第28話・蒙古的生活様式

 さて、原住民・・・というには文明的すぎる人々の住む、モンゴル人自治区だ。家は古風なレンガづくりだが、電気が引かれていて子供たちはテレビを(しかも「一休さん」を)観ているし、おっさんたちは野外にちゃぶ台を出して麻雀を打っている(パイが丸いのが興味深い)。しかし、彼らには「ツアー会社がよこしてきた旅人たちに昔ながらの生活を体験させる」という任務が課されている。よろしくお願いしたいところだ。

「パオを組み立てるぞ」

 ということになったようだ。パオとは中国語のようだが、モンゴル語で言うところのゲルで、つまり例のフェルト製の掘っ立て小屋・・・いや、住宅だ。モンゴルといえば、草原に建てられた丸いテントのようなこのゲルを思い浮かべる人も多いだろう。放浪の民であるモンゴル人は、行く先々でこの携帯式の家屋を建て、その地で羊たちに草を食ませ、草がなくなると、また家屋をたたんで移動する。そんなゲルのつくり方を見せてくれるというのだ。まずは、円筒形の壁づくりだ。これはジャバラ式になっていて、折りたたまれたものを開くと長板のようになる。こいつを、すでに配置した家具の周囲ぐるりにめぐらせて、居住スペースを囲ってしまう。次に、ぐるりの中心に自転車の車輪ほどの円形のパーツを置き、壁の外側の四方から槍を突くようにして棒を差し込んで、上方に持ち上げるのだ。こうすることで、なだらかな円錐形の屋根の骨組みが出来る。あとは羊製の分厚いフェルトを巻きつけていけば、はい完成、というわけだ。なんと合理的にできたテントではないか。

 のどが渇くと、ジャスミンのミルクティーが出る。大きなポットに、レンガのように固めた茶葉をナイフでこそぎ入れ、そこに熱したミルクを入れてつくる。葉っぱが口の中で絡んでくるが、なかなかおいしい。川は遠く、水は貴重品で、顔を洗うにも手の平一杯分の使用しか許されない。手を洗うときなど、右手にすくった水で左手を洗い、そのこぼれそうなやつをすくって右手を、そして左手を・・・と下に下にこぼれる水を追いかけてすくいつづけながら洗う。水はそれほどまでに大切なのだ。そいうわけで、この地では水よりもミルクの方が身近な飲みもののようだ。

「馬で草原を横断して隣村までいくぞ」

 人数分の馬が引き出されてくる。乗馬用のサラブレッドでも、ポニーでもない、その中間ほどの大きさの、小振りな馬だ。ひどく硬質な鞍とあぶみが装備されているが、尻の据わり具合いはよろしくない。デコボコのパーツで装飾された形といい、こけおどしのような効果を狙ったものなのかもしれない。しかし座り心地は我慢して、教えられる通りに手綱をさばく。馬の背から見下ろす風景はなかなかのものだ。

 現地の若者たちが、こちらの男っぷりを試そうというのか、いきなり全力で駆け始める。オレのまたがる馬も、それに引きずられるように、一緒に走り始めた。初心者の操作では止められない。なんとか食らいついて、落馬だけは免れた。若者たちは笑っている。生意気だが、無邪気な連中だ。彼らとはモンゴル相撲も取ったが、まったく歯が立たなかった。砂漠はラクダで渡った。こいつの背の座り心地はなかなかいい。歩みもゆったりとしている。しかし、降り際に後ろ足を顔面に蹴り込まれて、死ぬところだった。

 夜。星空のクリアさは気が遠くなるほどのものだ。星の瞬きがまぶしいほどだ。ひっきりなしに行き交う流れ星の一個いっこがでかい。ゆっくりと天空を渡っていくのは人工衛星だ。その形までがはっきりと目で捉えられる。国際宇宙ステーションかもしれない。

「秘境って素晴らしいね・・・」

 東大出の編集デスク氏が、ブランデーでも片手に持っているかの雰囲気で、浪漫ティックにつぶやく。ふと見ると、パジャマ姿だ。準備がいい。原野では洗濯機もあるまいと想定し、何着も持ってきたらしい。さすがだ。

 砂漠の真ん中に、素晴らしい気分でうんちをした。もりもりと出た。こうまで清潔で爽快なトイレには、これより後にも先にも出くわしたことがない。

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