で! 続きは?』


「キスするときの先輩の表情を一生覚えておきたかったから、先輩を煽ってもう一回おねだりしました!」


『うほーっ! 頑張ったねぇ』


「頑張りました! どやぁ! んで、先輩はヘタレるかなぁって思ったんだけど、これがまさかの予想外! 本気の先輩が優しくキスしてくれたの! もう何度も何度も何度も何度も何度も! 数えきれないくらいしちゃった! もう柔らかくて、気持ちよくて、かっこよくて、いい香りがして、かっこよくて、頭の中が真っ白になって、幸せで、かっこよかった。先輩ってキスが上手なの。私、心も身体もトロットロに蕩けちゃった。勇気を出してキスを返してみたけど、私下手じゃなかったかな? 下手だったらどうしよう? 私、嫌われてないよね? 嫌われたらどうしよう? うわーん!」


 先輩に嫌われたかも、と考えただけでポロポロと涙が溢れてくる。どうしよう? 本当にそうだったらどうしよう? 私、キス下手だった? 口臭くなかったよね? 汗かいてたかも。どうしようどうしようどうしよう!? 途中から泣き出しちゃったし、雰囲気ぶち壊しちゃった! あぁーもう! 私の馬鹿! 先輩に嫌われたらどうすればいいの!?


『葉月ちゃん落ち着いて! お兄ちゃんが嫌うわけないでしょ! それに最初はキスが下手だった方が燃えると思うんだけど。少なくともお兄ちゃんはそう思ってるよ。お兄ちゃんのことだから、下手でも可愛い、これからもっと沢山キスして上手くなればいいよ、って思ってるから!』


「…………本当?」


『本当本当! 言っておくけど、楓ちゃんよりも私のほうがお兄ちゃんと長くいるのです! お兄ちゃんのことは葉月ちゃんよりも知っているのです! どやぁ!』


 むぅ! ちょっと悔しい。そして羨ましい。思わず先輩の実の妹の楓ちゃんに嫉妬する私でした。


『それにしてもやっとキスかぁ。舌入れた?』


「入れてません!」


『えー! 入れればいいのに! あれはあれで燃えるよ! 私の好みは盛大に音を立てながら涎でべっとべとになることです! ユウくんあれで堕としたし』


「く、詳しく!」


『後でね! まずは葉月ちゃんとお兄ちゃんのことを詳しく聞きたいのです! それで? 何て告白されたの? 一言一句違わずに教えなさーい!』


「………………あっ! 私、先輩から告白されてない」


『はぁっ?』


 そうだよ。私、キスの間記憶があやふやな部分もあるけれど、先輩から告白された覚えはないぞ。うん、ずーっと無言でキスしてた。いや、時々私の口からちょっとエッチな声が漏れたけど、好きだ、愛してる、とか聞いてないし言ってない!


「私、先輩から告白されてない! 私も告白してない!」


『はぁ~っ!? えっ? 本当に? えぇええええええええええええ! あのヘタレお兄ちゃん野郎! はぁ? キスしたのに告白してないのあの馬鹿は!? ヘタレたの? またヘタレたの? 両想いになってキスするまでに3年かかったあのヘタレお兄ちゃん野郎は! ぶっ飛ばす! 後で電話して絞めておくから! いや、いっそ今からお兄ちゃんに会いにそっち行くから!』


「来なくていいから! 私は大丈夫だから! それに、今告白されたら私死んじゃう! 幸せすぎて死んじゃうから! ちょっと時間を空けてくれた方が嬉しいから!」


 告白されたら絶対に死んじゃう。先輩に見せられないくらい顔が蕩けて死んじゃう。死因が、幸せすぎたから、というのも間抜けな話だ。うん、告白はもう少し待ってほしい。


『はぁ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、葉月ちゃんも葉月ちゃんだねぇ。そのまま押し倒せばいいのに』


「ふっふっふ! 私だって少しは進化しているのです! 先輩とはあんなことやこんなことは経験済みです!」


『…………えっ? まだそこなの?』


 楓ちゃんには見えないドヤ顔をしながら自信満々に言ったけど、驚いた声で聞き返された。


「…………えっ?」


『まだ最後までヤッてないの? 私は遥か彼方の先にいますけど』


「…………えっ? うそ!?」


 電話の向こうから不敵に笑う声が響いてくる。


『ふっふっふ! さっき言ったでしょう? ユウくんを堕としたって』


「ま、まさか!?」


『葉月ちゃん! お兄ちゃん! お先しました!』


「うそだぁ~! うそだと言って~! この裏切者ぉ~!」


『ふはははは! お先に失礼しました! ねえねえ聞きたい? いろいろと聞きたい? あんなことやこんなことを実体験した経験者の話、聞きたくない?』


「聞きたい!」


『では、私のことは先生と呼びなさい! そして土下座してひれ伏すのです!』


「楓先生! 私に、私に先生の経験談をお恵みください! そして、先輩を堕とす方法をご教授ください!」


『うふふ! いいでしょう! 迷える子羊ちゃんよ! いや、迷えるお兄ちゃんの子猫ちゃんよ! 二人のために私が一肌脱ぎましょう! ………………あっ、本当に服脱いだほうがいい? 物理的に脱いでもいいけど?』


「そこは………お任せします」


 楓ちゃんが電話の向こうで服を脱いだのかどうかは楓ちゃんのみぞ知る。私は知らない。

 親友が私よりも遥か先に進んでいるとは知らなかった。長電話をしてしまったけれど、とても有意義な時間を過ごすことができました。あんなことやこんなことをすると、こういった感じがするらしいです。知らなかったぁ。大変勉強になりました。

 たくさんの知識を手に入れたのはいいけれど、どうしよう! これから先輩とご飯食べないといけないのに顔見れないよ! 今日寝る時どうしよう? 久しぶりに別々に寝る? でも、一人は寂しいし………。よしっ! こういう時は、後で考えようっと!

 あっ! 隣の部屋から先輩がご飯に呼ぶ声がする! 急いでいかなきゃ!

 というわけで、電話するために訪れていた自分の部屋から先輩の部屋に行き、出迎えてくれた先輩の顔を見ないようにして抱きついた。先輩は一瞬戸惑ったみたいだったけど、私のことを優しく抱きしめて可愛がってくれました。夕食も美味しかったです!

 先輩! キス、ありがとうございました! またたっくさんしてくださいね! 私は先輩のことが大好きです! まだ言いませんけどね(笑) 告白してくれるのをずっとお待ちしています!

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