3章-2

 惣会征察局リザ・ハルドウォール征察官は、まだ年齢は28歳だったように思う。それだけ若くても過去の征察事業には最前線で参加してきたので、実績と胆力は申し分ない。託導士ナビゲイターとのタテ・ヨコの繋がりがあって顔も利き、征察局の官僚には珍しいぐらい現場との折衝も円滑にこなせる。

 何より、ハルドウォール征察官の見るからに理知的で端麗な相貌を眺めていると、天は二物も三物も与えるものだとため息が出てしまう。癖っ気のない長い黒髪を後頭部で束ねているが、その艶やかさは王様の愛する黒猫の毛並みもかくやというほど。切れ長の目に収まった澄んだ瞳に見つめられれば、たじろがない男はいない。ほんのりと小麦色の肌にしても、長年の城外活動による日焼けのためで、いわば働き者の証だ。彼女のような女性が、お世辞にも小ぎれいとは言えないこの酒場で、鷹揚に呑んでいる絵面は異様ですらあった。

 しかし、そういう外見に似合わず(いや、そういう恵まれた外見だからなのかもしれないが)、彼女の性格は何者にも媚びることのない、反骨心に溢れた剛毅そのもの。可憐さやしおらしさ――世の男が彼女の容姿に対して当然期待する雰囲気とは対極にある。

 その証左に、初めは離れた席から物珍し気にこちらを眺めていたおっさん連中も、彼女の話す姿を確認するや、尻尾を巻いたように自分たちのテリトリーに戻っていた。


「――さて、愚痴はこのぐらいにして、そろそろ仕事の話をしよう」

 そう言って彼女の語調が、より硬質なものに切り替わった。「今回の案件は出どころが少し特殊で、運ぶ人間も上玉だ。我々征察局としても、どこぞの馬の骨ともわからない託導士ナビゲイターには任せることはできない」

「運ぶ人間が上玉かどうかはあまり気にしたことがありませんが……、具体的には?」

 ハルドウォール征察官はその眼光鋭い眼差しで僕を真っすぐ見つめ、小声で言った。


「惣会要人と共に“黒狼こくろう”の連中を嚮導してほしい、というのが今回の相談だ」


「はぁ、“黒狼”……“黒狼”って、あの?」

「『あの』も何も、他にそんな名前の連中はおらんだろ。惣会秩序保障局 特殊作戦執行部隊の“黒狼”だ」

 城内の治安維持を職掌とする惣会秩序保障局。その特殊作戦執行部隊――通称“黒狼”は、我々が住まうお城の中でも最精鋭の実力部隊と言って良かった。隊員数はわずかな小部隊という噂だが、漆黒で統一された軍装がその名の由来で、一般の警備員の手に負えない荒事は彼らが対応する。そのフィジカル能力は圧倒的で人間離れしたものだともっぱらの評判だ。

「でも、“黒狼”はもっぱら城内の重大犯罪や、要人警護に対応する部隊ですよね」

 僕は眉をひそめながら尋ねた。「連中がお城の外に展開した話は聞いたことがないですが」

「いや、その通りだな。年配の同僚にも聞いたが、前例はないようだ」

「第一、秩序保障局と征察局はいつの間に仲直りされたんですか?」

「んなもん、こっちが聞きたいわ」

 くだらんとばかりにハルドウォール征察官は鼻を鳴らし、ナッツと酒を一口含み、嚥下した。


 その2つの部局の折り合いの悪さは、市井の人々にも広く知られるところだ。秩序保障局は征察局の主導した征察事業のことを「素人の戦争ごっこ」と笑い、反対に征察局は秩序保障局のことを「内弁慶」と苦々しく思っているという。先ほど述べた「政治的対立」の正体とは、まさにこのことだ。

 仲違いの理由は、要するに託導士ナビゲイターの実力を過小評価したのが秩序保障局で、過大評価したのが征察局だという話に尽きる。本来であれば、今の征察局が担っている業務は、秩序保障局内に専従部局を設置して行われる方向で話が進んでいた。城内の実力部隊とそれを指揮する将官級人材は、惣会の中でもただ秩序保障局にそのほとんどが集中していたからだ。

 しかし、征察事業の発起というドラスティックな動きには、当然のごとく強硬な反対派が発生した。特に、当事者となる秩序保障局内には上から下まで激震が走り、その反対派の中核となった。彼らは「焔術だか託導士ナビゲイターだか知らないが、そんな魔術めいたものに頼って城外に出撃するなどとんでもない。貴重な人命をいたずらに消耗する計画に協力などできない」と断固拒否を突きつけることになる。

 現場からの猛反発に遭った推進派は「ならば」ということで、秩序保障局とは別系統の新たな独立部局「征察局」を立ち上げることで妥協点とした。しかし、推進派が本当に欲した将官級の人材や実力部隊の供出は、最後までほとんど得られなかった。そういうわけで、戦闘訓練などろくに受けていない焔術使いの素人兵士が多数動員され、素人指揮官による頼りない指揮の下で城外に投入されたのだった。

 どちらのせいで征察事業が失敗したのかは、鶏卵論争の域を出ない。確かに、充分な備えもなく大規模外征を主導した征察局の認識の甘さは痛罵されてしかるべきだ。けれど、秩序保障局も人命を尊重すると言いながら、征察局の立ち上げ後は一線を引いて「我関せず」とばかりに日和見を決め込んだ。実際のところ、彼らは自らの組織が血と金を流すかどうかにしか興味がなかったので、下層からかき集められた託導士ナビゲイターなる怪しげな連中がいくら死のうと興味を持つ義理はなかった。苦境に立たされた征察局が応援を要請しても、その態度は変わらなかったという。そんな両陣営の馬鹿馬鹿しいセクショナリズムのしわ寄せは、にわかに動員された大勢の運び屋たちへと降りかかったというわけだ。


