第196話 ラリサの父母


あれから……



俺が聖女を訪ねて、俺の出生の事を聞いてから……



俺は一人、どうすれば良いのか考えていた……



俺の実の妹であるアシュリーを、俺は妹として思う事が出来るのか……



アシュリーに惹かれたのは、俺の血がそうさせたのか……



出会ってしまったのが運命だとか、そんな陳腐な言葉で言い表したくはない



出会わなければ良かったとか、そんな簡単には片付けたくもない



ただ



俺にはアシュリーは



ただ一人だけの、特別な存在だと言うことには、何一つ変わること等ないんだ……






ベランダの先にある、チュペロの木のベンチに座って、一人空を仰ぐ様に思い耽っていると、ゾランが静かにやって来た。



「リドディルク様、お体の調子はいかがですか?」


「俺に会うと、まずそれを確認するのもいい加減やめろ。報告があるなら、下手な気遣いよりも先にすればいい。」


「……はい…申し訳ございません……」


「……いや……すまない、嫌な言い方をした……」


「いえ、お気持ち……お察し致します……」


「……俺にどうしろと言うんだ……ただ一つの……心から求めるものを……なぜ手にしてはいけない……?」


「…………それは……」


「……悪かった。ゾランに聞くことではないな。……報告があるんだったな?」


「……はい。聖女の……ラリサ王妃のご両親についてです。ラリサ王妃が、その……アシュリーさんを連れて逃げられてから、ご両親は奴隷とされました。」


「奴隷か……生きていただけ良かった……のか?」


「いえ……決してそうとは言えません……」


「どうなっている?」


「言葉にするのも……戸惑ってしまうのですが……その……ラリサ王妃の母キアーラですが……殺されました……」


「殺された?!誰に?!何故?!どうやって!」


「………ラリサ王妃の父、ダレルにです……」


「なんだそれは?!どう言う事なんだ!!」


「落ち着いて下さい、リドディルク様。説明致します。……ラリサ王妃が赤子と共に逃げた事に憤慨されたベルンバルト皇帝は、ラリサ王妃のご両親を奴隷に落とされました。ダレルに与えた仕事は……囚人を拷問し……死刑の執行を行う仕事です……」


「………っ!」


「勿論、ダレルは当初かなり拒否したそうです……が、キアーラを盾に取られ、そうせざるを得ない状態へと追い込み、無理に仕事を遂行するように仕向けたのです。」


「父上のする事は……いつもなぜ……そんな……っ」


「それでも思うように拷問しないダレルに、魔法で言う事を聞かせていたようです……ダレルはいつも涙を流しながら、拷問や死刑執行をしていたと聞きました……」


「人形遣いのウーログか……人間相手だと脳は支配出来ないからな……しかしそれが、精神的にダメージを与える……」


「仰る通り、ダレルは日増しに精神が病んでいったそうです。3ヶ月経つ頃には、もう魔法をかけずとも、自ら拷問や死刑執行を行う様になっていた様です。しかし、ダレル自身は、魔法が必要なくなっていても、ずっと魔法で操られている、と思っていたらしいです。」


「……そうやっていつも……執行人を作り上げていたんだな……」


「そうです……それから……キアーラは、奴隷にされてから……その……」


「……なんだ?言いにくい事か……?」


「……奴隷達の慰み者とされました……」


「何っ!?」


「奴隷として最下層の扱いです……彼女は当時、まだ30代半ば頃で、それに美しい容姿をされていましたから……」


「なぜ……!そこまで……っ」


「それだけ赤子を連れて行かれた事に、お怒りになられていたんでしょう……やっと生まれた、能力の高い我が子なのに、と……」


「そんな子を作る為に、村を襲い、何人も犠牲にした位だからな……相変わらず父上のやる事は……容赦がない……!」


「ある日、キアーラは耐えきれずに、隙をみて逃げ出したそうです。しかし、すぐに見つかって連れ戻され、拷問部屋に……」


「自分の夫に拷問されたのか……っ!」


「はい……その時に初めて、お互いの置かれた環境を知ったんでしょう……しかし、操られていると思い込んでいるダレルは……涙を流しながらも、容赦なく拷問したと……そして……精神的に壊れていったキアーラは、殺して欲しいとダレルに頼み……その願いを聞き入れたダレルに……殺されました……」


「…………ダレルと…キアーラは……俺の……祖父母だぞ……」


「…………」


「何故……そこまでされなければならない……っ!」



堪らずに、近くにあったテーブルを足蹴にすると、勢いよく飛んで転がったテーブルがベランダの硝子戸に当たり、硝子が砕け散った。


その音を聞きつけ、使用人達が慌ててやって来た。



「何事ですか?!リドディルク様っ!」


「向こうに行っていろコルネールっ!お前達に用はない!!」


「………っ!」



俺にこんな態度をとられた事が無かった使用人達が驚いて佇んでいるのを、ゾランが目配せをして向こうへ追いやる。


暫く怒りが収まらずに、下を向いて、両手を握りしめる……

震えた手がなかなか収まらない……っ!


ゆっくりと呼吸を整え……心を落ち着かす様に自分に言い聞かせ……それから大きく息を吸って、何とか気持ちを沈める……



「……すまないな……」


「いえ……こんな事を聞かされては……そうなるのも仕方がない事です……」


「……それから……ダレルは……どうなった……?」


「……魔法で操られていない事を打ち明けられ……心が崩壊したようです……彼は今も、執行人として働いています……」


「そうか……では、ダレルに会いに行く。」


「……畏まりました。」



それからゾランと、帝城の地下の東端の方にある、牢獄と隣接して設置されている拷問部屋まで行く事にした。


捕虜や囚人等を、拷問で口を割らせる為に必要な事もあるんだろうが……しかし、ここまで人の尊厳をことごとく踏みにじる必要はあるのか……っ!


苛立ちを隠せずに、そのまま歪みを抜けて帝城の、いつも使っている自分の部屋まで行く。


そこで一旦、もう一度気持ちを沈める様に、暫くソファーに一人座る。


俺の祖父にあたるダレル……


貴方は今、どうなっているんだろうか……?









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る