第169話 和解


嫌な予感は的中した。


俺が帝位を受け継ぐ様に、直々に父上より言い渡されてしまったのだ。


これはもう逃れる事ができそうにない……


この帝城で、俺は暮らさなければいけなくなる。


無事でいられる自信がない……


どうにか回避できる術はないのか……?


しかし、何度考えてみてもその術は見つからない。


これを踏まえて、俺も暗殺の対象とされるだろうな。


誰に狙われているかは事前に予測がつくので、阻止する事は可能だろうが……


本当に困った事になった……




後宮に帰って来ると、皆が外に出て出迎えていた。

口々に、「おめでとうございます!」と笑顔で俺に拍手をする。

もう知れ渡っているんだな……


それから、帝位継承の祝いをすると、皆が嬉しそうに活気だっていた。


自室に戻り、一人溜め息をつく……


皇帝に等なってしまえば、今までの様に簡単にはもう外出することが出来なくなる。

いくら空間移動が出来るとは言え、やることが山程増えるのだ。

迂闊な行動が出来なくなってしまう。


なぜこんなに不自由な皇帝に、皆がなりたいと思うのだろう?

それが俺には不思議で仕方がない。

どうにかしたいが、どうすれば良いのか、今の俺には分からない。


一人ソファーに座り、思いあぐねていると、ゾランがやって来た。




「ゾラン……」


「リドディルク様……今回の事は……」


「俺はどうすれば皇帝にならずに済む?」


「それは……」


「ハハ……お前に聞く事ではないな……すまない、気にするな。」


「リドディルク様……」


「そんなに嫌なら逃げ出せば良い……だが、そうしたらこの国はどうなる?」


「幾年かは、現皇帝が統治されるので問題は無いかと……しかし……」


「そうだな。その後に継げる者が思いつかないんだ。一番可能性があるのが第18皇子ヴェンツェルだ。しかし彼はまだ10歳だ。」


「皇帝には幼すぎますね……」


「ヴェンツェルが成人するまでの繋ぎとしてなら……まだ耐えられそうかもな。」


「しかし、そうなればヴェンツェル皇子を派閥から守る事と、指導や補佐を徹底的にしないといけませんね。」


「そうだな……今はこの案しか思いつかないな……」


「そうですね……」


「で、ゾラン。何か分かったことはあるか?」


「聖女の…ラリサ王妃のお子様についてですよね?」


「そうだ。」


「今各方面で情報を集めているところですが、今のところは何も……」


「父上もそう言えば言っていたな。探しても一向に見つからなかったと……何年も見つかっていなかった訳だ、今日探して今日見つかる、何て事は無いんだろうな。」


「暫くは探し続けてみます。それから、聖女に関しても、もう少し探ってみます。」


「そうだな、頼むぞ……」


「疲れていらっしゃる様ですね……」


「帝城からの帰りだしな。倒れなかっただけでも良しとしなければいけないんだろうな…」


「最近はあの方とは、お会いになられていないのですか?」


「あの方?誰の事だ?」


「アシュリーと言う方の事ですが……」


「アシュリー……?」


「リドディルク様…?」



ノックの音が聞こえ、返事をするとミーシャが入ってきた。



「リディ様!この度はおめでとうごさいます!今日はお祝いです!準備が整いましたので、会場までいらして下さいませ!」


「会場って……大部屋でだろう……それにしても、準備が早いな。」


「この事を皆で予測していたので、いつでもお祝いが出来るように待機しておりましたよ!」


「レオポルド皇子の葬送だったんだぞ?自粛した方がいいだろう?」


「勿論、それは痛ましい事でございます。しかし、新たな皇帝誕生は喜ばしい事でございましょう!」


「コルネール……」


何時の間にやらやって来ていたコルネールも、ミーシャと一緒になってお祝いムードになっている。


「分かった……少しだけだからな。」



それから、ささやかなパーティーが行われた。


他の貴族は誰もいない、この後宮に住む使用人達と俺だけの小さなパーティーだったが、俺にはそれでも充分過ぎる。


「使用人達も参加できるパーティー等、他の貴族や皇族ではあり得ない事ですね。」


「一緒に暮らす者達なんだ。たまにはこうやって食事を共にするのも悪くはないだろう?ゾランも遠慮せずに、今日はゆっくり楽しめば良いぞ?」


「ありがとうございます。……リドディルク様、先程の事ですが……」


「……姉上?」


「え……アンネローゼ様?」



姉上がマティアスと共にやって来た。


俺はすぐに姉上の元まで行く。



「リディ……」


「姉上…あ、すみません、アンネローゼ……皇女……」


「……姉上で構わないわ……その……あの……」


「……え?」


「その……帝位継承の事なんだけど……おめでとう……それと、この前は……悪かったわ……」


「え……?あ、はい……」


「アンネローゼ様。今日はきちんと説明するつもりで来られたんでしょう?」


「マティアス……」


「リドディルク様、この度はおめでとうございます。」


「めでたい事かどうかは分からないがな……」


「リディ……私は貴方を嫌っている訳ではないのよ……その……お母様は貴方がやって来てから貴方にかかりっきりで……私はただ嫉妬していただけなの……」


「………」


「それ以外にも……全てにおいて優秀な貴方と比べられる事が私には負担で……貴方といると、自分が惨めに思えてならなかったのよ……」


「姉上……」


「貴方に……弟なんかじゃないって言ってしまったけど……私は貴方を弟だと思っているわ。」


「ありがとうございます。俺は…ベアトリーチェ王妃の子ではなかったんですね……それでも俺を弟だと思ってくれている事に……感謝致します。」


「それはっ…!……ごめんなさい…貴方に疑念だけを残す事を言ってしまって……」


「いえ……あの時、俺が聞きたかった事はその事だったんです。姉上からちゃんと聞けて良かったです。」


「リディ……」


「それでも、俺を育ててくれたベアトリーチェ王妃の事を自分の母だと思っています。それでも良いでしょうか?」


「勿論よ!お母様は……それは貴方を大切にしていたものっ!」


「ありがとうございます。」



やっと姉上と和解できた。



俺ももう少し、姉上の事を考えて行動出来たら良かったんだろうな。


自分の至らなさに歯痒く思う……


それから皆が楽しそうに談笑する中、俺は初めて姉上と席を共にし、母上の事を聞きながら食事を楽しんだ。


こんな風に話が出来るようになれたのが、俺にはとても貴重な事だった。


姉上も帰り、疲れもあって先に自室に戻る事にした。


今日は父上からの帝位継承の事を言われ、皇帝になる事に悲観的な思いしか湧かなかったが、姉上と和解出来たことはとても嬉しく思う。


まぁ、姉上からは打算的な感情が読み取れたので、俺が皇帝になってからもいがみ合うのは良くないと思っての行動だとしても、長年の蓄積した思いが少しでも払拭されたのであれば、それは良しとする他ないだろう。



そんな風に考えていたら……



いきなり目の前の空間が歪みだした。



その歪みからは



一人の美しい女性が現れた……








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