#40 すり抜ける心

「やあ久しぶりだね、アリサ」


 片手を上げ、陽気な外国人になったつもりで挨拶をする。


「あ、シエル君。こんばんは」


 微笑みながら挨拶を返してくるアリサ。


 やっぱりだ。一人で居るときと、フィロソフィと一緒に居るときのアリサの性格が明らかに違う。


「ちょうど今暇でね。良かったらお話でもしないか?」


「うん、いいよ!」


 フィロソフィのご愛人であるアリサ様から雑談の許可を頂き、立ち話は何なので……ってことで、広場にあるベンチに2人並んで腰かける。


 そんな俺たちの前を多くのプレイヤーが行き交っている。その人たちから見た俺たちはどう映っているのだろう。恋人とか思われたら嫌だな、アリサに気付かれないようにこっそり横にずれる。ちょうどそのタイミングでアリサに話しかけられたので心臓が止まりそうになった。


「そういえばシエル君、ギルド違うところに移ったの?」


「うわ、よく見ているね。そうだよ、自分でギルドを作ってみたんだ」


「わあ、ギルドマスターなんて凄いじゃん!」


 ギルドマスターというと凄いって印象があるみたいだけど、誰でもなれるし、別に凄くはねーからって心の中でツッコミを入れる。


 さて、ギルドの話題から派生してアリサには聞きたいことが色々あるのだけど、何から聞くべきか。


A.「アリサってギルドマスターと仲良いよねー」

B.「アリサはどうしてそのギルドに入ったの?」


 ギャルゲーみたいな選択肢が頭の中に浮かぶ。どっちを選んでもアリサルートは有り得ないけどね、Aは流石に嫌味ったらしいかな。ここは無難にBで行こう。


「アリサはどうしてそのギルドに入ったの?」


 ギルドに入ったきかっけは恋人だったスカイと同じギルドが良いよねってのが本当の理由だけど、アリサはなんて答えるかな。これは今のアリサの俺に対する心境を知ることも出来るはずだ。


「んー、私ね。DOM内に恋人がいるんだけど、その人と同じギルドに入ればもっと一緒に居られるかなって思ったんだ」


 そう語るアリサの横顔は、まるで恋する乙女のようだった。アリサの答えは真実とほぼ同じだけれど、質問の仕方が悪かったかな。スカイもフィロソフィも同じギルドだったし、これじゃどっちが恋人が誰か分かんねーじゃん。誰が恋人か直接聞くのは出すぎた真似か? それならこうやって聞いてみようかな、と閃き。


「DOM内で恋人かー。現実世界で会ったりしたの?」


「……ううん、実はまだなの」


 少しの沈黙の後に、まだ会っていない……と回答。てことは、恋人枠はスカイのまま変わっていないのか? 更に追及してみよう。


「前に炭鉱でのレベリングで組んだ時にフィロソフィって人と仲が良かったけど、もしかしてあの人がアリサの恋人?」


 結局、選ばなかった選択肢の方も聞いてしまった。まあ会話の流れからしても不自然じゃないし、セーフ、セーフ!


「んー、そうだよ……あの人が恋人」


 言葉を濁らせながらようやく答えるアリサ。だがその答えは矛盾している。アリサはフィロソフィと既にリアルで会っているじゃないか。その証拠としてあの写真がある。


 未成年の女子高生が、中年のおっさんと付き合っていてリアルで会いました! とハッキリ言うのは流石に抵抗があるのだろうか。


 逆に言えばこれはアリサの弱点でもある。あの写真を保存している俺はアリサの弱みを握っていることになるので、これを使ってアリサをなんとか利用できないだろうか。


「えっと、じゃあ、その恋人と付き合うことになった経緯は?」


 つい犯人から聞き出すような口調になってしまう。


「うんとね、その人は私が学校から帰ってきたらすぐ私に声を掛けてきてくれるの。本当にすぐだったから、きっと私がログインするのをずっと待っていてくれたんだと思う。なんだか私が必要とされているんだって、こんなに私のことを想ってくれる人がいるんだって思ったら嬉しくなっちゃってね、こんなに好きな人が出来たのは生まれて初めてだったわ。それに、その人はとても大人っぽくて、私まで大人になったような気がしたの……」


