1章ー2

 ひとしきり説明を終えたサリングは、おもむろにこの洞穴の奥の暗がりを見つめて、言った。

「やっこさん、そろそろお宝は見つかったのかいな」

 彼が「やっこさん」と呼んだのは、今回の案件における僕たちの顧客――グスヴァン・キンテイラ氏のことだ。今はこの洞穴の奥に続く洞窟をひとりで探索している最中だった。

 僕はため息をつき、「見つかると思うか?」と言った。つい頬がにやけるのを感じながら。

「クソッ! やっぱりな!」

 サリングは「やれやれ」とばかりに破顔した。「まもなく引き揚げ日が来るってのに、ひとつでも成果あんのかね」

「昨夜は地底人がいるという話を聞かされたよ」

「地底人?」

 彼は演技がかったように眉をひそめた。「すげえな、衝撃の発見じゃねえか。お前も見せてもらったか?」

「会わせてもらえなかったな」

「へぇ。いかれてんな」

 僕もサリングも失笑を堪え切れなかった。



――ここの地下には、ヒトがいる。

 昨夜、洞窟から戻って来たキンテイラ氏と共に夕食を食べている時、唐突にそう切り出された。

 いやいや、きょうび僕らの住むお城の外でヒトが生きているわけがないでしょう、という常識を丁寧な言い方で僕は告げた。それでも彼は僕の言った常識について馬耳東風といった様子で、くねった銀の前髪の向こうの両眼に困ったような微笑みを浮かべながら、ヒトがいるんだ、と真剣な声色でもう一度繰り返した。ヒトというのが文字通りの人間なのか、それとも隠喩の類なのか、その口調からは判然としない。

 生存者ということなら救助して、惣会にすぐ連絡しないと。どこにヒトがいたんですか、救出なら手伝いますよ、僕らも契約を盾に杓子定規なことはしません。と僕はまた極めて常識的な対応を提案したが、キンテイラ氏は「それは難しい」と言った。

 それから少し物思いにふけるような素振りを見せた後、こんなことを言った。

「もし、私の身に何かあれば、伝えてほしい。『ここは貯蔵庫、ここにはヒトがいた』と」

「『貯蔵庫』? どういう意味でしょう?」

「君も、あのサリングという若者も、この場所に違和感があるだろう? 恐らく、それとも関係があるはずだ」

「抽象論を言われても困ります」

「具体的に言いたい気持ちもあるんだが、たぶん、不用意に言って良いことではないんだ。我々の色々な常識や価値観が覆ってしまうからね。私も、知ったところでどうすれば良いのかわからない。だから、“私の身に何かあれば”、惣会に伝えてほしい。まぁ、惣会に何が出来るとも思えんが……」

 彼はそれきり何も言わなくなった。本音を言えば、説明もないまま思わせぶりなことを言われたせいで、僕もやや腹が立った。だから、それ以上の追及をする気も起らなかった。

 今になって思い返せば、あの時のキンテイラ氏は、不都合な真実について黙殺することも出来ず、さりとて何をどこまで話すべきか逡巡していたようにも思われた。



 そもそも今回の案件を持ってきたのはこのサリングだ。「ちょっと変なおっさんの個人的な依頼だが、惣会も介さねぇし割はいいぞ」と目を輝かせて。確かに今回の顧客グスヴァン・キンテイラは、トレジャーハンター気取りの小金持ちのおっさんだった。何の確信があったのか、曰く「私物の通信機が救難信号のようなものを捉えたので発信源を探査したい」とのたまい、この名前も知らない砂漠外れの岩場まで僕らに連れて来させ、岩場の奥に洞窟を見つけるや否や一日中そこに潜って探検している。陽気で口数が多く、顔には既に年齢相応の皺が入っているにも関わらず、オカルトじみた情報や知識を他人に開陳することに何ら抵抗感を覚えない手合い。


 ただ、そういうよくわからないクライアントであっても、然るべき料金をお支払い頂いた以上、我々としては然るべき責任感でもって職務を遂行せねばならない。キンテイラ氏の言うことが妄言であるか否かはそこでは問題ではない。

