魔王さまとデートします?


 ひどい高熱が出たものの、わたしの風邪は数日で治った。

 点滴、というものすごーく怖い治療拷問器具を使ったおかげかもしれない。


 風邪が治ると、不思議なことに、風邪を引く前以上に元気になった気がした。

 身も心も軽い。

 なんだか、小さくなってからずっと気怠かった体も、だいぶ楽になっている。


「魔王さま。ほら、元気になったよ」


「ああ」


 ベッドでにこ、と魔王さまに笑いかける。

 魔王さまはわたしの髪を撫でて、頷いた。


「頑張ったな」


 えへへ。

 イタズラもしなかったし、言いつけ通りちゃーんとおとなしくしてたんだから。


「しっかり風邪も治したし。しばらくベッドでおとなしくして、体調もよくなったし」


 魔王さまにすり寄っておねだりする。


「おそとに連れていってくれるって、言ったよね?」


 もちろん、魔王さまは約束を破らなかった。


 ◆


「はぁ〜! プレセアさま、とっても可愛いです!」

 

 ティアラたちは着飾ったわたしにデレデレだった。

 相当飾り付けがうまくいったようだ。

 

 本日のわたしは、おでかけ用の服を着て、せいいっぱいお洒落している。

 風邪をちゃんと治したわたしは、魔王さまと城の外にお出かけすることになったのだ。


 髪はピンク色の長いリボンでツインテールにし、毛先はクルクルとコテで巻いてもらった。

 ピンクと白のワンピースを着て、腰はフリフリと揺れる大きなリボンを結ぶ。そしてわたしは、いつものようにウサちゃんを抱いた。


 ウサちゃんは置いていきましょうね、と言われたけれど、ぶんぶんと首を振っておいた。ウサちゃんは、今ではわたしの一部みたいになっている。病める時も健やかなる時も一緒だったのだ。なんだか抱いていないと、落ち着かない。


 バタバタしているうちに、魔王さまが迎えに来た。

 いつもの黒い軍服の上着は脱いで、シャツだけのラフな格好になっていた。

 それでもかっこいいんだから、すごいよね。


「魔王さま、はやくはやく!」


 楽しみすぎて、わたしはガマンできずに、魔王さまに駆け寄った。

 その足にぎゅう、と抱きつく。

 見上げれば、少し驚いたような顔をする魔王さまと目があった。


「……可愛いな」


 ぽつりと魔王さまは真顔で言った。


「ふふふ、そうでございましょう。今日のプレセアさまは、私ども一同、気合をいれておしゃれさせていただきましたから!」


 ティアラが自慢げにそういう。


「魔王さまはやくぅー!!」


 とにかく遊びに行きたくて仕方ないわたしは、魔王さまにしがみついてバタバタしてやった。

 すると魔王さまはわたしを抱きあげる。


「お転婆な姫だな。街で迷子になるなよ」


「そのための首輪なんでしょ?」


 むくれてそういえば、魔王さまは笑った。


「ああ、そういえばそうだったな」


 いくか、とわたしを抱いたまま、つぶやく。


「行ってらっしゃませ」


 本日は魔王さまと二人きりだ。

 けれどそこに気まずさとかはなかった。

 それよりも、楽しみすぎてふるえちゃう。


「いってきまぁす!」


 わたしはティアラたちに手を振って、魔王さまの首にしがみついた。

 こうしてわたしたちは、転移魔法で、街へ移動したのだった。 

 

 ◆


「もう目を開けてもいいぞ」


 慣れないと酔うから、と魔王さまに目をつぶるよう言われていたわたしは、合図を聞いてから、ゆっくりと目を開いた。


「!」


 わぁ、すごい、なにこれ!?


 まぶたを開けると、そこに広がっていたのは、予想以上に賑やかな街だった。

 

「街は城の周りを囲むようにして発達している。ここは第二階層の、一般人が住む街だ。食料を売り買いする市場だな」


 魔王さまの言う通り、わたしの目の前には、野菜や果物、肉や魚なんかを売るお店が並んでいた。

 パンも売ってるみたいだ。

 なんか屋台みたいなのもあって、いい匂いがする。

 お肉の串焼きが目に入って、お腹がぎゅるう〜と鳴った。


 うわ〜、すごいなぁ!

