2章-3

 お城の中央を少し外れたところに、まるで巨人の背骨のようにお城を貫く大黒柱があって、数十人を一度に運べるほど大きなエレベーターがそこに組み込まれている。乗り場の脇には検問所があって、惣会の検査官がじろりとこちらを睨む。上りのエレベーターに乗り込むには、乗降時検問による身分証の提示、持参物と汚染物質付着状況の確認、行先と目的の申告を経て許可を貰う必要があるが、下りのエレベーターに乗る分には不要だ。

 僕はその検問所を素通りして下りのエレベーターに乗り込み、5階で降りた。エレベーター前の空間の内装やレイアウトは10階とほとんど見分けがつかないが、動力部に隣接しているせいで獣の唸るような音を耳に、微妙な振動を足裏にそれぞれ感じる点が10階との違い。

 ここは主にはオフィス区画となっている。端まで歩けば飲食店街があったりもする(ハルドウォール征察官との待ち合わせ場所もその一角だ)が、主には事務所や組合所が占めている。事務所と言っても、いわゆるデスクワーク主体の業者はもっと上階層に居を構えているし、5階で事務所を構える連中というのは大体が運び屋か清掃業者、あとは下層民の環境改善に燃えている連中ぐらいのものだ。僕と“お嬢様”のふたりだけが在籍する事務所もこの中にある。


 区画を曲がりくねって3分ほど歩き、529号室の部屋まで辿り着く。自分の事務所だが、一応の礼儀としてドアをノックした上、右手でその重たい扉を引いた(と言うのは、これは本来の設計的には自動で開閉すべきドアなのだけど、電力節減と関連機器・システムの故障という両方の理由によりすっかりアナログな代物と化している。このドアに限らず、今のお城ではこんなことばかりだ)。


 引いた扉のすぐ目の前のソファにはひとりの少女が座っていた。彼女はペンを手に何やら書籍のメモ書きをしていた様子だが、すぐさま「おかえりなさい!」と言って立ち上がった。

「ご無事でしたか? 怪我などは……」

「ああ、見ての通り無事だよ。心配かけたね」と僕は応じた。

 微笑みを浮かべたつもりだが、笑える気分ではなかったので自分の演技に自信はない。

 ともあれ彼女はいったん安心した様子を見せたが、すぐに問い掛けを重ねた。

「それで、その、サリングさんは……」

「だめだった」と僕は答えた。

 彼女はそれだけで全てを察し、「そうですか……」と沈痛な面持ちになった。それきりしばらく会話は途絶えた。


 この“お嬢様”の名前は、ラフテル・スピアードと言う。御年わずか16歳。素朴な金色のショートヘアに人懐こそうな大きな瞳と、主張控えめの鼻筋と唇、ちょっとした指先の動作まで奥ゆかしさの漂う仕草を見ていると、運び屋というよりも惣会幹部のご令嬢とでも言った方がしっくり来る佇まいだ。そういう彼女が、よりにもよって女っ気のない僕の職務上のパートナーだ。


 僕は机を挟んでラフテルの対面のソファに腰かけた。少し手を伸ばせば彼女の頬に手が届きそうなほど互いの間隔は近い。この部屋は元々兵卒の個室を多少改装しただけで、ひとり暮らしするにも窮屈に感じられる程度の間取りでしかない。加えて、壁際に備え付けられた複数の棚が、貴重なスペースをさらに圧迫している。その棚には古い書籍や書類が地層のように堆積していて、ところどころ埃被ったデバイス(古すぎて、起動しているのを見たこともなければ、何に使われていたのかも僕にはわからない)も置いてある。それらの大半は代々の先輩――今では皆、他所に移ったか死んだか引退したか――の所有物だ。そうして置き去りにされた無数の遺物をかいくぐって、僕と彼女が何とか膝を付き合わせられるだけのスペースを捻出した空間――それが僕らの事務所だった。

 そんな彼女の肩越し、壁際の棚に何となく視線が移った。意識したわけでもないのに、その遺物たちの一角に、鉱物の欠片が置いてあるのが眼に入った。それはいつかサリングが、お土産と言ってここに置いていった鉱石で、半透明の赤褐色をした綺麗な物体だった。彼は「三日三晩も磨けば立派な宝石になる」と言いながら手渡してきたが、磨くのはお前の仕事だとケロリと言うので、(何つーお調子者か)と呆れた僕は研磨もせずにそのままあそこに放置していたのだった。

 あれも今や、正しく文字通りの遺物となってしまったわけだ。


「……何だか、まだ信じられない」

 僕は表情を作ることもせずに呟いた。目の前にラフテルが座っているものの、半分独り言のつもりだった。

「それは、その、サリングさんのことですか?」

「ひとつはそうだね、もちろん」

 厳密に言うと、サリングと僕らは所属先が違っていて、直接の同僚だったわけじゃない。ただ、事務所の違いというのは、僕らの関係性においてどうでも良いことだった。狭いお城、狭い同業者ネットワークの中で、僕とサリングはただでさえ若者が少ないところに同い年ときたもので。先の案件にしたって、サリングと親交があったから僕にも声がかかったというもので、事務所としてではなくお互い個人として仕事を請けた。