 そういうわけで、僕とサリングは2日交代でこの岩場に宿直している。片方は危険が迫った時に、いつでもクライアントを退避させるために現場駐在。そしてもう片方は、お城の中で水と食料をかき集め、交代のタイミングでここまで運び込む。

 僕は今回が3回目の宿直当番であり、ここでの交代をもってお役御免となる予定だった。


「まぁでも、俺の言った通り、割はよかったろ?」

 サリングは得意げな笑みを浮かべて僕に尋ねる。

「まぁ……そうだな」

 悔しいことに、その他人をおちょくったような自慢顔に反論できる余地は全くない。ここまでのところは労少なくして報酬の多い、おいしい案件だったのは否めない。「あのおっさんも気のいい人だしな。何より、こっちに無理を言ってこない」

「そうそう。金を払い、口出ししない。こういうお客様こそ神様だと思わんかね」

「ああ、全く同感だ」

 実際、クライアントは多かれ少なかれ無理を言ってくるものだ。ただの我儘なら一蹴すればよくても、城外活動の現場では往々にしてその我儘に「命」が掛かっている。自分や大切な同僚の命がかかっている、無理は承知しているがこうしてくれないか。そういう人道的に正しい我儘に対しては、こちらもつい良心とサービス精神が働いてしまうのだが、残念ながらそうした良心とサービス精神が常に現実を好転させる対価となるわけではない。むしろ安請け合いが連れて来るろくでもない展開に、何度泣かされてきたかわからない。

 少なくとも僕らはほとんど個人事業主で、この身体ひとつが資本であり、死んだらおしまい、何もかも。まさしく「命あっての物種」なので、その種のトラブルが一度もなかったというだけでも、今回の案件は極めて優良と言って良かった。


 それでこの2日間はどうしてたんだ、とサリングは僕に尋ねた。

「おっさんの与太話聞いてたぐらいで、あとは特に何も」

 言葉の通り、何の豊かさもない返答になった。「まぁ、本はけっこう進んだな」

「本ね。お前も相変わらず陰気臭いやつだ」

 仕方のない奴だと言わんばかりにサリングは笑った。「大体、この気温でよく文字が頭に入るもんだ」

「陰気も何も、他にやることがあるか? まさかお前、昼寝してるなんて言わないでくれよ」

「昼寝はしねーさ、さすがにな」

 彼は一応否定しつつも、「けどこの辺に来てから一度も“凧”を見てないから、寝れそうな気もしなくはねぇな」とも言った。

 凧とは、穢鳶えようを指すスラングだ。穢鳶えようの語源はトンビに姿が似ているからと言われているが、それが転じて運び屋の間では凧という蔑称が通じる。実際のニュアンスはあまりお行儀のよいものではなく、「アホ、ボケ、タコ」と罵倒する時の「タコ」に近いだろうか。それだけ我々の恨み辛みが積もっているのだ。

 するとサリングは「あれ、見てみろよ」と言って、この岩場の横穴から砂漠側へ50歩ほど――先ほど彼が出てきた“澪”の少し向こう側――に、砂地に突き立てられた棒を指差した。その棒は僕の背丈ぐらいの大きさで、音叉のように根本あたりから二又に分かれており、 “澪”と同じ青い火のような光をまとっている。それはこの横穴を中心として半径50歩の半円を描くように5本ほど点々と立っている。あれは焔杭えんくいと呼ばれる、穢鳶えよう防除用の最もベーシックな仕掛けで、ここに来た初日に僕らが立てたものだ。

 サリングが言わんとしているのは、その焔杭えんくいの状態についてだ。あれが青い光をまとって見えるのは、焔素を“装填”――つまり焔術によって焔素を棒に固着させているから。もしあの傍に穢鳶えようが近寄れば、焔杭えんくいに“装填”された焔素のいくらかが穢鳶えようの方に反応して、そちらに付着する。穢鳶えようは焔素を嫌うので、それが嫌がらせになる。だから焔杭えんくいに“装填”された焔素の残存量を確認すれば、穢鳶えようの接近や接触の度合いを把握する装置にもなる。

