3章-5

 互いの紹介も済んだところで、ハルドウォール征察官は僕らのPRから切り出した。

「さて、ゼスキア准級執行官。私も今の職責を担って5年になり、個人的に彼とはそれ以前からの付き合いもありますが、彼らのことは堅実で優れたパートナーと認識しています。征察局の案件だけで出征回数が300回を超える託導士ナビゲイターは、実はこの<シンカー>以外にほとんどいません」


 300回と聞いて、ゼスキア執行官よりもむしろ僕の方が「そんなに多かったか」と驚いた。この仕事を始めて約10年、月2~3回ペースと思えば、妥当な数かも知れない。惣会案件ばかりこれだけ請けている同業者も他にほとんどいないだろうが、昨夜「それじゃ儲からんだろ」と言われた通り、うちの事務所はそんなに裕福な方でもなかった。


 惣会との付き合いも考え直すべきかな、と場違いなことを考える間にも、ハルドウォール征察官の説明は続いている。

「――300回も出征して現に今ここにいる、ということは、つまり300回も外からきちんと帰って来たということです。その凄さというのはしばしば過小評価されますが、我々の界隈では『三流は“凧”に食われ、二流は“凧”を殺し、一流は静かに帰還する』と言います」

 ゼスキア執行官が「タコ?」と呟いたので、「穢鳶えようのことです」と僕は横から補足した。ゼスキア執行官が納得したのを確認してから、ハルドウォール征察官は話を続けた。

「その意味合いは、『無事是名馬』なんかと同義ですね。“凧”をたくさん殺した託導士ナビゲイターが、まるでエース・パイロットのように目立つのも理解はできます。それはそれで偉大な才覚ですから。でも、我々の本分は、きちんと運んで、きちんと帰って来ること。地味ですがそこが一番評価されるべきですし、彼に関しても腕力や殺傷力などではなく、そこを評価して頂きたいと思います」


 ハルドウォール征察官がそう言うのは、あたかもスポーツ・ハンティング感覚で穢鳶えようを殺して回る一部の運び屋(と言うより、戦闘狂や復讐鬼と言った方が適切か)が念頭にあるように感じた。そういう分かりやすい連中もいるけれど、本件で<シンカー>にそれを期待するのはお門違いだぞ、という趣旨のようだ。

 常識的に言って、無用なリスクや接敵は避けるに越したことはない。たかが逃げ足、されど逃げ足。運び屋は生き延びてナンボ――と、このハルドウォール征察官も含む先輩方に教えられて僕は育ってきた。『お前の命そのものに価値などなくとも、お前の仕事をやり遂げる上で、お前の命には価値がある』というのが、弊事務所代々のモットー。ごもっともですね、と純粋に思える良い標語だと思う。


「――我々が有する彼の過去10年間の経歴、実績のレポートはご覧になりますか?」

 そう言ってハルドウォール征察官は、ひと束数百頁はある紙束を5,6冊ほど机に並べた上で、「散らかるのでもう並べませんが、あとはあの中に」と背後の棚を指さした。

 もう根回しは済んでいたようで、ゼスキア執行官は一度頷いただけで、紙束に手をつかる素振りも見せずに答えた。

「依頼にあたって、実績はある程度承知しています。加えて、征察案件に精通するハルドウォール征察官の推薦もあれば、間違いはないでしょう。我々としても本件にはぜひ彼のご協力を頂きたいところです。“黒狼”の名誉と信義に誓って、安全確保に努める所存です」

「ご高配感謝いたします」

 ハルドウォール征察官は机に並べた紙束をさっさと取り下げた。何とも官僚的な儀式で笑いそうになった。



「――ぶしつけですが、実のところ、今回の案件はそもそもどういう趣旨からのものでしょうか」

 ハルドウォール征察官は物腰柔らかに尋ねた。普段の彼女からすると、随分意識的に穏やかな振る舞いをしているようだった。「何しろ、秩序保障局やその監督機関である秩序委員会と征察局うちが協働することはこれまで前例がないようで、情けない話ですが私どももどう対応すべきか心許ないのです」

「いやいや、不安と言う点では、私どもも負けていません。何しろ我々はこれが城外への処女航海ですからね」

 そう言ってゼスキア執行官はお茶目な笑みを浮かべながら肩をすくめた。男前なので表情や動作がいちいち絵になる人だと羨ましく思う。「ただ、前例を覆してでも本件は遂行する意義がある。私どもはそう確信しています」

