3章-3

「まず、依頼主の秩序保障局は、ご存知の通り城内の警察活動全般を束ねる組織だが、警察部と保安部に大きく系統が分かれるのは知っているな?」

「ええ、何となくは。今回の話を持ちかけてきたのは“黒狼”――正式には、惣会秩序保障局 保安部 特殊作戦執行部隊でしたっけ、だから保安部の方になるわけですね。ただ、警察部と保安部で、どっちが何をやっているのかはよく知りません」

 それが何かの手掛かりになるんですか、と僕は尋ねた。

「警察部と保安部では、活動領域が違うんだ。だから、どちらのシマかによって話の規模感がざっくり推察できる」

 ハルドウォール征察官はまるで教師のように答えた。「警察部は各階層・行政区に分かれて警察活動を行う。一方、保安部はお城全体の秩序保障や統制に関わる“階層縦断”的事案に対処する公安系の部局だ。普段はあまり意識しないだろうが“黒狼”が出張ってくる要人警護や重要事案というのは大体そうだろう?」

 言われてみればそうだな、と僕は思った。

「……すると、保安部からの依頼ということは、今回の案件にはお城の秩序保障の根幹に関わる何かがあるかも知れない、ということですね」

「そうでなければ、連中の動く理由がわからんからな、」

 ハルドウォール征察官はゆっくりと頷いた。「ただ、そうだとしても、最高戦力である“黒狼”をいきなり城外に出そうだなんて、保安部の実務担当者レベルの一存で決定出来るはずがない。必ず保安部よりも上の意向がある。何しろ“あの”秩序保障局だ。征察事業真っ盛りの頃、征察局うちの局長が額を床にこすりつけて請願しても派兵を渋り続けたほどのな」

「では、保安部よりも上からと言うと?」

「秩序保障局長・副局長クラスか……それよりも上なら、もう惣会本部の最高評議会か、その傘下の秩序委員会ぐらいしかない。少なくともフォーマルには。首謀者が誰かは何とも言えんが、状況的には、そういう雲の上の連中の意思が絡んでいるはずの案件なんだ」

 最高評議会まで行けば、惣会の組織図にそれ以上の権力者は存在しない。

 話が陰謀論じみてきた。あまりの大ごとに、頭痛がしそうだ。

「……では、僕のレポートを読んだ惣会本部クラスのお偉いさんが、秩序保障局 保安部から征察局を通じて僕を指名してきた、というセンが有り得るわけですか。えらい話ですね」

「えらい話だよ、全く」

 ハルドウォール征察官はやれやれとばかりにかぶりを振った。確かにハルドウォール征察官にしてみれば立場上否応なく巻き込まれてしまったわけで、厄介な状況だろうと心中お察しする。


「ひとつ疑問なんですが、」

 僕は一本指を立てながら尋ねた。「僕の探報のどこに“黒狼”を巻き込む要素があったのでしょうね。あれ、勇ましいことは何も書いてませんよ」

「ああ、私もレポートは読ませてもらったが、内容がトリガーではないだろう。上層部が食いついたのは、どうも依頼人の名前のようだな」

「依頼人……キンテイラ氏ですか?」

 僕は予想外の展開に少し前のめりになった。「あの方は、単に裕福な在野の好事家だと思っていましたが」

「それも間違いじゃないが、理由は彼の経歴だよ。私も調べてみてわかったが、グスヴァン・キンテイラはつい最近まで秩序保障局 保安部 第3課の電信課長だった人物だ。保安部第3課がどういう部署かは知っているか?」

 知らないので、僕は首を横に振った。

 するとハルドウォール征察官は周囲を見渡し、声の聞こえそうな範囲に誰もいないことを確認すると、僕の耳元に口を寄せて囁き始めた。

「保安部第3課はインテリジェンス機関のひとつだよ。主には通信関係を監視・分析する部署――昔の言葉でシギントとか言ったか。具体的には、城内の通信設備の傍聴・盗聴に、各センサーデータの解析に……」

「はぁ……インテリジェンス機関ですか」

 僕にとっては少し驚きだった。様々な情報媒体・アプローチにより収集した夥多なインフォメーションを、政策判断のためのインテリジェンスに昇華させる諜報・分析の専門家たち。「そんなのは、とうの昔の国家諸州の時代のものだと思っていました。未だにそんな部署が残っているんですね」

 仮想敵国はおろか国自体がなくなった時代に、彼ら彼女らは何をしているかのイメージが咄嗟に浮かばなかった。

「連中はそれこそ機密の塊で、表沙汰になることは少ないからな。ただ、そういう機関自体が意外だと言うなら、お前は少々世間知らずだ」

 ハルドウォール征察官は僕の無知に一定の理解を示しつつも手厳しく告げた。「ヒトという集団を統治するには、正々堂々・明朗闊達・公明正大なやり口だけでは通用しないということさ。大体、征察局うちにだって似たようなチームはあるし」

「すみません、存じ上げませんでした」

「この150年、狂った野郎がお城に大穴を開けることもなく、曲がりなりにも平穏だったのは彼らの功績だよ」

 その説明には僕も「なるほど」と思った。

 たかが1万人、されど1万人。我々がこのお城に住み着いてからの約150年という長い年月の中、ひとりぐらい『俺の言うことを聞け。さもないと、大事なお城のどてっぱらに風穴を開けてやる』などと惣会を強請ゆする馬鹿野郎が現れてもおかしくはない。実際、そういう安直だが強烈な妄想や計画を抱いた者は決して皆無ではないだろう。