 今、僕らの目前にある5本の焔杭えんくいは、その全てが煌々とした焔素の青い光を放っていた。


「お前、この2日間で“装填”し直してはいないよな?」

 サリングが問い掛ける。僕は首を横に振る。

「していない。焔杭えんくいの焔素は10日前に立てたあの時のままだ。不思議なことに新品同然だね」

 僕にも、彼の言わんとする違和感はわかっていた。普通、焔杭えんくいはこんなに長持ちするものでもないからだ。「なぁサリング、こんなに穢鳶えようが出ないことって、経験あるか?」

「いやぁ、ないね」

 彼は即答した。「ま、平和に越したことはないわな……」と言いながら、彼もどこか釈然としていないように目尻を歪めている。


 城外活動では常に穢鳶えようといかに出くわさないか、出くわした場合はどう対処するかに神経を尖らせなければならない。焔杭えんくいを立てるのはその一環であり初歩的措置だが、あれ単品では子どもに見張り番をしてもらう程度の効力でしかない。当然、それ以上の有事の対応について僕らは計画を作成し、クライアントとの間できちんと共有した上で現場に臨んでいる。それが僕たちの職責だし、他ならぬそこの部分で杜撰な仕事をすれば命の保証はない。

 ところが今回に限っては、僕は一度も穢鳶えようを見かけたことがない。交代でここに来ているサリングも見ていないと言うので、僕ら2人がこの砂漠の岩場に出入りする実に10日もの間、奴らが出現していないことになる。

 それは僕らの感覚で言えば、不気味さすら感じる低頻度だった。1~2時間ならともかく、10日間も野外にいて出くわさない程度の脅威であったなら、そもそも人類はお城に引きこもる必要などないし、我々運び屋としても商売あがったりだ。


「まぁ、理由はわからんが、こういう場所があったって事実は惣会に報告した方がいいんじゃないか。“凧”が寄りつかん何かが、ここにはあるのかもしれんしな。連中だったら泣いて喜ぶだろう」

 サリングは促すように僕を見つめた。僕も彼の言うことはもっともだと思い、サリングにひとつ提案をした。

「これから帰ったら、探報を真面目に書いてみようと思う」

「いつも書いてるだろ」

「真面目に書くんだよ、今回は」

 城外で何らかの活動を行った後、その活動で得た知見や情報について、活動者は原則として探索結果報告書(略して探報)なるレポートを惣会に提出しなければならない――が、今では実務サイドが面倒臭さに音を上げてすっかり形骸化し、ごく一部の生真面目な連中だけが惣会に対する点数稼ぎのために提出しているのが実情だ。

「あんなのほんとに読まれてんのかね? 何の意味があるんだといつも思っていたが」

「一応読まれてはいるらしい。惣会に行った先輩からはそう聞いてる」

「どうだかね。まさに役所のやること、形式主義って感じだが」

「こういう場合は形式が用意されていることが大事なんだよ。こっちが特ダネを書ければ、それが次の仕事につながる。何たって穢鳶えようが出ないんだ、あとは調査でも何でもござれだ」

