第159話 そして天へ


夜、野宿の用意をして、料理を作った。


温かい、エゾヒツジの肉をじっくり煮込んだスープをエリアスに渡すと、微かに微笑んで受け取った。


エリアスは少しずつそれを口にしながら、思い詰めた様な顔をしていた。


「エリアス…大丈夫か?」


「えっ?あぁ、大丈夫だぜ?あ、このスープ旨めぇな!さすがアシュレイだ!」


「エリアス、無理はしなくていい。……エリアス達が逃げて来たのは、この辺りだったんだな……だからこの場所を歩く事にしたんだな……」


「………………」


「エリアス……?」


「………そうだ……俺は……殺されていくアイツ等を助けもしねぇで、自分が助かればそれで良いって、それでアイツ等を置いて逃げて……」


「エリアス!それは違うだろ?助けようがなかったんだろ?!そうするしか無かったんだろ?!」


「でもっ!ラルフはあれから今まで!もう何年も経ってるのにっ!ずっと何回もああやって殺されて……っ!俺はその間に冒険者になって楽しく生活してて……っ!」


「エリアス!」


私はエリアスの元まで行って、顔を両手でバチンと叩いた。


「いてっ!」


そのまま頬に手を添えたままで


「自分を責める必要なんかない。エリアスは何も悪くない。仕方の無かった事なんだ。」


エリアスの目を見つめたままで話す。


「アシュレイ……」


それから頭を抱える様に、私はエリアスを抱き締めた。


エリアスは私の胸で泣いている様だった。


苦しい位、私の背中に力を入れている。


あんな場面を見たら、誰だって辛くなる。


一緒に命からがら逃げて、あんな殺され方をした所を見て、それは殺された後もずっと、何度も何度も何年も繰り返し続いていたのを知って……


普通ではいられなくなるのは当然だ。


私はエリアスの頭をそっと撫でた。


暫くはそのままで、エリアスが落ち着くのを待っていた……






「すまなかったな、アシュレイ……」


落ち着いたエリアスと、隣に座ってゆっくり話をする。


「大丈夫だ。私もエリアスには助けて貰っている。お互い様だ。」


「ありがとな。」


「しかし、もしかしたら他の子達も、あのラルフと言う少年の様な状態かも知れないな。」


「そうかも……知んねぇ……」


「助けに行かないか?」


「……!良いのか?!」


「エリアスにしたら辛い場面を見るだけかも知れないけど、もしあのままだとするなら、それはあまりにも可哀想過ぎる。」


「……アシュレイ……すまねぇっ……」


目を潤ませたエリアスが言う。


私も霊が見えるんだ。


そうなった理由がわかっているのなら、手を貸すぐらいどうって事ない。


それからエリアスと、逃げた辺りを探す事にした。







翌日、エリアスの案内で、エリアス達が逃げた道を辿って歩いて行く。


暫く歩くと、一人の霊がうずくまっているのが見えた。


エリアスがそばまで行って、その霊に話しかける。



「……どうした?大丈夫か……?」


ゆっくり顔を上げた少女はエリアスを見ると、恐怖に顔を強張らせて


「いやぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


少女は大声で叫んで、慌てて逃げて行く。


「ユーリ!!俺だ!エリアスだ!」


エリアスが叫ぶように呼び掛けると、少女はピタリと立ち止まった。


それからゆっくり振り返り、遠くからエリアスを眺めている。


「ユーリ、エリアスだ。分かるか?」


「エリアス……?」


ユーリはゆっくり、少しずつエリアスに近づいてくる。


エリアスは膝を折って、目線をユーリに合わす。


「ユーリ…ずっとここにいたのか……?」


「エリアスっ!エリアスっ!怖かったぁっ!ずっとっ!隠れててぇっ!誰も来なくってぇーっ!」


泣きながら、ユーリはエリアスの元までやって来る。


「ユーリ、ごめんな?遅くなって……よく頑張ったな。もう大丈夫だ。」


エリアスがユーリに微笑むと、ユーリは安心した様に、涙を流しながら微笑んだ。


私はすぐにルキスを呼んで、ユーリを浄化する。


エリアスはユーリを、微笑みながら一滴涙を溢し、見送っていた。


空に消えたユーリを暫く見続けて、それから吹っ切れた様に私に微笑んだ。




それから……




逃げてきた場所を巡り、見つけた霊になったエリアスの友達を浄化させて行く。


ラルフの様に、何度も殺され続けている子もいた。


ずっと地面に倒れたまま、起き上がれない子もいた。


全身切り刻まれて、血だらけになって泣いている子もいた。


無くなった腕を探し続けている子もいた。


首が無いまま、走り続けている子もいた。




そんな子達を見て、エリアスの心はどんなに痛かっただろう……


それでも諦めず、エリアスは友達を探し続けた。


既に天に召されたのか、全員見つけられはしなかったが、9人の子達を浄化させる事ができた。


夜になって、マルティノア教国の街まであと少しと言う場所で、野宿をする事にした。



食事を作って、土魔法でテーブルと椅子を作り、そこにパンと、魚の香草焼きと、野菜のスープを用意した。


向かいに座ろうとしたら、エリアスは隣に座ってきた。


「エリアス?」


「悪い……隣にいて良いか……?」


「あ…うん、構わないよ。」


それからエリアスは、何も言わずに食事を静かに食べていた。


私もなにも言わずに、ただ食べていた。


食事が終わり、お茶の用意をしようと立ち上がろうとした時、エリアスが私に寄り掛かってきた。


今回の事で、エリアスは皆がどんな亡くなり方をしたのかを目の当たりにして、それから、今まで何も出来なかった自分を責めている様だった。


「すまねぇ……ちょっとだけ……」


「うん……」



私の肩に頭を寄せたエリアスに



まるで子供をあやすように



私はエリアスの頭をそっと撫で続けた……







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