 わたし、こういうの初めて。

 人間界にいたころはずっと神殿の中だったし、人込みがすごく新鮮に感じる。


 もちろん、人間とは姿形が違う人がいっぱいだった。

 頭からツノが生えてたり、そもそも頭が狼だったり。

 それでも、人間界で教えられたような、荒れ果てた街じゃなかった。

 みんな普通に買い物してるし、揉め事なんかもなさそう。


 やっぱり魔界って面白いなぁ。

 人間界よりもずっと技術が進歩してるから、見たことのない道具がいっぱいある。

 あの、たくさん果物を入れてる瓶は何かな?

 お客さんが手に持ってるのはフルーツジュースだから、果物を絞る魔道具とか?


 ああ、気になる。

 魔界のことをもっと知りたい。

 

 パタタ、と駆け出そうとするわたしを、魔王さまが捕まえる。


「こら」


「あう」


 首輪に指をひっかけられて、ぐええとなった。


「ペットは主人のそばを離れるな」


 そう言って、手を握られる。


「はいはい」


 わかってますよーだ。

 ぺろっと舌をだしてから、わたしは魔王さまの手をぐいぐい引いた。


 もっと街を見て回りたい!


 ◆


 散々魔王さまを振り回して街を見て回ったわたしは、疲れてしまって、ベンチで休憩していた。


 先ほど寄ったアイスクリーム屋さんで、約束通り、アイスクリームを買ってもらった。

 最近、魔界ではアイスに可愛いトッピングをのせるのが流行っているらしく、わたしもあるだけ全部乗せてもらった。

 二段重ねのアイスクリームに、キラキラ光るチョコレート。クッキーにマシュマロも。

 ティアラに怒られそうだから、内緒にしとけよ、と魔王さまに言われた。

 うんうんと頷いて、目を輝かせてアイスクリームを手に持った。

 

 魔王さまの横に座って、アイスクリームをペロペロ舐める。


 んん、可愛い〜。

 美味しい〜。


 アイスにはしゃいでいるわたしの横で、魔王さまも紙のカップに入ったシャーベッドをスプーンですくって食べていた。

 紙カップで食べるとは、邪道な。

 同じ値段なら、絶対コーンで食べる方がいい!

 お上品な魔王め〜。


 わたしの心が透けていたのだろうか。

 口周りをバニラアイスで汚すわたしを、魔王さまはじーっと見ていた。

 またいつもやつだ。

 

「なぁに?」


 首をかしげる。

 魔王さまは少し思案顔をしてから、ちゅ、とわたしの唇の横にキスをした。


「!」


 それからぺろ、と自分の唇を舐める。


「こぼし過ぎだ」


 どうやらわたしの唇に、食べかすがついていたらしい。

 ほっぺがカッと赤くなる。

 けれど不思議なことに、その行為が嫌じゃなかった。


「……魔王さまって、ロリコンって言われるでしょ?」


 ちら、と魔王さまを見上げながら言う。

 すると魔王さまは、不敵に笑った。


「手が塞がってるものでな」


 お前のせいだ、と言わんばかりに、ウサちゃんを見せつけられる。

 そういえば持つのに疲れちゃって、結局魔王さまに押し付けたんだった。

 ごめんウサちゃん。


「こぼさずに食べてくれたら、嬉しいんだが」


「気をつけまーす」


 二人並んで、ベンチで行きゆく人々を見ながら、穏やかな時間を過ごす。

 不思議なことに、道行く人々はわたしを見て、頬を緩ませて頭を撫でてくれたりした。飴とかお菓子とかいっぱいくれたり。

 人間界にいたときは、こんな風に親切にしてもらえるなんて、考えたこともなかった。

 

「よかったな、プレセア」


「ん?」


 魔王さまに抱っこされ、向かい合うようにして膝の上に座らされる。


「魔族たちは、お前のことが好きなようだ……」


「……」


 ほっぺを撫でられる。

 確かに、いろんな人に頭を撫でられるのは、嬉しかった。

 人間界にいたころは、一度もそんなこと、しれもらったことがなかったから。


 でも今はそれよりも、魔王さまのことが気になって仕方ない。


 なんか。


 よくわかんないけど。


 わたしの思い過ごしかもしれないけど。


 こういうのって、


 こういうのって。



 恋人みたい……だよね?


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