 けれども、僕が知る限りの歴史では、そうした犯罪行為があったという話は一切聞かれない。破滅的犯罪の予防という意味では、それこそが最大の成果と言えるのかも知れない。


「……話を戻すが、ともあれグスヴァンは、お城の通信設備を経由した情報活動に長らく従事していた身だ。最近は通信機器もろくに生きちゃいないから、つながらないラジオのチャンネルを延々と回し続けながら聞き耳を立てる仕事だったのかもしれんがな。それでも我々が知り得ない情報も含めて、色々と拾える立場だったのだろう。我々や君らは通信機なんてほとんど持っていないわけだし」

 ハルドウォール征察官の言葉を聞いて、僕はキンテイラ氏の仕事の様子を思い描こうとした。

 電波を拾う様々な機器の反応を伺いながら、彼はその電波の波形を通じて、この世界の輪郭をなぞっていたのだろうか。

 そして、そういう日々を送る中で、偶然にもあの岩場からの信号を捉えることができたのだろうか――。


「……その彼が、君らに案内させた場所では、なぜだかわからないが穢鳶えようがさっぱり寄りつかないという怪奇現象が起きた」

 そこまで言うと、ハルドウォール征察官は僕の顔を見つめた。「そして、挙句に彼は君の友人もろともそこで消えた――。君の友人の死を茶化すわけじゃないが、まるで推理小説みたいな展開じゃないか」

「確かに彼は、現地で口にしていましたよ。“ここからの信号を傍受した”、とか何とか――」

「ほう、信号? グスヴァンはそんなことを口にしていたのか?」

 まるで初めて聞いたとでも言うような反応だった。

「ええ。僕は出入管理部からの尋問の際にもそう証言しています。恐らく与太話だろう、というトーンで述べただけですが」

 ハルドウォール征察官は数秒間考え込んだかと思うと、声を一段と潜めて尋ねた。

「旧文明が滅んで1世紀半も経っているんだぞ。あんな岩場の地下から、誰が信号なんて出す?」

「ええ、だから僕もサリングもただの狂言だと思っていたんですよ。でも、彼がそういう部署にいたのならあながち狂言ではなかった可能性もあるのかも知れないわけですね」

「少なくとも、今回の案件を持ち掛けてきた連中は、彼を単なる狂言師とは思っていない」

 ハルドウォール征察官は少し醒めた酔いを再び取り戻すようにグラスに口をつけ、酒を飲み込んだ。たちまち彼女のグラスは空になった。僕のグラスも空けてからしばらく経っていたので、2人分の次のグラスをオーダーした。


――『ここの地下には、ヒトがいる』。

 あの彼の言葉も、与太や狂言の類ではなかったということなのだろうか。


 店主が持って来た新しいグラスを受け取り、一口含んでからハルドウォール征察官は話を再開した。

「私ら征察局の感覚で言えば、こういう事件が起こったら、まずはグスヴァンの捜索と失踪の原因解明に着手すると思う。だが、今回の話はまた違う。その要人と“黒狼”を連れて、あの現場ではなく、また別地点を探索しろと依頼してきている」

「そこも、キンテイラ氏と何か関係が?」

「わからない。彼らにとってグスヴァンの死はそれほど重要でもないようだが、グスヴァンが行なっていた“何か”は重要だと考えているようだ」

 今回探索を依頼してきたその場所も、キンテイラ氏が何らかの目星をつけた場所なのだろうか。

 でも、それはハルドウォール征察官も現時点でわからないだろう。全てを知っているのは、やはり依頼者だ。僕は彼女に尋ねた。

「依頼者との協議はいつやるのですか」

「先方も急いでいるようだから、明日の12時に予定している。その時には、案件の内容ももう少し細かく聞けるだろう」

「僕が――いえ、僕とラフテルがそこへ同席しても問題ありませんか?」

「構わないよ。そもそも先方は、君を連れて来させるために私に声を掛けたわけだし。私から一言伝えておこう」

 ただ、と言いながらハルドウォール征察官は僕の目前に指を突きつけた。「ここまでの話で見えてこない核心の部分は、結局連中にとっては機密にあたることなんだよ。洗いざらい話してもらえる保証はない。心苦しいが、ある程度不確定要素を呑み込んでもらいながら、最終判断を下してもらうことになるのは覚悟してほしい」

「ええ。政治的な話も含めて、読めないことが多過ぎますね」


 本音を言えば、ハルドウォール征察官の頼みでもなければ御免こうむりたいところだった。

 僕は一介の運び屋に過ぎなくて、日々それなりに健康で食事が摂れる生活水準が維持できればそれで良かった。政治や政策をどうこうする立場にないし、そうする気概もない。それに、麻薬の運び屋ではないが、知らない間に陰謀の片棒を担がされるのも勘弁してほしい。

 今までの案件では、そんなことを僕が考える必要はなかった。でも、それだってある意味では贅沢だったのかも知れない。こんなに大変なご時世に、目先の仕事だけを気にして、政治的な物事に能天気かつ無頓着でいられることは。


「……悪いが、地獄に飛び込んでもらうことになるかもな」

 ハルドウォール征察官は包み隠さずそう言った。「ただ、君ひとりで飛び込ませることはしないさ。先方は嫌がるだろうが、征察局としてもできる手を打つ。それは約束するよ」

 私だって、もう身内を弔うのはまっぴらだ。――とも、呟きのように彼女は付け加えた。

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