 うっとりとした顔で長々と話すアリサ、俺は「へー」なんて適当な相槌を打ったけど後半は全然頭に入ってこなかった。まるで俺がアリサを想っていなかったような言い方じゃないか。お互いあんなに毎日好き合って、顔写真の交換までして、リアルでも会う約束をしたというのに、アリサは全然俺のことを好きじゃなかったのか? 


 そういや、女の恋愛は上書き保存ということを聞いたことがある。アリサは以前、今までに彼氏が出来たことが無いとか言っていたけど、さっきの話で『こんなに好きな人が出来たのは生まれて初めてだった』なんて言っているのをみるとそれも嘘かもしれないな。


 ……なんて考えている内に話が途切れてしまい、俺とアリサの間には沈黙が包んでいた。何か話題、話題。そうだ、無難なこれにしよう。


「そうだ、アリサはこの町で何をやっていたの?」


「えっとね、思い出巡りかな」


「思い出巡り? そう言えば、最初に会った洞窟でもそんなことを言っていたよな。あれって結局なんなんだ?」


「それはね。DOMで出会った彼氏との思い出」


 DOMで出会った彼氏との思い出……ということは、少なくともフィロソフィのことでは無いよな。これは明らかにスカイのことを言っている。今はフィロソフィのことが好きなはずなのに何故そんな思い出を求める必要があるんだ?


「――昔は良かったなぁって思ってね」


 そう付け加えるアリサの横顔は、またしても恋する乙女の顔になっていた。それを見た俺は心の中で怒りの炎が一気に燃え上がっていくのを感じた。


 何なんだ、コイツは。お前がフィロソフィと浮気をしたから全てが崩れさることになったんだぞ。それで、昔は良かった? ヘッ、よくそんなことが言えるもんだな。お前が全てをぶち壊したんだ。フィロソフィが迫って来ても断ればいいだけなのに、それをしなかった。自分を求めてくれることに悦びを感じ、あの汚らわしいおっさんを受け入れたんだよ、お前は!


 気が付けば腕は震え出すほど拳に力が入っていた。沸き立つ怒り、感情を制御することは出来なかった。


「じゃあ、どうして昔のままでいようと思わなかったんだ!?」


 自分の意思に反して出た言葉はシエルのものではなく、それはスカイの言葉だった。


「お前が変わらなければそのままでいられたんじゃないのか!?」


 自分の声が思った以上に感情的になっているのに気付き、俺ってこんな声も出せるんだなと、自分で驚いてしまう。


「ちょ、ちょっと……シエル君……?」


 なにより一番驚いたのは目の前にいるアリサだろう。その顔には驚きと怯えの表情が混ざってある。


 そりゃそうだよな、当事者でもない、アリサと出会って間もない赤の他人がこんなこと言い出したら驚きますよ。ハハ……何やっているんだろ。


 これ以上会話をするのは無理だと感じた俺は立ち上がり、ここから立ち去ることにした。


「私を愛してくれるなら……それで……」


 俯きながらアリサが言い訳のように小さくそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


 結局、そんな相手の気持ちなんかどうでもよくて、自分が一番大事ってことなんだろう? 所詮自分に酔っている、自分に恋しているだけの糞ビッチなんだよ、お前は。自分を愛してくれる人なら誰でもいい。それで男をとっかえひっかえして、簡単に男を切り捨てて、過去を振り返えれば昔は良かったーって被害者面。他人なんて自分を愛してくれるだけの道具にすぎないんだね。うんうん、アリサの本性がようやく分かったよ。


「怒鳴って悪かったな。俺はもう行くよ」


 返事は無かった。

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