「まぁ好きにしてくれ。ただ、知っていると思うが、俺は作文が苦手なんだ」

 サリングはわざとらしく困り顔をしてみせた。「だから、全面的にお前を信頼させてもらうぜ」

「僕によろしく書いとけと言うわけか?」

「ああ、よろしく書いといてくれ」

「まぁいいけど。書くのもひと仕事なんだ、何か見返りをくれよ」

「打ち上げ奢るぜ」

「それならいい。僕が帰り次第書いて、出来次第提出しておくよ。ああ、もちろん連名で出すから、僕が手柄を独り占めするつもりは毛頭ない」

 了解、とサリングはニッコリ笑った。ぼったくり商人のように胡散臭い笑顔だと思ったが、貸し借りはお互いある身なので言わないことにした。

「……ま、もし本当にここが、“凧”の出ない場所だったんなら、お城よりもこっちに住んでみるのも悪くないよな」

 おもむろに冗談とも本音ともつかない声色でサリングは言った。

「突然どうした。お城の生活はご不満か」

「いや、そんな重たい話じゃない、もっと夢のある話として、だ。“凧”さえいなけりゃ、多かれ少なかれあのお城を出たくなるのが俺たちの職業病かと思ってね」

「さぁ、それはどうかな……」

 僕個人の感情で言えば、お城を出たい気持ちは充分理解できる。お城の中では何よりも秩序が優先されるので、息苦しさを覚えないと言えば嘘になる。ただ、そういうパンクな感情を捕まえて職業病とまで昇華させるのは単純化が過ぎる気もした。なぜなら、“お城を出たいがために”この仕事を好む者もいれば、“お城の中にいたいがために”この仕事にすがりつく者だっているのだから。

「職業病云々は置いておいて、サリングとしては、お城を出てここに暮らすのはアリなのか?」

「俺か? こんな感じでずっと安全って前提なら、俺はアリだな」

 そう言うと、サリングははにかんだような笑みを浮かべて、「いっぺん野営すんのが憧れなんだ。焚火して、気が済むまで飲み食いしたら、寝転んで星を見て……ってな。ここなんかはちょうどいいロケーションだ」

「へぇ。見かけによらずロマンチストなんだな」

「茶化すなよ。ロマンや憧れってのは大事だと思うぜ」

 ロマンチストだと言った僕の返事を、サリングは皮肉のように受け取ったのかもしれなかった。陽気な彼には珍しく、少し真面目な声色で言った。「実際叶うかはわからんよ。けど、少なくともてめぇの惚れ込むロマンがあれば、それは道筋になるからな」

「道筋、ね。いい言葉だな」

「こんな時代だから、後ろ向きにならねぇことが大切だ」

 彼からそういうセンシティブな言葉を聞かされるのはあまり記憶にないことだった。

「……そうだな、そういう意味では、こういうところで暮らすってのも、案外悪くないな」

 つい口をついて出た言葉は、恐らく僕の本音だった。

「だろ?」とサリングも同意を求めるように頷く。

 けれど、僕も人並みに天邪鬼なものだ。肌に滲む不快な熱を急に思い出したので、「……ま、冷静に考えると、こんなに暑いところはやっぱ御免だけどな」と結論を上書きした。

「チッ、何だよ」

 サリングは悔しそうに舌打ちした。「ああ、お宅の“お嬢様”なら、俺が面倒見てやるから安心しろよ」

 そこで初めて僕は彼がなぜこんな話を振って来たのか、合点がいった。ウチの“お嬢様”目当てで、お邪魔虫の僕は城外でアホ面下げてキャンプでもしてろと言いたかったわけか。してやられた気分で苦笑するしかない。

「お前にあのを預けるぐらいならお城の中で暮らす方がずっと良いや。……“お嬢様”はきちんと留守番できてたか?」

「ああ。俺との食事を断るぐらい、熱心にな」

「完璧な対応だ。帰ったら褒めておこう」

 ひとしきり笑ってから僕は立ち上がり、帰り支度を始めることにした。



 帰り支度と言っても、あらかた荷はまとめた上でサリングを待っていたので、てらてらと群青の防焔塗装が施された外套を着込み、分厚いマスクをつけてバッグを背負えばそれで完了する。あとはサリングが現れたその澪から帰るだけ。自分の部屋に。それがあるお城に。

「じゃあ。あと2日頑張れよ。おっさんによろしく伝えてといてくれ」

 マスクで口と鼻を覆いながら僕は岩陰のふちに立ち、サリングにしばしの別れを告げた。

「2日後の夜は空けとけよ」

 屈託のない笑みとともに、サリングは調子よく片手を挙げて僕を送り出した。僕は岩場の横穴を出て30歩ほど歩いたところの澪まで行って、飛び込むようにして身体を突っ込んだ。

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