 そんな経緯を知っているので、秩序保障局の方から征察局に対して託導士ナビゲイターを動員しろなどという話が来たこと自体が僕には驚きだった。彼らは膝を折ってそんなことを頼んできたのだろうか、それとも――。

「もちろん、話が下りてきた時に多少やり取りはしたよ」

 僕の疑問を先読みしたように彼女は言った。「“黒狼”を伴ってまで要人様が城外に出ようとする理由はなんでしょうか、とね」

「でも、答えてはもらえなかったわけですね」

「ご名答」

 ハルドウォール征察官は忌々しげに舌打ちした。「話を持ち掛けておきながら、私に対しても明かせない機密が色々とあるらしい。何を尋ねても機密だの守秘だのとくる」

「ハルドウォールさんは口が軽いからですよ」

 嫌味というより感謝の気持ちも含めつつ軽口を叩いた。「そんな話を僕風情に持ちかけてくるんですから」

「人聞きの悪いことを言いやがる」

 彼女はばつが悪そうに苦笑を浮かべた。「そういうややこしそうな案件を君に相談するのは、縁故が理由じゃない。いや、まぁ、こうして事前の相談をしているのは他ならぬ縁故が理由だが、私の一存で君を指名したわけじゃなくてね。征察局にこの話を持ってきた向こうが、君をご指名なんだ」

「指名? 僕をですか?」

 困惑と猜疑心を滲ませながら尋ねた。「僕はハルドウォール征察官以外に、惣会の方とはほとんどつながりがありません。誰が僕のことを」

「君はこないだ帰城した時、探報を出しただろう? あれ、うちの局内でもそうだが、もっと上の方でもちょっとした話題になっているんだよ」

「はあ、あの探報がそんなことに……」

 そうなればいいな、と思って提出したとは言え、探報にまさかそこまで威力があるとは思わなかった。誰も真面目に書いちゃいないが一応きちんと読まれてはいる、という噂話に偽りはなかったらしい。

「この案件の出どころは相当“上の方”からだが、当初彼らは君に直接話を持ち掛けようとしていたらしい。我々征察局の上役が、たまたまそういう動きを耳にしたんだ。その上役の方から『モグリの運び屋をこき使うならともかく、託導士ナビゲイター登録されている人材をそんな大ごとに巻き込むなら征察局うちに話を通してくれ』と伝えたところ、今回の依頼を打診されたという経緯になる」

「……征察局は、運び屋個人への依頼にも介入することがあるんですか」

 グスヴァン・キンテイラ氏との契約を直請けしたことを念頭に、今の話の本筋ではないだろうなと自覚しつつも僕は尋ねた。

「いやいや、在野の個人相手に商売しているぐらいは黙認するさ、」

 違う違う、と言いだけに彼女はぱたぱたと片手を振った。「それこそ君とグスヴァン・キンテイラの件のように。君らも征察局の職員ではないし、こっちに専従を強いる権限はない。だがな、」

 ハルドウォール征察官は明らかに秩序保障局への苛立ちを滲ませた。「今回のはそんな次元の話じゃない。惣会の他部局が勝手な都合で託導士ナビゲイターを小間使いするのを認めることはできないよ。よしんば託導士ナビゲイターと直接契約したとして、出入管理部への申請を征察局うちが承認しないことには城外への出征許可は下りないんだ。正当な手続きを踏めば、仕組み上はどこかで征察局うちにバレる。だから連中は全くの無知か、征察局のことなどハナから眼中になかったか、初めから正当な手続きを踏むつもりなどなかったかのどれかで、どれであっても連中の資質と良識を疑う。些末な用事ならともかく、 “黒狼”まで動員する作戦に何をそんなにコソコソする必要があるのかと勘ぐってしまうね」

「では、もし僕がこの話を断ったとしたら、ハルドウォールさん自身は面倒なことになるのですか?」

「そりゃな、面倒なことになるかもしらん。でも安心してくれ。君を生贄にしてまで出世したい気持ちはさらさらない。最後は君のフラットな判断で決めてほしい」

 ハルドウォール征察官はそう確かな語気で断言した。固い意思の表れか、その双眸がきらりと光って見えた。「さっきも述べた通り、ただでさえ人材不足なんだ。征察官として、いや征察局として、君のような従じゅ……ごほんごほん、君のような優秀な人材をむざむざ失うことは到底容認できない。秩序保障局あちらさんがそのつもりだとわかった時点で、机ごと蹴り飛ばしてでも退室頂く」

「そんなに評価して頂いて、ありがとうございます。ハルドウォールさんがそこまで仰って下さるなら、僕も心強いです」

 一瞬本音が垣間見えた気もしたが、ひとまず僕はそうお礼を述べた。「ただ、フラットな判断を下せと言われても、判断を下すだけの材料がありません。案件の具体をお話頂けませんか?」

「それもそうだな……」

 ハルドウォール征察官は数秒ほど口元に指を置いて唸った。「……じゃあ、今から私なりに調べた結果の憶測を話す。あくまで憶測、裏どりは取れていたりいなかったりするが、請けるかどうかの参考にしてくれ」

「憶測以外の確たる事実はない、ということですか?」

「残念ながら、ない。私だって、先方の思惑は掴みかねているからな」

 ハルドウォール征察官はそこで一息ついた。自分の思考を落ち着かせるかのように。それから彼女なりに組んだ憶測を並べ始めた。

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