「あの、サリングさんが最後に事務所に来た日、」

 ラフテルは詰まった声で話し始めた。「食事に誘われたんです、久しぶりに」

「ああ……、あいつのセクハラの告白かい? 墓標を蹴り飛ばして来てやろうか?」

「ち、違います」

 ラフテルはぷんぷんと首を振って否定した。「私は所用でお断りしたんですが、何であの時行かなかったんだろう、って」

「それは……君が何かを悪く感じるようなことじゃないよ……」

「いえ、でも……わたしがイェルバさんのところに押しかけてから、サリングさんには色んな相談に乗ってもらったり、励ましてもらったり、他人を紹介してくださったり、本当に親身にしてもらいました。だから、私もこの数日は色んなことが手につかなくて……」

「――仕事なんてしなくていいんだ、こういう時は」

 僕は力なく言った。彼女に対して、すまないようにも感じながら。


 サリングは頻繁にラフテルを食事や遊びに誘っては、盛り上がっただの断られただのと一喜一憂していた。ナンパなやつだと思ってもいたし、いくら友人でもラフテルが嫌がるようなら然るべき措置を……と思ってもいたけれど、そこのところサリングは紳士的に接していたようで、彼女にとっては兄貴分同然のようだった。

 けれどそれは、僕があまりラフテルと立ち入った付き合いをしていなかった分、サリングの方が意識的にそういう接し方をしていたのかも知れない。彼はそういう気回しや顔の広げ方に関しては、僕よりよほど上手だった。こういう仕事に彼女のような“いいとこ育ち”の少女が入り込むことに、いい顔をしない連中は必ずいるものだ。そこへサリングのような付き合いの良い兄貴分がいることが、彼女にとってどれほど心の支えになっていただろう。サリングのことを軟派だと思う前に、本来は僕がそうやって彼女と接するべきだったのかも知れないのだ。 

 そういう意味で、サリングの喪失はラフテルにとっても重たい出来事だったし、僕はラフテルに対する自分の無自覚さをかえって責められるような気さえした。

「……まぁ、あんな性格の奴だったから、僕らが湿っぽくしているのもかえって故人に失礼だろうね。そう思うことにしよう。今日の仕事ももう切り上げていいから、しっかり休んでほしい」

「はい、ありがとうございます」

 ラフテルは沈んだ面持ちのまま、開いた書籍と書きかけのメモを片付け始めた。



――姉を探したい。だから焔術を、城外で生き延びるための知識をわたしに教えて欲しい。

 そう言って、ラフテルがこの事務所に押しかけてきたのは約2年前の話だ。虫も殺さぬような気品溢れる少女が、何をとち狂ってこんなところに来たのか。僕は命がいくつあっても足りないこと、時々汚れ仕事であること、せめて師匠にするなら僕よりも相応しい人がいることを説明したが、彼女の固い決意を崩すことは出来なかった。

 現実を知ればすぐ音を上げるだろうと思って受け入れてみたら、教えたことはみるみる吸収するし、見た目に似合わず泥臭いことも厭わず取り組むので、3カ月も経った頃には辞められては困る存在にまでなってしまった。


 けれど、それはただ単に有能な部下が出来て嬉しい、という話ではない。

 僕は彼女に対して、身をもって果たさなければならない責任がある。もちろん、サリングもそのことを知っていて、だからこそラフテルのこともお節介なぐらい気に掛けていたのだ。

 彼女の目的を叶えることは、僕の心残りを叶えること、そしてそれが僕自身の償いでもあるからだ。



 僕はやや気持ちを切り替えて、次の仕事の話に移った。

「帰りがけに、ハルドウォール征察官から新しい案件の相談があったんだ。今夜そこの2ブロックのところで聞いて来ようと思う。だから、今日明日は休んでもらって構わないけれど、すぐにまた働くことになるかも知れない。君にも、準備を色々お願いすることになると思う」

「はぁ……こんなタイミングで、ですか?」

 ラフテルはさっき僕がハルドウォール征察官に対してそうしたように、眉をひそめた。仕事が途切れない有難みに不平を言うべきでないことは僕も承知しているが、そうは言ってもそれが普通の感情的反応だと思う。

「急ぎの用事、それもどうも訳ありなんだそうだ、」

 僕はため息交じりに言った。「相談の中身はまだ何も聞いていない。今夜話を聞いてみてのお楽しみかな」

「もしかして、サリングさんの件とも何か関係するんでしょうか」

「さぁ、そこまでは……どうして?」

 ラフテルは軽く頷いてから言った。

穢鳶えようが全く現れなかった、と仰っていた件に絡むんじゃないかと思ったのですが。先日、探索結果報告書を提出されたと仰っていましたが、それが征察局の方の眼に留まった……急ぎと言うからには、そういう理由があるのでは?」

「そう切り出される可能性もないわけじゃないな。ただ、昨日に捜索活動を行ったところ、少し事情が変わった」

 ラフテルにはまだ伝えていなかった事実がある。それは昨日、僕が捜索隊の一員としてサリングたちを捜索した際に何を見てきたか、という話。

「捜索隊として改めて現地に行ったら、そこら中にいたんだ。穢鳶えようがね」

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