第2章 彼の消失と僕の残存と

2章-1

 その風変わりなクライアント――グスヴァン・キンテイラは、僕らに砂漠の岩場まで連れて行かせたけれど、洞窟内の探検に同行することは求められていませんでした。というより、こちらもお供を申し出たのですが、彼が許してくれなかったんです。トレジャーハントの手柄を横取りされると思ったのか、見積もりが膨れ上がるからか、事故の際に助けを呼ぶためか、へらへらした若者に付きまとわれるのが嫌だったのか……今となってはわかりませんが、そういう何かしらの理由があったのでしょう。

 だから、僕は彼が洞窟の中で何をしていたのかはあいにく目撃していません。彼から聞いていたのは、「特異な周波数を捉えたので発信源を特定したい」という動機と、「ここにヒトがいる」だとかの、嘘かまことかわからぬ与太話ぐらいのものです。それらの真偽は僕にはわかりません。


 そういう趣旨のことを、お城に帰って4日後に惣会の出入管理部に呼び出された僕は、事務的な態度の担当官を相手に説明する羽目になっていた。なぜなら、あの後グスヴァン・キンテイラが消えたからだ。そして、サリングも帰らなかった。彼の奢りということになっていた打ち上げも開催されないまま、既に2日が過ぎていた。そうなると一緒に案件を担当していた僕が呼び出されるのも、至極当然と言える。

「よくわかりました」

 ひとしきりの証言が終わった僕に、担当官はちっとも顔色を変えずに告げた。

 僕の弁説はそのほとんどの部分が「知らない」「わからない」で占めていたけれど、担当官の彼はその全てをあまり反駁することなく受け止めた。あまり興味もないのだろう。まるで、「まぁよくあることだ」と言いたげのようだった。

 全くその通り。こんなのはよくあることなのだ。お城の外に出るということは、いつ何時そうなってもおかしくないということ。その覚悟がないのなら、最初からお城の中で金属や草花や計画でもいじっていればいいだけの話。仮にそれが自分の貴重な友人であろうと、そう……よくあることなのだ。

 僕が無意識に瞳を閉じるのと同じ速度で、担当官の彼は帳簿をぱたんと閉じた。

「結構です。ご協力に感謝します。この度は残念です」と彼は形ばかりの無念さを滲ませながら僕に告げ、退室を促した。


 担当官の熱意のなさにはごもっともな理由もあった。と言うのは、彼が今更僕から根掘り葉掘り聞き出したところで、もう打つ手が残されていないのだ。昨日、僕は捜索隊の一員として消息を絶った彼らを探しに再び現場に繰り出していたのだけれど、1日がかりで探し回っても行方はわからなかった。それでは明日もう一度探しに行きましょうか、だなんて悠長な善意は、我々の社会から消え失せて久しい。人々がこのお城にこもるようになった約150年間で積み重ねた統計的判断と経験知により、1回探して見つからなければあと10回探そうが結果に大差はないと見做されている。その背景には、運び屋のようなリスク上等の仕事を生業にするかぶき者に対して、金欠の公共がどこまで面倒を見なければならないのか、というシビアな正論があった。

 つまりそれが、この閉塞したお城を包む、法規という秩序の限界なのだった。


 かくして僕は部屋を退出した。

――「うるせえ、死ね」。

 不意に、先日僕が何気なくサリングに叩いた軽口が甦り、それは両耳の奥、頭蓋の中枢に意地悪く反響した。

 僕だって、まさか言霊を信じているほどウブじゃない。大体、「生きて帰れ」「無事に戻れ」と叫んだって人はいくらでも死んできたのだ。都合の良い時だけ神頼みするのが身勝手なら、都合の悪い時だけ神罰を信じるのもまた身勝手だ。……と頭ではわかっているけれど、それでは今不意にあの軽口が甦った理由がうまく説明できない。

 結局、さっぱり割り切れるほど、僕は逞しくないということなのだ。だから、唇を噛むぐらいしか、僕にもはやできることはない。

 これじゃ探報の書き損じゃないか、サリングの馬鹿野郎。


 こうしてグスヴァン・キンテイラは――そして、そのそばに最後まで付いていたであろうサリングは、帰らぬ人として公的に記述される。これまでに失踪した数多の先人たちと同じように、均質に。

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