#48 メンテナンス
≪帝都アルケディア≫
帝都アルケディアに自分の家を建てた。モフモフのように可愛いお家ではなく、モダンな感じの四角い家である。一応ギルドハウスってことにしてあるけど、ディアボロスのメンバーが全員入れる広さは無いので、ユリア、もちこ、モフモフ、この3人にしか家の場所を教えていない。
≪シエルの家≫
ディアボロスとセレスティアスで連絡を取るときはアリサとフレンドチャットを通して行われた。俺とアリサはまだフレンドだったので、都合がいいと言えば都合が良かった。連絡は他の人に聞かれないよう自分の家で取ることにしている。
『シエル君が私のギルドマスターのことをあんな風に思っていたとは知らなかったなぁ』
アリサの声は以前のフレンドリーな話し方とは打って変わり、氷柱のように鋭く冷たいものになっていた。マレットの町での出来事から依然として話しづらい状況は続いていたのだけど、こんな話し方になってしまったのはそれだけの理由では無いだろう。やっぱりフィロソフィを陥れるために行った生放送が原因だと思う。
『それで、ギルド戦は8月1日ってことでいいんだよね?』
『ああ。8月1日に決着を着けよう』
『じゃあ、マスターにもそうやって伝えておくね』
俺の提案は意外なことにすんなりと通った。これだけセレスティアスからギルドメンバーの流出が起きているというのに、余裕すら感じられた。これは一体どういうことなのだろうか。
『……あ、そういえばシエル君って初心者サーバー組だったよね? あの生放送でスカイの名前を出していたけど、その時には既にスカイって人は消えていたはずだよ。それなのに、シエル君はどうしてスカイのことを知っていたのかなぁ?』
心臓がドキリと跳ねる。
しまった、アリサと洞窟で会った時に最近始めた初心者ということを話してしまっていたんだ。それだけじゃない。こないだのマレットの町での会話でもかなり不自然な怒り方をしてしまった。これでは俺がスカイの2垢目だと疑われてもおかしくはないぞ……。
ドキドキ……。
『まあ、いいんだけどね。どうせネットか何かの情報を見つけてテキトーに拾ってきたんでしょう? あーあ、初心者の手伝いなんてしなければ良かったな~』
――アリサがアホで助かった。ったく寿命が縮まるわ!
しかし、この事をフィロソフィにでもチクられでもしたらヤバイよな。フィロソフィはアリサほどアホじゃないと思うし、シエルはスカイの2垢キャラだって感づかれちまうんじゃねーの? 何か手を打っておくべきか……。
【16:00から緊急メンテナンスを開始します。メンテナンス中はログインが出来ないので時間までにログアウトをお願いします】
そうそう、メンテナンスのお知らせが出ていたんだ。内容はうろ覚えだけど、カジノの仕様変更とかって書かれていたような気がする。恐らくポーカーで負け続けるとロイヤルストレートフラッシュが確実に来る仕様をこっそり修正するつもりなんだろう。散々稼がせてもらったので今更修正されても大したダメージではないからいいんだけど。それにしても、今までよく修正されなかったものだなって思う。
メニューコマンドで時間を確認すると、今まさに16時になろうとしているところだった。
急いでギルドハウスから出ると、もちこが建物の壁に寄しかかり、俺が出てくるのを待っていたようだ。
「なあ、シエル。私はどうしても気になるんだよ」
いつにも増してシリアスな雰囲気を醸し出している。俺の予感では良い話では無さそうだ。
「前に秩序を守るって言っていたけれど、本当にそんなことは必要なのか? 新しく入ってくるギルドメンバーはなんだか殺伐としているし、あの放送からシエルは変わってしまったよ。前みたいに4人でまったりと遊ぶだけじゃダメだったのか?」
「……こうなるのは昔から決めていたことだったんだ」
「昔からって……そういえば、ユリアやモフモフも何も言わないし、疑問を感じているのは私だけなのか? ユリアはディアボロスの最初のメンバーで、シエルとも特に仲が良いみたいだし、モフモフも私と会うよりも前に知り合いだったんだよな。……知らないのは私だけだったのか?」
もちこは、まるで自分一人だけ仲間外れにされたような悲しい目をして俺に問いかけてくる。繊細だからこそそういったことに敏感なのだろう。でも、それは間違いだ。ユリアが何も言わないのはあの夜の話があったからだとして、モフモフは……ただ単に興味が無いだけだろう。
「ユリアにも、モフモフにもその昔のことについては話していないよ。それに、俺には話せない理由があるんだ」
「その理由って何なんだよ。教えてくれよ!」
【今からメンテナンスを開始します。ログアウトされていない方は強制ログアウトになるのでご注意ください】
「……もうすぐメンテナンスが開始される。そろそろログアウトした方が良い」
「お、おい……っ!」
◇
目の前は黒に包まれていた。
ログアウトしようと思ったら強制ログアウトされてしまったのだ。あのままログアウトって後味が悪いな。
……強引な決断を行ったせいで歪みが生じてしまったんだ。そのせいでもちこは傷ついてしまっている。これは俺の責任だ。
壁に掛かってある時計を見る。時間は16時を1分過ぎたところだった。メンテナンス終了時刻は20時だっけ。まだまだ時間があるな。
メンテナンスでゲームが出来ないってことでイライラする人が多いみたいだけど、俺にとってメンテナンスは癒しの時間だと思っている。オンラインゲームは競争の世界で、俺たちは常に見えない誰かと競っている。ログインし続けなければ自分だけ取り残されてしまうような感覚に陥ってしまうんだ。でもメンテナンス中はどうだろう。誰一人プレイヤーはDOMにログインすることが出来ない。だからログインしなくても誰かに取り残される必要は無いのだ。だって、みんな同じくログイン出来ないのだから。メンテナンス中は唯一競争社会から抜け出すことが出来る休息の時間なんだ。
「ふぅ……」
俺は再びベッドに横たわる。
競争社会の現実から逃避するためにゲームを始めて、そのゲームの競争社会でも疲れてしまうとは皮肉なものだね。俺は何を求めてゲームを続けていたのだろう。
今日は7月22日。明日で学校は終わりだ。
高校最初の夏休み、アリサと会うはずだった夏休み。まさかこんな夏休みになるとは思わなかったな。
俺は時間を潰すため、スマホを手に取ることにした。
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