4章‐4

「食べているのではない、と?」

 まさか、という思いで僕は返した。「でも、穢鳶えように触れれば、僕らは死んでしまいます。そして穢鳶えようは我々を見かけるとこちらに接触して来ようとします。確かに我々の何を食べているのやらわかりませんが、あれが捕食行動でないのなら一体何だと?」

「いや、今のは少し語弊があったか。捕食自体はしているのだろうが、毎食のように何人もの人間のみを摂食し続けなければ死ぬ、という食性ではないはずだ。現に、我々人類はどんどん減り続けてきたと言うのに、穢鳶えようたちは一向に減る気配がない。――これを不思議に思ったことはないか?」

 あまりに当然の現象だったので意識したことがなかったが、言われてみれば奇妙だった。

 

 被食者なくしては捕食者も存在できない。だから猟場にエサがないのであれば他所に行くしかないが、エサがヒトだと言うのなら、この星のどこへ行ってもエサにはありつけない。穢鳶えようたちは少なくとも1世紀前には地上に生存するヒトはあらかた食べ尽くしているのだから。

 それでは、いつも城外であれだけフヨフヨしている奴らは何を糧にしているのか。


「――技術保全再生局レガシーでもそうだが、学術研究の端くれにある者にはその疑問はやや手垢の付いたテーマでもある。いくつか推論を行い、こういうことではないかと仮説を立てた者もいた。例えば、『奴らが捕食するのはヒトとは限らないのではないか』、『意外と摂食量はかなり少ないのではないか』、『たましいというものは相当腹持ちがいいのではないか』……などとね」

「その答えはまだ確立していないのですか」

穢鳶えようを捕獲する術もなく、城外で安全に観察できる環境もない以上、検証のしようがなかった。ただ、それは君ら運び屋が表に出てくる前の話だ。焔術がある今、我々はそう遠くない内にその問いかけの答えを知ることになるだろう」


 シュア氏は何が言いたいのだろうと思った。

 穢鳶えようたちが何を食べているのか、その疑問はどこにつながるのか。

 その問い掛けと、前段で彼が述べた特殊個体の存在はなにか関係するのか。


「……問い掛け、と仰ったのは、僕やラフテルにその疑問点についてデータを集めて来いということでしょうか?」

 猜疑心を抱いていることがなるべく伝わるように、僕は露骨な表情をシュア氏に向けた。

「いやいや、そうではない」とシュア氏は簡単に否定すると、視線を前の方――いくつもの墓標が浮かび上がる液晶たちの方へと向けながら言った。

「わざわざこういう話をしたのは、これから君たちが向かう先では、恐らくその疑問に行き当たるはずだと確信しているからだ。そこでの君たちの役割は、それを調査することでも検証することでもない」

「では、何だと?」

「“今までの答え”を知ること、そして“これからの答え”を出すことだよ」

 シュア氏の返答は端的だが、抽象的なものだった。

「我々のこれまでの世界が、何によって担保されていたのか。これからの未来――絶望と滅亡を所与としないあるべき未来が、何によって担保されるべきなのか。それを君自身が考え抜き、行動することがそう遠くない内に求められるはずだ。そして未来を考える上で避けては通れない問題が、穢鳶えようとの関係性だ。穢鳶えようを滅ぼすことはもはや不可能、であればどのような形であれ我々は奴らと共存と適応を図っていかねばならないからな」


「……大変美しいお話だと思います。ですが、それを僕に求めるのはお門違いではないですか?」

 主語が大きすぎる話は苦手だった。唐突に切り出されたのであれば尚更だ。

「未来がどうあるべきかだなんて、僕にはそれを決める権限も、立場も、思想もありません。今回で言えば、たかが秩序保障局の関係者を現地に送り届けるだけです。未来の話なんて、僕ではなくて惣会の然るべき人が然るべき責任において判断することです」

「<シンカー>君、君は若者だ。どうかそう保守的な姿勢に染まってくれるな。君が決める必要はなくとも、君自身が考える必要はある。それを止めてしまったら、君も惣会も不幸な結末を辿ることになる」

 シュア氏は再び墓標の方へと、何かを懐かしむように眼を向けた。

「いいか? 惣会の老人に“これからの答え”を委ねようと思わんことだ。私自身もそうだが、惣会の老人はお城の中で生まれ、お城の外には一歩たりとも出ずに生涯を終える者たちだ。人類史上、そんな引きこもりが『模範的な生き方』などと言われた時代は、この2世紀弱の僅かな期間でしかない。しかし君は――運び屋の君は、そうではない」

「ええ、ですからそれは……美しい話だとは思います。若者としての感性を示せ、という。ですが、同時に空疎だとも思います」

「空疎、と思うかね?」とシュア氏は片眉を上げた。

「自分で考える、自分の意見を持つ――それが教訓として大切であることは承知していますが、惣会のお偉いさんが僕のような境遇にないからと言って、僕の意見にそれ以上の価値があるわけじゃない」


――例えば、僕が生まれてからこの方、選挙の類に参加した覚えはない。今の惣会のトップだって最高評議会の間の互選で、気がついたら決まっているぐらいだ。

 では、下層の者たちの意見や要望も含めて、漏れなく惣会上層部に届けられたとすれば、よりよい未来は開かれると言えるのだろうか。怪しいものだ、と僕は思う。

 市民感覚、民意、国民感情――そう呼ばれる畑違いの素人アマチュアたちによる“素朴な感性”の集合体。そんなふんわりとした神輿の上に乗った旧社会の為政者は、手続き上では民主的正統性は得られたかも知れないが、実際にそれが問題解決にどれほど寄与したのか。悲しい戦争や紛争、とめどなく広がる貧困と格差を、少しでも押し留めることができたのか。

――僕が学んだ現代史は、そう疑問を投げかけていた。


「旧社会の仕組みについて、君がそう考え、いささか否定的な評価をしていること自体は否定しない。ただ、ひとつ言っておこう。君自身が考えることは、決して空疎などではないよ」

 シュア氏は豊かな髭を撫でながら言った。「君はただ“黒狼”を言われた場所に運びさえすれば、今度の仕事は終わりだと思っている節がある。しかし、私が裏側でこの案件を聞いている限り、恐らくそうはならないだろう。君自身が何らかの形で当事者として巻き込まれる恐れもある。『決めるのは惣会の老人だ、私ではない』などと、他人事ではいられない状況にな」


 堂々巡りの様相を呈してきたが、どのように言われてみてもうまく実感の伴わない話だと思った。

 そこまで執拗に説かれる裏側の意図は何だろうかと勘繰った結果、僕はシュア氏にひとつの問いを突きつけることにした。

「……スピアードさんが仰るのは、まさか煽動アジではないですよね?」

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