「“私ども”と言いますが、それは秩序委員会が、ということでしょうか?」

「そこの部分をどう申し上げてよいかは、若干複雑なところです」

 ゼスキア執行官はその笑みをやや薄めた。「先ほど私は惣会本部 秩序委員会と名乗りましたが、そちらはあくまで委員として任命された役名です。私の本職は、秩序保障局保安部 特殊作戦執行部隊司令部の一員です。秩序委員会については、“黒狼”からの使い走りとして末席を汚している身になります」

 謙遜しているようでいて、要するに彼は“黒狼”の代表として上位機関の委員に名を連ねるだけの地位にある人物、ということだ。

「なるほど、勉強になります。ということは、先ほどのご発言の主語は“黒狼”が正しい、ということ?」

「形式的にはそうです。しかし、ご存知かと思いますが、“黒狼”が独断でそうした意思決定を行えるわけではありません。特に今回のような前例のない話ではね。今回、私はある方の特命を受けて動いています。だから、使い走りというのはあながち謙遜でも何でもないのですよ」

「その”ある方”というのは、お伺いしても差支えありませんか」

「……ちなみに、その情報は本案件受諾の意思決定に必要でしょうか?」

 ゼスキア執行官の口調と表情は変わらなかったが、その眼の光が微かに、けれど牽制するように強く輝いたようにも感じられた。

「――いいえ。品がなくてすみませんが、野次馬根性というやつです」

 ハルドウォール征察官はすっとぼけた調子で尋ねた。

 こんな緊張感あるやり取りをずっと見せられるのは堪らないと思ったが、意外にもゼスキア執行官は意地を張らず、「ま、いいでしょう」と言った。

「大っぴらにされると困りますが、実務者にはすぐに分かることですから。――ステイグ・グリスデン。惣会本部 最高評議会の上級委員です」


「ははぁ、それは大物ですね……」

 ハルドウォール征察官は目を丸くした。僕は最高評議会上級委員という肩書がとても偉いということ以上は正直わからなかったが、隣のラフテルはその名を聞くなり息を呑んでいた。彼女は元々上階層の生まれだから知っているのかも知れないし、僕が世間知らずだから知らないだけなのかも知れない。

「知ってるのか」とラフテルに耳元で尋ねると、彼女は緊張した声で「グリスデン上級委員と言えば、将来の最高評議会議長とも噂されている方です」と説明した。すると、惣会の将来のトップ、紛うことなき大物だ。


 僕らの驚きを確認したゼスキア執行官は、案件の内容の説明に移り始めた。

「グリスデン上級委員は、先日残念ながら失踪したキンテイラ氏とは親密な友人関係にあり、彼の失踪に深く胸を痛めています。一方で、先日来より気になる事態が発生しています。城外のある地点から発信された信号を、保安部第3課が傍受したのです」

「それと同じような話を、<シンカー>がキンテイラ氏から聞いたと言っていました」

 ハルドウォール征察官が僕の方を見遣りながら言った。「彼が失踪した、あの岩場の地下から信号を傍受したと。にわかには信じがたい現象ですが、そのことでしょうか」

「ええ、それもありますが」

「“も”?」

 ハルドウォール征察官と僕は異口同音に尋ね返した。

「第3課から、第一の信号が検知されたとの報告が上がったのは、キンテイラ氏の失踪の約10日前です。<シンカー>殿がキンテイラ氏から聞いた件は、恐らくそちらではないでしょうか」

「では、その後に同様の現象が起こっていた、と?」

「そうです。キンテイラ氏の失踪が発覚した前後のタイミング――昨日未明に、第二の信号が検知されました。発信源の逆探知を行った結果、今度は全く別の場所ですが、今なお断続的に一定間隔で発信され続けているようです。こちらからの交信の試みは成功していません。そこで、今回の案件では、その第二の信号発信箇所へ私と“黒狼”の面々を嚮導頂きたいと考えています」


「しかし、」

 僕は思わず口を挟んだ。「グリスデン上級委員がキンテイラ氏と親密であったのなら、まずは第一の信号発信箇所を精査しようという話にはならないのでしょうか?」

 サリングと共に消息を絶ったキンテイラ氏。その失踪場所をさらに探すことができれば、あるいはサリングの行方もわかるのではないか、という一縷の望みを込めながら。

 けれど、ゼスキア執行官はかぶりを振った。

「当然そうすることも考えましたが、結論から言えば、それは今回の依頼の範疇ではありません。緊急度の観点からの判断です」

「緊急度?」と僕が尋ねると、彼はやや困り顔をして見せた。「……その第二の信号というのが、“救難”信号なのですよ」

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