2章-2

「お城」の内部構造をつぶさに見ると、垂直方向に80階分の空間にセパレートされている。各階層・各区画では適切に設定された用途別ゾーニングに基づいて区画計画が策定され、機関部・食糧ファクトリー・工廠室といったインフラ部分、緑地空間・展望テラス・フィットネスルームといったパブリックスペースを除けば、概ね個室で区切られた居住スペースとなっている。旧社会のサイエンス・フィクションもののフィルムで出てくる宇宙船の船内に近いような造りかもしれない。

 ただ、80階層のどこに誰が住んでも良いわけではなく、ごくシンプルかつ強固な秩序がそこには息づいている。それは単刀直入に言うと「上に行くほどエラい人が住む」ということ。要は、汚染された外界との出入口に近い1階側が下座で、そこから遠くなるほど上座になるというような話。最初は「そりゃそうか」と感じる程度の区分でも、何世代にも渡ってそれが続けば居住階層そのものがひとつの社会階級と化して序列が生み出される。

 やがて、お偉いさんの棲む上階層に城外の汚染物質が持ち込まれることのないよう階層間の検疫と移動認証が強化され、各階エレベーター周辺はちょっとした関所のようになった。こうして誰もが上階層にふらふら遊びに行くことはできなくなったわけだが、降りていく分には特段の制約がないため、危険人物やよくわからない貧民、望まれず生まれた子どもなどは、最も劣悪な環境である最下層に溜まるようになっていく。


 今回尋問のために呼び出された僕は、80階層の内の10階にある惣会支局に訪れていた。惣会の本部そのもの(当然城内で最もお偉いさんにあたる)は最上階層に設置されているのだが、城外活動絡みの手続きであればこの10階支局でほぼ完結する仕組みになっている。城外帰りで汚染物質にまみれた人間は最悪10階までで食い止めようというのが狙いだ。汚物扱いされるのはやや腹の立つ話ではあるが、最上階層まで上がる検疫手続きの面倒臭さと秤にかければこういう運用の方がありがたい、というところで留飲を下げることにしている。


 取調室から退出し、そのまま支局を出ようと受付の前を通りがかった時、背後から声をかけられた。

「おい、おい」

 その一言で誰かがわかった。振り返るとその予想通り、輝くばかりの黒い艶やかな長髪をかきあげながら、眉目秀麗の若い女性官僚が受付窓口越しに僕を見つめていた。そんな彼女の方を、間に挟まれた受付係のおばさんは戸惑ったように見上げているが、女性の方はお構いなしに僕に言った。「お前の友達のあいつ、だめだったか」

「ええ、はい」とだけ僕は答えた。

「そうか。それは残念だったな」

「耳が早いですね、ハルドウォールさん……」

 彼女は惣会征察局のリザ・ハルドウォール征察官。5年前まで僕の上司だった人で、焔術や運び屋稼業に関しては師匠にあたると言ってもいい。今は転職して惣会征察局に勤めているので、この10階支局に駐在している。

「こっちはそういう仕事だからな。悪く思わんでくれ」

 彼女は本当にすまなさそうな色を見せながら言った。さっき僕を尋問した、熱意のない担当官とは違って。「それにしても、あいつもそれなりに場数は踏んでいたはずだと思うが」

 腑に落ちないように彼女は言う。腑に落ちないのは僕も同感で、「そうですね、そうだったんですが……」と答えた。正直、二の句を考えるのも億劫なぐらいで、当たり障りのない会話を弾ませる余裕もない。

 ハルドウォール征察官も僕の心情を汲み取ったように、目を伏せて「お前たちの付き合いは知っている。心中察するよ。気の毒にな」と言った。

 しかし、すぐに切り替えて、こう付け足した。

「こんな時にすまないが、仕事の相談をさせて欲しい」

「こんな時に、ですか……」

 この時ばかりは、さすがに僕もげんなりとした表情を隠し切れなかったように思う。

「悪いが、少し急ぎだ。それに少々厄介な話になるかもしれない。今夜20時に5階の2ブロックまで来てもらえるか。場所は……まぁ、わかるだろ?」

「ええ、わかりました。いつものところですね」

 ハルドウォール征察官と受付のおばさんの肩越しに支局オフィス内にかかった壁時計をちらと見遣ると、14時を指していた。「では後ほど」

 ハルドウォール征察官は頷きを返すと、背を向けて奥のオフィスに戻っていった。


 僕は今度こそ支局を退出し、5階に向かう。1日ぶりに、自分の事務所へ顔を出さないといけない。”お嬢様”への報告のために。

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